8/18 琴子と仲本をつなぐイメージについて
文字数 3,883文字
あれこれ考えていると、琴子と話をしていた人物と、仲本と男子便所に入っていった人物が同一であるのかさえ曖昧になってきて、ふたつの記憶を関連づけて考えること自体が無意味なことのように思えてくる。
「その男子の顔は覚えてないんですか?」と達郎。
「ウーン…なんせボンヤリとしか思い出せないからね…妙に分厚いメガネをかけていたってことぐらいしか思い出せないんだよね」
由美子は人差し指で眉間をトントンとノックするのだが、それ以上の記憶は呼び起こされない。
翌日の昼休み、由美子は写真部の部室を訪ねる。由美子が扉を開くと、ひとりの写真部員がいて、「ム! 不良映画部員が何の用だ!」と不機嫌そうに応対するのだが、彼の顔にはメガネがかけられているので、由美子はその顔をマジマジと見つめてしまう。
「な、何だ! やる気か!」写真部員は何を勘違いしたのか、ビビリつつも身構える。
「え…いやいや、ちょっとお願いがあって来たんだけど…」由美子は映画研究部と写真部が、なぜだか分からないのだが、代々、いがみ合ってきたのを思い出し、ここは下手に出た方が良さそうだと思う。
「お願い…?」写真部員は、由美子のへりくだった態度に応じて、みずからの態度も軟化させる。
ウム、どうも、この娘は、見た目は近寄りがたい雰囲気をただよわせているが、ほかの映画部員のような傲慢さがなくて、好感が持てる…
「いまの二年生が入学したときに撮った集合写真とか、遠足のときの写真とか、見せてもらいたいんだけど…」
「ああ、集合写真ね」写真部員は軽い調子で言うと、棚の方に近付いて、あれこれと探り出し、集合写真を貼りつけた小冊子やら、未整理のまま袋に入っている遠足のときのスナップ写真などを机のうえに広げる。
「ありがと」由美子はまず入学時の集合写真にざっと目を通すが、思っていたよりもメガネをかけている男子生徒は多く、また、普段かけていても写真を撮るときにははずしてしまう者もいるようなので、そのなかから例の生徒を特定するのはなかなか骨の折れる作業のようである。
「ね、何探してんの? 今度、映画部が撮る映画の俳優?」写真部員ははじめとは打って変わって、ヘラヘラした調子で尋ねる。
「うん、まあね…」由美子はそれとなく答えて、ふうとひとつ息をつき、「でも、なかなかイメージに合う人がいないのよね」と、その脚を組みかえる。
「へえ、そうなんだ」写真部員はそう答えるが、その視線はスラリと伸びた長い脚をじっと捉えている。
由美子は太ももあたりにまとわりつく熱い視線を感じるが、その視線に気付かない振りをして、話をつづける。
「ちょっと、ほかの部員とも相談したいから、この写真、貸してくれないかな?」いくぶんか上目づかいで…
「え…これ全部?」
「うん、ダメかな?」相手の目をのぞきこみ…
「いやあ、一、二枚なら問題ないと思うけど…」
「お願い、どうしても必要なの」二の腕でムネを寄せつつ、顔の前で手を合わせる。
「うーん…まいったなあ…」写真部員は目を泳がせながら、ポリポリとこめかみあたりを掻く。
もうひと押しか…
放課後、由美子と達郎は、ふたりきりの教室で、机の上に広げられた写真を見ている。そのなかから、琴子に覚せい剤を売りつけた犯人を見つけようと言うのだが、何せ手がかりが由美子の断片的な記憶しかなく、琴子と階段の踊り場でコソコソと何か話していたり、仲本と便所に連れ立って入っていったりしたという、その男子生徒は、メガネをかけていたようなのだが、その顔すらはっきりと思い出すことができない。しかも、その顔を思い出して、その生徒を特定できたところで、そいつが犯人であるという確証を得られるわけではなく、あくまでも「何となくあやしい」ということでしかないのだから、由美子はしだいに「何としても見つけてやる」という熱意を失ってしまう。
さらには、「その犯人って、二年生とは限らないんじゃないですか?」という達郎の指摘を受け、たしかに由美子はその男子生徒のことを二年生と決めつけていたのだが、よく考えると、一年生や三年生、さらには去年の卒業生の可能性だってあるわけで、そうなると、少なくとも今の三倍の写真を調べなくてはならないことになるわけで、由美子は決定的にやる気をなくしてしまう。それに、こんなことをしているうちに、仲本がどこで覚せい剤を手に入れたのか自供しているかも知れないし、あの水野刑事にしたって、由美子が何かを思い出すのを待っているより、仲本を尋問して、自白を促す方が手っ取り早いと思っているだろうから、「わたしたちは黙って待っていればいいのよ!」と、由美子は結論する。
