宿屋

文字数 2,093文字

「レヴィさま、アイリスさま。いつもありがとうございます」
宿屋ウインドパールの店主がカウンター越しに笑顔をふりまいている。

騎士団や宮廷魔術師等が拠点として利用することも多く、その責任者であるレヴィとアイリスはお得意様だ。


「とれたよ」
言うなり、アイリスに鍵を投げた。
「ありがと」
そのまま和泉と咲良に近づくと鍵を手渡す。
「これ、鍵な」
2人:「ありがとうございます」
「これからどうする?」
「それなんだけど……」
魔術研究所でのルーカスとのやり取りを話した。
「……そうか。肝心な時に(何もできなくて)悪かったな」
サルサの街への魔方陣を使って移動したのだと思っていたレヴィが申し訳なさそうに謝罪した。
「大事ないわ。でも今日は出歩かない方がいいみたいね」
「あぁ」
1年前の今日の出来事を思いだしゲンナリする2人と、よくわからないけど、あのルーカスさんがらみなんどろうなぁと思う和泉と咲良。
毎年この時期にギルド主催で闘技場で行われる武闘大会ーー。

優勝者は、なんでも1つだけ願いを叶えてもらえるというふれこみがあり、腕に覚えのある者が多数参加する人気の大会だ。


去年の優勝者レヴィとアイリスが願いを叶えてもらったかというと、そんなこともなく、願いを叶えてもらったのはルーカスだ。新薬を作るのに必要な材料の調達だったかーー!

もっとも、なんでもといっても限界がありギルドが叶えられる限度に限られることは暗黙の了解である。


闘技場は街の中心にあり、買い物をするなら何度も近くを通らなければならない。いつもなら気にならないが今日は決勝戦である。
「目配せ連勝よ(*´・ω-)b」
不吉な言葉が頭をよぎる。鉢合わせしたら、ろくなことにならないだろう。

買い物は諦めて、おとなしくしているのが安全だ。





和泉サイド
「ミュー、怪しすぎる」
部屋に竹刀を適当に置くと椅子に座った和泉は、寝てばかりで今はいない自称案内猫ミューのことを考えていた。あの時から、和泉達を守ってくれたりここまで連れて来てくれたのは、レヴィとアイリスだ。

すぐにでも問いただしたい気持ちはあるけど、たたき起こしてまでは可哀想でできなかった。

(何が案内猫よ。寝てばっかじゃない!)
「ミューがチョコなら……」
何だかんだいっても、チョコは面倒見がいい。

毎朝、和泉を起こしてくれたのは、実際には咲良ではなくチョコだ。

何もない状態で料理となったら調理用具を持って来てくれても不思議じゃない。

チョコなら、収納場所も知っているしミューの手なら抱えて持ってこれる……。

「それにあの風の力」
かかと落としに風の力を交ぜて使うあの感じ。

チョコのやり方とそっくり。


(ミューは、グノーシス王国?と私達がいた世界を往き来できるってこと?)
でも、ひどく非現実的な気がする。

咲良ならチョコも知ってるし、なにかわかるかも?




咲良サイド
「……お父さん、ちゃんと食べてるかなぁ」
高校生とは思えない心配をしている咲良。

住職を務める咲良のお父さんは1人でなんでもできる人だ。

ただ料理は放っておくと、とんでもないものが食卓に並ぶ。

ゴムのようになった豆腐と油揚げの味噌汁とか、蓮根とほうれん草の砂糖漬けとか。


精進料理をみんなが気軽に食べられるように研究をしているらしい。

本人の想いに反して、やればやるほど逆効果なのが哀しい。

創作料理を作るのが好きだけど、成功率が極端に低い人なのである。普通に作れば、おいしいものを作るので料理が壊滅的に苦手という訳ではない。
「私達……帰れるよね」
コンコン
「……はい」
「咲良、入っていい?」
「和泉?いま開けるね」
!?
咲良が消えてしまいそうな気がして思わずハグする。
「……和泉?」
「ごめん」
「うん」
「………………………………」
「…………………………………………」
「和泉」

「咲良」

「ハモっちゃったね。咲良からどうぞ」
「和泉の方こそ。話があったからきたんでしょ?」
「そうだけど……扉が開いたとき咲良つらそうだったから」
「私、そんなひどい顔してた?」
「……してた」
「…………そう」
覚悟を決めたように一瞬目を閉じる。
「私達……帰れるのかな」
それは、和泉も感じていた疑問だった。

考えるのが怖いので、みないようにしていたことでもある。


正直、勇者というのもよくわからない。

でもサルサの街に来て、周りの人をみるとここが異世界なことが現実だと思い知らされる。服装も、髪や目の色も、まるで違う。案内の看板も、なんて書いてあるのか、まるでわからない。

