第40話 選択肢

文字数 4,097文字

 暴行を受けている男の子はもうすでにフラフラして今にも倒れそうになっていた。

「おいおい頑張れよ。倒れた次は姉ちゃんだぞ。ハハハハ!!」

 そんな彼に周りを取り囲んでいる4人の男子中学生どもが更に追い打ちをかける。

「止めてー!!」

 必死に懇願する絹子だったが、その願いを嘲るように4人は暴行を止めなかった。そんな空気をぶち破るように1人の男の声が公園入口から聞こえてきた。

「おい。もう止めとけ」

 先ほどまで暴行を加えていた4人の手が止まる。

「おい!! 誰だよ!!」

 木の陰で姿が見えなかったが、直に月明かりに照らされたその姿は焔だった。

「焔……君!?」

「よお絹子。奇遇だな」

 絹子に軽く挨拶を交わした焔は暴行を加えていた4人組に目を向ける。

「おいお前ら。もうその辺にしとけ。今ならまだ取り返しがつくぞ」

 そう語りかける焔だったが、その願いも虚しく散った。

「は? イキってんじゃねえぞ!! お前何様だ!! 誰が止めるかよ!! バーカ」

 そう言って、中学生どもは高笑いした。

「そっか」

 そう呟いた焔は、4人組の方へ歩いて行った。

「おい、何だよ!! それ以上来ると殺すぞ!!」

 そう言われても、焔は止まることはなかった。

「チッ……そんなに死にてえようだな!!」

 そう言って、1人の男が焔に近づき、顔面に殴りかかってくる。焔はその拳をいとも簡単に受け流し、その勢いを逆手に取り後方に男を突き飛ばす。男はよろめきながら後ろに倒れた。それを見ていた3人も焔の方に寄ってきた。

「おい、てめえ、なめてんな」
「ちょうど飽きてきたところだ。次こいつにしようぜ」
「おいくそチビ!! もう逃げられんねえからな」

 3人は焔の包囲を囲む。それからさっき焔に突き飛ばされた男もそれに加わる。

「ぜってー殺す」

 絹子の弟は力尽きたようで地面に倒れ込む。

龍人(りゅうと)-!!」

 絹子は2人組を振り払い、弟の元へ駆け込む。

「龍人大丈夫!? ごめんね。お姉ちゃんのせいで……こんなに……」

「姉ちゃん……あの……人は?」

「大丈夫。あの人はすごく強いんだよ。なんたってレッドアイを倒した……人……だもん」

 弟にしゃべっている途中、焔の方に目を向けた絹子だったが、そこには思いもよらない光景が広がっていた。

 焔が4人組から袋叩きにあっていたのだ。焔は反撃も抵抗もすることなく、ただただ殴られ続けていた。

「ハッ、何だよこいつ。くそ弱いじゃん」
「マジいいサンドバックだな。オラ!!」
「オラ!! オラ!! オラッ!!」
「おいどうした? 弱いくせにイキってくるからこんなことになんだよ。オラ!!」

「止めてー!!」

 飛び出そうとする絹子をまたしても2人組が取り押さえる。

「焔君ー!!」

 耐えろ焔!! 耐えてくれ!! あともう少しなんだ。だから……

「おいお前ら!! 今すぐ彼から離れろ!!」

 来た!! 何とか一発も殴らずに事を納められそうだ。我ながらよく耐えた。

「警察……まさかお前!!」

 1人が焔の胸ぐらをつかんだ。その男に焔は一言

「だから言っただろ。取り返しのつかないことになるって。ご愁傷様」

 そう言って、焔はニヤッと笑った。

 
 ―――その後、警察によって中学生たちは連行された。焔があらかじめ警察にサイレンとランプを付けずに来てくれと頼んでおいたおかげでまったく悟られることなく全員捕まえることができた。

 焔たちは怪我をしていたので、送っていってくれると言ったが焔たちは断り、詳しい事情聴取も後日とさせてもらった。

 焔たちは灯りがついてあるブランコの方に行き、古びたブランコに絹子、弟が座り焔はそれに対峙するようにブランコの手すりにもたれかかる。

「焔君。本当にありがとう。焔君が来なかったら私たち……どうなっていたことか」

「ああ、別に良いよ。たまたま喉が渇いて通りかかっただけだから。それよりも何であんな状況になったんだ?」

「それが……」

 絹子は近くの本屋に寄り、新たに読む本を物色している途中だった。絹子の携帯から電話がかかってきた。それは弟からの電話だった。だが、電話に出るとその声は弟ではない男の声だった。その男からさっき弟に暴行を加えていた4人組の1人だった。用件は弟に危害を加えてほしくないなら1人でこの公園に来いと言うものだった。

