輪廻

文字数 1,353文字

 私には、ほんの少しだが前世の記憶がある。もちろん、こんなこと誰にも言わない。仮に言ったとしても誰も信じないだろう。
 それに気づいたのは、初めて男と付き合った時だった。その男に抱きすくめられた時、ハッとした。この人じゃない、そう強く思い、その腕を跳ね除けた。
 その夜、私は夢を見た。細かな内容は目覚めた時には忘れていた。しかし烏帽子姿の殿方と甲冑姿の若武者の姿は、脳裏にはっきりと焼きついていた。そのふたりは同じ顔立ちをして、身なりこそ違うが同じ雰囲気を漂わせていた。きっと、生まれ変わりに違いない。
 それからもうひとつ、東北のある寺の名前がなぜか耳に残っていた。いつか訪ねてみよう、そう思いながらも、病弱な母の看病に追われ、歳月は過ぎて行った。
 母が元気になり、私の行く末を案じているのを知った私は、思い切って旅に出たいと打ち明けた。そして、母に見送られ、ようやく私はその寺へと向かうことになった。そこに行けばきっと、「彼」に会えるに違いない。現代の姿に生まれ変わった「彼」に。
 
 その寺は、木々に覆われた山奥に、ひっそりとたたずんでいた。晩夏であったが、小鳥のさえずりの中を心地よい風が通り過ぎ、木々の間から射し込む陽の光はキラキラと輝いている。
 寺の門をくぐり、本堂に続くらしい入り口で声をかけたが、返事はない。しかたなく、脇の縁側に腰をかけ、少し待ってみることにした。こじんまりとした寺であるが、庭は手入れが行き届き、山奥には似つかわしくないくらい小ざっぱりとしていた。
 しばらくすると、ひとりの老婆がやってきた。山菜を手にしたその老婆は、珍しい客に驚きながらも、快く話し相手になってくれた。
 
 寂れかけ、年老いた住職がかろうじて守ってきたこの寺に、数年前、旅の若い僧侶が訪れた。そしてこの寺を受け継いだという。その若い僧侶は、村人たちとともに、寺の再建と維持に奔走し、立派にそれを成し遂げた。
 ある時、老婆がその僧侶にこの地へ来た訳を聞くと、ある人に会うためだと答えたという。そのため、仏教の修業をし、ここへやって来たと。
 
 私は確信した、その僧侶こそが私のただ唯一の「彼」であると。大いなる時を経て、また巡り合う機会が訪れたのだ、と。
 人は命果てるまでともに過ごしたとしても、数十年のことだ。でも、こうしてまた来世をともにできれば、それは永遠となる。もしかしたら、本当はこんな例は星の数ほどあることなのかもしれない。ただほとんどの場合、本人たちは覚えていない。覚えていなければ、それは初めての出会いであり、その時代限りのこととなる。
 でも私たちはそこが大きく違うのだ。お互いに前世から結ばれている自覚がある。それは永遠の結びつき、なんと幸せなことだろう……
 
 老婆を見送ると、入れ替わりにひとりの男が歩いてきた。私は一瞬にして、それが「彼」であることを五感のすべてで感じ取った。
 烏帽子姿、甲冑姿、そして今回は僧侶姿だが、紛れもなく同じ人物。近くまで来て見つめ合った私たちに、言葉など必要なかった。その息遣い、漂う雰囲気、ああ、懐かしい……私の目から一筋の涙が頬を伝った。「彼」はその涙をやさしく拭い、
「久しぶりだね」
そう言って、私を強く抱きしめた。

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