第3話

文字数 1,944文字

 渡り廊下を経由して、僕たちは第二校舎へと入った。
 階段を上がり、中央の教室の前で、彼女は足を止めた。
「ここよ。入って!」
 言われるがまま扉を開けると、壁際にある台の上にテレビが八台ほど並んでいた。その下にはビデオデッキのようなものが置かれ、台の手前にはキャスター付きの椅子が備えられている。
「ここって……視聴覚室?」
「はあ?」
「えっ?」
 彼女は腰に手を当てながら、「あなた、バカじゃないの?」
 背中をポンと押され、テレビのある台に近づいてみると、デッキの前にゲームセンターにあるようなスティックのついたコントローラーがあった。
 これってもしかして……。
「ここはゲーム室よ。私たちゲーム部の部室でもあるの」
 ゲ、ゲーム部? そんな部活初めて聞いた。
「今からゲームでもするの? 僕はあんまり得意じゃないんだけど……」
 すると再び罵声が飛んだ。
「あなた、やっぱりバカじゃないの?」
 ワケが分からない。バカは否定しないけど、ゲームをするためじゃないとしたら、何の目的でここに連れてきたというんだ?
「風見君、あなたゲーム部に入りなさい!」
「はあ?」
 びっくり仰天とはこのことだ。どうしてこんなことになるんだよ!!
「はあ? じゃないでしょ! はあ? じゃ!!」
「どうして僕が……」
 すると言葉を遮り、かさはらは顔を赤らめながら……、
「……さっき見たでしょ?」
「何を?」
「……私の……アレよ」
 げっ!! バレてるじゃん!!
 今度は僕の方が熱くなった。僕は必至で取り繕う。
「み、見てないよ。パンティーなんか」
 し、しまったー! つい口が……。
「やっぱり見てたんじゃないのよ! このドスケベ!!」
 パンティー女は両の目と眉を吊り上げながら、鬼の形相で睨みつけている。せっかくの可愛い顔が台無しだ。
 しどろもどろになりながら言い訳を考えるも、何も思いつかない。そもそもあれは不可抗力っちゅうヤツで、僕の責任じゃない。それは彼女も分かっているはずだ。
 でも、やっぱり腑に落ちない。
「……それと入部と、何の関係があるの?」
 至極まっとうな疑問に思えるが、彼女は当然のように答えた。
「大ありよ。私の大事なアレを見たんだから、責任を取ってちょうだい!」
 ――そんなムチャクチャあるかよ!
「そんなムチャクチャな話、ありえないだろ! パンティーを見たことは謝るけど、それとこれとは話が別だろ!?」
「それだけじゃないわ」
 椅子に腰を据えると、かさはらは思わせぶりに髪の毛をかきあげた。
 不安になった僕は「何?」と口にした。
「あの距離で私のアレが見えたということは、よほど視力がいいはずよね。ゲームプレイヤーは視力が命。あなたなら一流選手になれるわ!」
 一流選手? 視力がいいだけで?
「……さっきも言ったけど、僕はゲームが苦手だよ。それに選手ってなんだよ。たかがゲームで遊ぶだけだろ?」
 その言葉に彼女はピクリとこめかみを震わせると、
「これは遊びじゃないの。今度大会があって、あと一人メンバーが足りないのよ」
 ――だからと言って、なぜ僕なんだ?
 かさはらは真剣な表情を見せながら、
「私たちはe-SPORTSの選手を目指してるんだから、どうしても出場したいの」
「いーすぽーつ?」
「……あなた、どうしようもないバカなのね」
 ――さっきから散々バカにしやがって! いーすぽーつを知らないだけで、どうしてそこまで言われなくちゃいけないんだ!?
「悪かったな。……でもやっぱり入部はゴメンだ。他の人をあたってくれ」
 親密になれる絶好のチャンスだったが、ゲームだけは勘弁してほしい。まるっきり興味がないし、第一、父親が許すわけがない。
 僕の親父は根っからの真面目人間で、幼いころから学業やスポーツに関係あること以外の趣味はさせてもらえず、ましてやゲームなんてもっての外だ。
 いーすぽーつが何であるかについては知る由もないが、おそらくスポーツとついていながら、体育とはまったく関係ないのだろう。
 僕は彼女に背を向けると、後ろ髪を引かれる思いで、扉に手をかけた。たとえ引き止められたとしても、振り切る覚悟だった。

 ぐすん。

 確かに聞こえた。
 予想外の展開に、振り向かずにはいられない。
 かさはらは涙を滲ませながら、僕の顔をじっと見据えている。
 ――えっ? どうしてそうなる? でもやっぱ可愛い。可愛すぎる!
 こうなったら答えは一つ。僕も男の端くれ、女を泣かせるわけにはいかない。決める時は決めるのだーーー!!
「――わかったよ。……でも一つだけ条件がある」
「何?」
 彼女は瞳を潤ませながら、期待のまなざしを送っている。
 僕は意を決して言い放つ。
「もう一度パンティーを……」
 グギッ!
 パンティーの代わりにパンチを喰らった。強烈なヤツをモロに。
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