 絹子は頭の中がパニックになり、1人でこの公園に来てしまい、こんな有様になってしまったと言う。

「なるほどな。おい龍人。お前いじめられてたこと誰にも言ってないのか?」

「……言ってませんでした」

「なぜだ?」

「……」

「勇気がなかったのか? 恥ずかしかったのか? 口止めか? 迷惑かけたくなかったのか?」

「……全部です」

「そうか。ならお前は結果的に俺と絹子にすごく迷惑かけてるぞ」

「そ、それは……」

「焔君、私は……」

 それから先ほどまで温厚だった焔が声を荒げた。

「お前が!!……お前1人がどれだけいじめられようが、どれだけ苦しい思いをしようがそんなもんどうだっていいんだよ!! だがな、俺の大切なクラスメイトを巻き込むなら話は別だ!! もし俺がたまたまここを通らなかったらお前はどうしてたんだ!? お前が絹子を救うことができたのか!? あいつら全員倒すことができたのか!? 下手したらお前は絹子の人生ぶち壊してたかもしれないんだぞ!!」

「僕のせいじゃない!! 全部あいつらが悪いんだ!!」

「そうだな。あいつらが悪いよ。だがな、もし絹子にお前がいじめにあっていることを伝えていたら絶対に1人で来ようなんて思わなかったよ」

 龍人はその言葉を聞き、ハッとする。

「絹子はいきなり訳が分からない状況になって、頭が混乱したんだ。だから指示通りに動いてしまった。ちゃんとお前が伝えていればこんな事態にはなってない」

「だったら……僕はどうしたら良かったんだよ!! 毎日毎日いじめられてそれでも耐えてきたんだ!! ずっと……ずっと!! もうそれしか考えることができなかったんだ……」

 龍人は泣き出した。絹子も何も言葉をかけることができず、ただ泣いていた。

「お前も苦しかったんだろう。耐えるという選択肢しか見えなくなるぐらいに。だったら、今日を境に変われ!! お前をいじめていたやつらは警察に捕まった。だが、また学校に帰ってくるだろう。そして、またお前はいじめられるかもしれない。その時、お前はどうすべきなのか? 本当にいじめに耐えることができるのか? 1人で切り抜けることができるのか? 良く考えろ。自分の力を過信するな。弱さを恥じるな。1人が無理なら家族、友達、先生を頼る。はたまた逃げるのも1つの手だろう。選択肢なんていくらでもある。しっかり目を向けろ。今の自分と向き合え」

 次第に龍人の目からは大粒の涙が溢れてくる。

「大丈夫だ。お前の周りにはけっこう味方してくれるやつがいるんだ。俺も何かあったら力を貸すよ。だからしっかり考えようぜ」

「……はい……わがりまじだ……」

 下を向いて涙を流す龍人の後ろに絹子が覆いかぶさる。

「今まで辛かったね。1人で偉かったね。ごめんね。龍人のいじめ気づいてやれなくて。これからはお姉ちゃんも一緒に考えるから」

 そう言って、絹子も一緒に涙を流す。

 焔は手すりから離れ、絹子たちに背を向けて月を見上げる。

 今日は満月だったのか……いつ見ても綺麗なんだが、今日はあんたの負けだよ……これが姉弟愛(きょうだいあい)か。


 ―――「焔君本当にありがとう。どんなお礼をしたらいいのか……」

「お礼ね……そんじゃ、次から何か面倒ごとがあったら俺のこと頼ってくれ。今回はみっともない姿を見せちゃったけど……」

「本当にそんなんでいいの?」

「ああ。俺の夢はヒーローだからな。面倒ごとは自分磨きにはちょうどいいんだよ」

「ヒーロー……焔君ならなれるよ」

「そりゃどうも……おい龍人! もう姉ちゃんを危険な目に合わすなよ」

「はい! 焔さんありがとうございました」

「そんじゃ、気を付けて帰れよ」

「わかった。焔君今日はありがとう」

 別れの挨拶を済ませ、絹子と龍人は夜道手をつないで帰っていった。その光景をしっかり見届けると、焔はポケットから携帯を出し、電話をした。

「もしもし銀ちゃん? さっき送った動画見てくれた?」

「おー見たぞ。これ焔か? えらいボコボコにされてんな」

「どう? 行けそう?」

「んー……まあ、もうちょい暗いの補正したら全然行けるな」

「どんぐらい伸びるかな?」

「この手のやつはけっこう伸びるぜ。これ俺が使ってもいいんだよな?」

「そのために銀ちゃんに動画を送ったんだよ。動画は俺がボコられてるとこだけ使ってね。後こいつらの名前は―――」

「了解。楽しみにしときな」

「ありがとう」

 
 その日、ある1件の動画が話題になった。4人組が1人の男を袋叩きにしている動画だ。その4人は学校、名前、住所などの個人情報がネット上にばらまかれた。ついでに、絹子のことを抑えていたやつらも。

 それから1週間。いじめっこたちも最初は威勢が良かったものの今ではすっかり委縮してしまった。龍人もいじめられていたことを家族、担任に相談し、クラスの皆に打ち解けた。幸い、皆龍人に味方してくれた。

 簡単なことだった。これでうまくいかない場合もある。だけど、試してみないことにはわからない。ほんの少しの勇気で、現状は変わるんだ。良い方向にも悪い方向にも。

 だったら試してみても良いんじゃないだろうか。選択肢はいくらでもあるんだから。

 
 それから俺は龍人には先生と呼ばれるようになり、絹子は若干、俺に向ける表情が増えた。



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