切符

文字数 1,101文字

 クリーニングの札だった。
 厚めの細長い紙。
 暗号のような数字とアルファベットの短い羅列。
 ステープルで閉じられた端。
 その札が、前を歩いている女性のコートのベルトに付いていた。
 ふっくらとして光沢のある生地で仕立てたカーキ色のトレンチコート。
 縁取っている深いオレンジ色のステッチが粋だった。

「あの、すみません」

 声に出してしまってから後悔した。
 私は、後ろを歩いているだけの見ず知らずの女だ。
 ほぼ始発の新幹線で上京したばかりの大学生で、ガチガチのリクルートスーツ姿。
 二次面接まではリモートだったのに、最終面接が本社だったのだ。
 歩き慣れない都心で目的地に向かっている途中だし、声を掛けておいて何だけど、聴こえないでいて欲しい。

「はい?」

 トレンチコートの女性が立ち止まって振り返る。
 私より一回りほど年上に見えた。

「クリーニングの札が、ベルトに」

 私は、彼女の背中をそっと指差しながら伝えた。
 彼女がバサッとコートを脱ぐ。
 スッとした爽やかな香りが舞った。

「本当だ」

 彼女が、ふわりと笑って私を見た。
 綺麗だった。
 コーラルピンクの光沢が綺麗な短い爪で札を外そうとしたけれど、うまく摘まめないようだ。

「よかったら、取ります」

 声を掛けると、素直にコートを渡してくる。
 私も自然に受け取ってしまい、思わずお互いに目を合わせて笑ってしまった。
 私の爪も短かったから、前髪を止めていたピンを外し、札の輪の部分に差し込んで千切る。
 彼女が手のひらを出したので、私は千切った札をその上に乗せた。

「ありがとう。お礼をしたいけど、急いでるところかな?」
「実は面接に行く途中で」

 私は立ち上げたままにしていたスマホの画面を見せた。

「ビルまで一緒に行ってあげる」

 目的地までの矢印が蛇行しているのを見て、私の状況を察してくれたらしい。
 私は先に歩いてくれる彼女を追いかけるように進んだ。


 到着したビルを見上げて大きく息を吐く。
 立地が、そもそも複雑だった。
 私一人だったら遅刻していたかもしれない。
 お礼を言って離れようとする私の腕を彼女が掴んできた。

「地下の珈琲屋で待ってるから」
「え? でも」
「お礼させて」

 彼女はポケットから千切れたクリーニングの札を出し、私に渡した。
 にっこりと笑った顔が眩しかった。
 そんな顔を見せられたら、頷くしかない。

「分かりました」

 私は、彼女に頭を下げてビルに入った。
 手の中にある小さな札は、未来に繋がる切符なのかもしれない。
 そう思いながらエレベーターに乗って、最終面接に向かう。
 今日が素敵な明日に、きっと繋がるはずだ。
 私は札を握りしめながらエレベーターを降りた。


<完>

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