第25話:「NPO・藤野の街」の好循環

文字数 1,704文字

 その他、宝物殿では珍しいものを見せてもらった。17時前、ホテルに帰ってきて、一休み。その晩は、ステーキハウスで、ビールを飲みながら夕食を食べた。ホテルに戻って、風呂に入って23時前には床についた。 翌朝、ホテルから徒歩15分で行ける福州園を散歩へ。そこは、中国式の庭園で、建物も彫刻なども全て、中国風なのには驚かされた。

 庭園から帰って来て、ホテルで朝食と食べながら、今日は、レンタカーて読谷村の北、残波岬や読谷のやちむんの里「陶器の窯元」見学。9時に出発して、10時半に残波岬と灯台を見学して美しい海の写真を撮った。その後、やちむんの里「陶器の窯元」をへ行きガラス製品や焼き物などの工房やギャラリーを眺めた。

 そこで、気に入った商品を数点購入。特に鮮やかな色の珈琲カップ、シーサーが、印象に残った。これを見ていると他の日本の焼き物の色とは全く違い新鮮な感じがした程だ。その後、南下していくと左側、内陸側に大きな米軍基地が見え、ジェット機の飛び立つ音など、やかましい雰囲気。ここが、嘉手納基地だとわかった。

 しかし、その想像以上の大きさには面食らった。しばらく行くと、北谷のアメリカンビレッジの派手な建物が見えた。そこで、昼食を食べて、店を回ったが、何か落ち着かない雰囲気で、すぐ出て、北谷公園サンセットビーチへ向かった。そこは、美しい海が広がっていた。近くには大きなホテルが建っていて何枚もの写真を撮った。

 やがて出発し、大きな道をひたすら南下して行くと泊ふ頭と書いてある方へ右折してアーバンリゾートホテルの駐車場に車を止め、ホテルの8階のカフェに入り海やフェリー乗り場が一望。そこで写真を撮りながらケーキ・セット食べ、ゆっくりと港を眺めていた。するとフェリーが着いて、迎える人との対面のシーンが見られた。

 その後、しばらくすると、その船が今度は、離島に出発する事になり若い男女の別れのシーンを見ることができた。それを見て、何て、ロマンティックなんでしょうと芳江さんが、栃木に語った。1時間近く、休んで、再び、出発すると16時近くなり道が混んできた。そして17時頃に、レンタカー屋に到着し、車を返して、ホテルまで歩いて帰った。

 しばらく部屋で、一休みし18時過ぎ近くのデパートに出かけた。そして、夕食とお土産を買おうとデパートの中を回り、夕食は、沖縄ソバ食べた。しかし、ここも、東京にあるデパートと変わりなく、土産によさそうな品物を見つけられなかった。そこで、明日、那覇空港で見てみようと考えて、ホテルに帰った。その後、ビールを飲んで床に就いた。

 翌朝8時、ホテルで朝食を食べ、チェックアウトして、モノレールで那覇空港へ行き、11時出発のの羽田行きに乗り込んで、13時半、羽田につき、車で藤野についたのは16時過ぎになっていた。翌日、栃木夫妻は、仲間達に、お土産を渡して回った。その頃、世界では、2012年は、欧州債務危機の影響拡大による海外経済の減速を主因に低迷が続いた。

 実質GDP「国内総生産」成長率は4~6月期にマイナスに転じ、7~9月期のマイナス幅は前期比年率換算で3.5%に拡大。内閣府は10月、景気の基調判断で3年6カ月ぶりに悪化に転じた。欧州債務危機は、ユーロ圏の崩壊といった最悪の事態は回避したが、依然として良くなかった。震源地ギリシャでは、5月の総選挙で緊縮財政反対派が躍進し、連立交渉に失敗。

 6月の再選挙で、ユーロ残留を目指す緊縮派が過半数を確保した。しかし、国際通貨基金「IMF」や欧州連合「EU」との第2次支援の交渉はもつれた。ただ、欧州中央銀行「ECB」が9月に、スペインなどの国債を無制限に買い上げる方針を表明。10月、危機国に最大5千億ユーロの支援融資を実施できる欧州安定機構「ESM」も発足、ユーロ相場も反発した。

 こうして2012年が終わり2013年を迎えた。栃木の奥さんが、今年は、夏に出来たら海外旅行したいと言ったので、具体的に、何が、一番見たいと聞くと美しい花と言ったので、インターネットで探すと、カナダ、ビクトリアのブッチャート・ガーデンが、紹介されていた。
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