顎まで前髪伸ばし

文字数 1,343文字

わたしは眼鏡を買うことになった。
まさか自分がそうなるなんて思ってもみなかった。

眼鏡になった大きな原因かもしれないのは、前髪を顎まで伸ばしていたせいじゃないだろうか。
外からは顔がほとんど見えない。
わたしからも外はほとんど見えない。

高校に入学してから、わたしの自尊心はめちゃくちゃだった。

中学生まで、自分のことを勉強ができる優秀な人間だと思っていた。
でも、進学校の高校に進んですぐに、その自負は打ち壊された。

入学早々、わたしは「おかしな言動はするが、勉強ができて、ノリもいい」キャラをつくろうとした。

そして、失敗した。

おかしな言動で一目置かれたし、ノリのよさも受け入れられたが、1学期の実力テストでとんでもなく低い点数を取ってしまった。

死にたくなるほど恥ずかしかった。

まわりのみんなはやさしいからか、あるいは、そもそもわたしのことなんかとくに何も思っていないからか、別にわたしの成績を腐すような人はいなかった。
一応、ノリのいいキャラはしっかりと定着し、学校のみんなとわいわいする日々だった。

でも、キャラ設定が瓦解したことで、わたしは自尊心とか自信みたいなものを失った。

それと同時に、顔のニキビが増えた。
そのひとつひとつが大きかった。
また、顔の産毛の濃さも気になりだした。

外見も内面も、すべてがイヤになっていった。

だけど、ノリノリキャラは保ちたいし、というかそれを失ったらほんとうに終わると思ったから、学校に行かないみたいな逃げるような選択肢も取れなかった。

その間を埋めるために、わたしは前髪を伸ばし顔を隠すようになった。
適当な理由をつけ、頻繁にマスクをつけるようにもなった。
その辺は、おかしな言動をするキャラの定着によってなのか、別にだれもわたしに興味がないからなのか、とくになにもツッコまれなかった。

学校でも、部活でも、放課後でも、わいわい友だちと騒いで遊んでいた。

そして、1年生を半分も過ぎたころ、いつのまにか黒板の文字が見えづらくなっていた。
それは日に日に酷くなった。

秋になるころには、わたしには眼鏡が必要なものになった。
自分だけは目が悪くならないと、根拠なく確信して生きてきた。
その大きな自信も失った。

高校入学以来、1日ごとにダダ下がっていたわたしの自尊心は、これ以上ないほど底落ちした。

そんな日々が続いて冬になったころ、初めての恋人ができた。
相手から声をかけてくれた。

告白という感じではなかった。
最初は何回か遊びにデートをして、雰囲気が合うことを確かめあった。
そして、わたしもその人のよさにたくさん触れ、つきあうことになった。

こんなわたしを好いてくれる人がいるんだと、これ以上ないほど救われた。
すべてを肯定された気持ちだった。

そして、前髪をバッサリ切った。
というか、髪全体をしっかり整え、できる限り身ぎれいにしようと努めた。

ニキビは全然良くならなかったけど、悪くもならなかった。
顔の毛もできるときは処理したけど、あまり気にしないようになった。
その人は、外見のことはなにも言わなかった。
ただただわたしと一緒に帰って、映画を観に行って、お互いのお家で一緒に勉強して、たまにケンカして、仲直りしてくれた。

眼鏡になって3ヶ月が経った。
もうすこしオシャレなデザインのものを、わたしは買った。



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