指定席A
文字数 4,150文字
あなたたちは、毎日毎朝、同じ電車に乗って同じ車両に乗り、同じ場所に立って通勤、旅に出かけています。
なぜかというと、あなたたちの家の近くは始発駅ではなく、座ることができないくらい人が多い車両だからいつも立って通勤しています。
あなたたちと同様に、立っている訳ではなく、いつも同じ席に座っている女性がいました。
あなたたちは毎日、同じ時間にその電車に乗って同じ場所に立ち、あなたたちから見てすぐ傍にいつも通り同じように女性が座っている、それが毎日の同じ光景でした。
あなたたちは、その女性に何かしら話すきっかけをずっと探していました。
或る日その女性がいつもの席にいません。
そして、あなたたちがそれに気付いて周りを見てみると、丁度ドアの車両と車両の間のすぐ窓の近くのところにその女性は立っているようです。
女性は何か呟いていますが、流石にその呟きが何かということには美杉さんは気が付きません。
更にそれよりも遠い安田さんは、余計に何か呟いていることは分かりますが、何をしゃべってるかなどは聞こえません。
安田さんが手をヒラヒラして窓の外を遮る感じにすると、女性は若干嫌そうな目をしてチラッと見て、また窓の外を見ます。呟き続けながら。
美杉さんが女性が見ている方向を見ると、窓の先は普通の光景、日常の光景です。電車から見える光景がただ見えるだけです。
女性は電車が行く先を見ています。
その女性が呟いている言葉は、それが少なくとも日本語では有り得ず、外国語だとしても聞き覚えすらなく、人間の言葉ではないと言われれば納得してしまうそうなおぞましい響きをしていることに気が付きます。
あなたたちがいつも見ていて分かっている通り、女性は大変綺麗で、言われなければ普通に芸能人のような美しさを持っています。
服装はOLのような服装をしていて、目付きはちょっと吊り目のようなかんじで気が強い感じをあなたたちは受けます。
女性が呟いている、その言葉、言語、それは呪文のようであることが分かりました。
そうやって聞いても女性はあなたが言った言葉が聞こえているか分かりませんが、何も反応を示さず窓の外を一点見詰めて呪文を呟いています。
女性は人間とは思えないような力で美杉さんに対抗しようとしますが、美杉さんもそれに対抗します。
丁度力が抜ける場所を掴んでいたのでしょう。女性は美杉さんを振り向きます。
女性は美杉さんを見詰めてきます。
その目には怒りと驚きと憎しみ、ありとあらゆる負の感情が入り交じった恐ろしさを感じずにはいられなかったです。
目的地に着いたタイミングで女性は声を発します。
先程までの負の感情を持った視線はなくなり、感情を向けるではなく、感情を殺し空虚な目をしてこう呟きました。
あなたたち二人はそれ以上女性の傍にいることができませんでした。
そうして固まってしまったあなたたちを置いて、その女性は立ち去ってゆきます。
あなたたちは、その女性の言葉が頭から離れません。
そして翌日、あなたたちは女性の言葉が頭から離れないこともありますが、いつもと同じ車両に乗ることができませんでした。
それどころか、いつもと同じ時間の電車に乗ることすらできませんでした。
いつもの電車を見送った後しばらくして、ホームに立っていたあなたたちが電光掲示板をふと見てみると「人身事故により遅延が発生している」といった表示がされるのを見ました。
あの女性は誰を憎んでいたのか、それは殺してしまいたいほど強いものだったのか、そもそも人身事故は昨日の件と関係があるのか……。
あなたたちは何も分からなかったが、ただ翌日からもこれまでと同じ電車に乗ることはありません。
ただひたすらに昨日の件とは関係ない、自分は悪くないと、自分自身に言い聞かせるしかありませんでした。