由美子と達郎はあきらめて、写真をかき集め、小冊子とともに紙袋に納めて、とりあえず写真部に返しておこうと階段を下りていくと、踊り場で(あの)生活指導担当の教師とばったり鉢合わせる。
「ああ、星野か…」教師はつぶやくように言うが、度重なる不祥事に何かと忙しくしているのだろう、その顔からは生気が失せて、疲れ切っており、足取りも鈍く、重い。由美子はさすがに気の毒に感じて、何か声をかけようと思い、教師が顧問をしている水泳部のことでも話してみようとするのだが、そのとき、とつぜん、メガネの男子生徒の顔と名前を思い出す。
由美子は、すばやく紙袋から小冊子を取り出し、「北島耕太」という青白い顔を見つけて、「これだ!」と叫ぶ。
達郎は、由美子の指差す顔を見ようと、写真を覗きこみ、「でも、メガネはかけていないみたいですね」と指摘する。
「うん、そうなんだけど…」間違いない、と由美子は思い、上の階に姿を消そうとする教師を追って、猛然と階段をかけ上がる。
「先生! ちょっと!」
教師はゆっくりと振り返る。「どうした、星野?」もう、これ以上トラブルは起こさないでくれよ、頼むから…
「この北島ってヤツ、一年生のとき、水泳部に入ってなかった?」と、写真を指差す。
「ん、北島?」教師は写真を覗きこみ、「ああ…練習についてこれなくなって退部したよ、一年のときに…もともと体力がないヤツでな、頑張ってはいたんだが…それがどうかしたのか?」
「やっぱり…」由美子は教師の問いには答えずに、そうつぶやいて、後から追いついてきた達郎を振り返り、「やっぱり、こいつに間違いないよ!」と大声で叫ぶ。
「わたし、勘違いしてたんだ!わたしが言っていた『メガネ』って、競泳用のゴーグルのことだったんだよ! 北島が水泳部に入っていたとき、ゴーグルを着けていたイメージがどこかに残っていて、わたしの頭のなかで記憶がごちゃ混ぜになって、北島がメガネをかけていたと勘違いしていたんだ! 間違いない! メガネはかけていないけど、琴子と話していたのも、仲本とトイレに入っていったのも、こいつに間違いないよ!」
携帯電話が鳴るので、水野刑事は取調室を出て、電話に出る。電話は由美子からで、「役に立てるかどうか分からないけど、気になることを思い出した」というので聞いてみると、北島耕太という名の同じ高校に通う二年生の男子生徒が怪しい、というので、早速、取調室に戻って、その名前を口に出してみると、それまで固く口を閉ざしていた仲本は、あっさりとその生徒から覚せい剤を買ったことを認める。
水野刑事は、その北島という生徒を重要参考人として連行してくるように手配したうえで、さらに仲本への尋問を続ける。
「その北島という生徒とは親しい付き合いなのか?」
「いえ…シャブを買うときぐらいしか、話したりしません」
「はじめて買ったときは、向こうから声をかけてきたのか?」
「はい」
「何て言ってきたんだ?」
「いや、普通に…シャブいらないかって…」
「それまでに覚せい剤を打ったことはあるのか?」
「いいえ、ありません…北島に売ってもらったときに、はじめて打ちました」
「ほかに北島からクスリを買っていたヤツを知っているか?」
「いいえ、知りません…(ほかにも買っているヤツが)いるだろうとは思いましたが、具体的な名前までは知りません」
「ウソはつくなよ」
「はい、つきません…もうあきらめました。すべて話します。もう眠たくて我慢できません。シャブ、打ちたいです」
「じゃあ、本当のことを言えよ。なぜ北島っていうヤツは、全然親しくもない、ほとんど話したこともないようなお前にシャブを売ろうとしたんだ? 誰か、第三者に紹介してもらったんじゃないのか?」
「いえ、そんなことはありません」
「じゃあ、何か! 北島ってのは、そこらへんの生徒に手当たり次第に、シャブいらないか、って声をかけていたっていうのか?」
「そんなこと、ぼくに聞かれても分かりません」