「だ、大丈夫だよ。アイリスさん、すごい魔術師みたいだし」
「王女さまにも、頼めば……きっと」
「…………和泉」
だんだんと声が小さくなって、うつむいてしまった和泉を気遣うように声をかける。
「そ、それにねミューが両方の世界を往き来できるんじゃないかなって思うんだ」
「ミューが!?」
咲良の顔には「!?」が浮かんでいる。
「うん」
「どういうこと?」
「ピラー草原で変な魔物が出てくる前、ミューと晩ごはんを作ろうとしてたの」
「和泉とミューが!?」
「いま、すごい失礼なこと考えなかった?」
「えっ?だって……」
コンコン
「はい」
「ご飯食べにいかないか?」
「ここのご飯おいしいのよ」
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登場人物紹介

相原 和泉(あいはら いずみ)


高崎先輩に恋する剣道部チームリーダー


高二。剣道部。

咲良の親友。朝に弱く、毎朝チョコのムーンサルトダイブで起こされる。キノコの里山が大好き。

古泉 咲良(こいずみ さくら)


冷静沈着な純心寺の跡取り


高二。和泉の親友。

純心寺の後継ぎとして育てられたため、多少の術が使える。

しっかり者で、朝に弱い和泉を心配して毎朝迎えにきてくれる。パンケーキと紅茶に目がない。

レヴィ・グレイス


激辛好きな若き王国騎士団団長


王国騎士団団長。アイリスと同期

代々、騎士団団長をだしている名家の産まれ。

前騎士団団長は父であり、行方不明の父と兄の代理として騎士団団長を勤める。立場上、冷静にふるまってはいるが、熱血漢で正義感が強い。王家に対する忠誠心が高い。

アイリス・フォーミュラー


薬学に通じる刻と氷の魔術師


王宮魔術師。レヴィと同期。

王宮魔術師長ルーカスを父にもつ苦労人で少しドジなところはあるが魔力の高さは随一。エリクサーの創始者。かなりの苦さのため理由をつけて飲まない騎士団員や魔術師も多く、心を痛めている。


責任感が強く召喚の位置がずれたことを誰よりも申し訳なく思っている。


相原 チョコ


咲良と猫缶を愛する相原家の猫。

毎朝、和泉を起こすのが日課になってしまっている。

最初は鳴いたり肉球でプニプニしてたけど、和泉が起きないため起こす方法がエスカレートぎみ。


毎朝、優しくなでてくれる咲良が大好き。

案内ねこミュー

咲良に異様になついている。

和泉の枕元にトカゲの死骸など、ナゾのプレゼント畄⌒ヾ(・ω-。)♪をしたりとチョコと行動や性格がかぶっている。


本人(猫?)は絶対に隠したかったため、アイリスとレヴィにムチャクチャな契約をさせていたが、あえなくミュー=チョコだとバレた。


アーノルドのことを恐れている。

セレス・グノーシス   13歳   弟3王女


無事が確認できているグノーシス王家唯一の血筋。


叶わない願いと知りながらもジュリ兄大好きで、コロッと行動を変えてしまうこともあるが、国王達が帰ってきた時のために国を立て直そうと努力するがんばり屋。長く近衛を勤めたレヴィやアイリスの前では、年相応の振る舞いをみせることもあるが、公の場では毅然とした態度をとることが多い。

ルーカス・フォーミュラー


フリルとリボンを愛する凄腕の魔術師


国立魔術研究所所長、グノーシス城宮廷魔術師長

アイリスの父


おもしろいことと恋ばなが大好き。酒が入ると、その傾向はさらに加速する。猫好き。

シフォン・ブラウン


サルサの街を拠点に活動中の関西弁冒険者


もとアイリスの同僚。お節介なところがあるが本人に悪気はない。闘技場の警備や千尋のアトリエからの仕事を主にしている。

アーノルド・ブラウン


質実剛健の老紳士


レヴィが12歳の時から2年前までグレイス家に仕えていた。指南役であり、レヴィの剣術はアーノルドの影響が強い。お説教も含め、話が長いのがたまに傷。

カイ・ハズウェル


チャラさと真面目さが同居する魔法剣士


口から産まれてきたような性格だが剣の腕は確かで攻撃魔法も回復もこなす。レヴィの兄オスカーと仲がよく、レヴィのことは、からかいがいのある弟のように思っていて、本人は可愛がっているつもりである。

???

結城 千尋


5年前、不思議な光と共にやってきた凄腕錬金術師


現在は、名前だけ。

サルサの街で千尋のアトリエを経営している。

元々は女子高生だったが、1から錬金術をはじめた。

シフォンと採取に行くこともおおい。

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