止まった時計と呪詛

文字数 3,374文字

 どこまでも続く螺旋階段を降りて逝く。どこまでも、どこまでも、果がない。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 階段を一段降りる度に呟く許せない。いつになっても終わらない。私は呟く。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど呟いた。だけど、まだ足りない。


―――――


 カチッ、カチッ、カチッ。


―――――


「お前みたいなクズ、すぐに死んでしまえ!」
「キモいんだよ!死ね!」
「まだ理解していないの?早く死ね!」

 聞こえてくる罵詈雑言。私は我慢する。

「おい、なんとか言えよ。言えって言ってんだろ!」
「クズ!おい、聞いてんのか!?あぁん?」
「ブサイクが調子に乗って、早く死ねって感じ。生きてる価値なくね?」

 耐える。耐える。耐える。殴られても蹴られても水を掛けられても耐える。

「チッ、本当にこいつ不気味だわ」
「つまんね。どっかいくか?」
「時間の無駄だしね」

 ぎゃはははと笑う声が遠ざかる。びしょ濡れになった私は教室に戻り体育着に着替える。クラスメイトの女子は見て見ぬふり。男子は私の着替えを見るのに忙しいらしい。クラスのど真ん中で着替えしてたら、まぁ、そうなるのだろう。
 私は保健室に寄った。先生は何も言わずに珈琲の準備をしてくれた。たっぷりのミルクと砂糖が入った、温かい何時もの珈琲だ。先生は電話をする。その間、私は先生の近くに座ってる。先生の電話が終わると、お湯を確認し、珈琲を入れる。そして続く無言の時間。珈琲を飲み終わる頃合いに、一台の車が近づいてくる。家の迎えだ。先生に感謝の意を伝え、お辞儀をして車に向かう。先生は心配そうな顔をしているが、言うことは平々凡々。普通の事しか言わない。
 車に乗り、暫く走ると家が見える。帰宅してからすぐに部屋に行く。その後シャワーを浴びて着替える。
 夕食の時間になった。自室から食堂へ向かい、家族で食事を摂る。私は仮面をかぶり、笑顔で父と母に応対する。もう慣れた。
 今晩もつつがなく食事を終え、宿題をやってからベッドに横になり眠る。そして、また明日も同じような日々が待っている。


―――――


カチッ、カチッ、カチッ。


―――――


 私は幼少の頃からそうだった。他人から可愛いと言われ、綺麗だと言われ、育った。私も人と関わるのが好きだったので、更に周りの大人からは好印象に見えただろう。小学校に入ってもテストは何時も満点。私自身堅苦しいのは苦手。だから家の事情で行われるパーティーなどは基本的に辞退していた。もちろん家で行うときもそうだ。ただ、先も言ったが、人と関わるのは好きだ。だから、私の人間関係は良好だった。一体どこから歯車が狂ったのだろうか。


―――――


カチッ、カチッ、カチッ。


―――――


 夢を見る。其処には神が居た。神は私に言った。

「貴方は死にました」

 と。
 私は混乱した。続けて神が言った。

「貴方は何をしたい?」

 私は何をしたいんだろうか。続けて神が言った。

「復讐心があるのならその道を進みなさい。ただしその道は苦行の道です」

 と。
 何故か分からないが、私は腑に落ちたかの様な感覚が有った。

「それでは逝きなさい」


―――――


カチッ、カチッ、カチッ。


―――――


 何時もと変わらない日々。退屈で怠惰な日々。授業は普通に受ける。だけど、教科書すら開かない。すでに勉強した所だ。開く必要性を見出だせない。
 そして、今日もいじめが始まる。そして、いつものように耐える。ふと昨日見た夢を思い出す。心が何故か楽になった。だが、その笑顔が気に入らなかったらしい。今日は何時もより酷く殴られ、蹴られた。
 何時も通り、保健室へ寄る。そして、車が来るまで珈琲を飲みながら待つ。そして、先生に礼をしてから、帰宅する。
 そして、何時もの様に夕食を摂り、部屋に戻って勉強して、寝る。次の日のことを考えつつ。


―――――


 カチッ、カチッ、ガチン。


―――――


 私は自分の葬式を俯瞰している。聞こえてくる話によると、不慮の事故だったらしい。盛大に行われた葬式。そこに居るのは大人たちばかり。同級生は一人も居ない。先生が数名居た。養護教諭も居た。少し嬉しかったが、先生達の会話を聞いて、その感情も無くなった。私が放課後保健室に行っていたのはとても迷惑だったらしい。死んで清々した。などと言われれば、喜びの感情など一発で吹き飛ぶ。私は呪った。この理不尽な世界を。


―――――


 ……、……、……。


―――――


 動かなくなった私の時計。止まってしまった私の時計。だけど他の時計は動き続ける。私は吸い寄せられるようにあるところへ向かった。そして、夢に出た神に会った。そして、夢と同じ内容を言われ、私は進む。


―――――


 どこまでも続く螺旋階段を降りて逝く。どこまでも、どこまでも、果がない。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 階段を一段降りる度に呟く許せない。いつになっても終わらない。私は呟く。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほど呟いた。だけど、まだ足りない。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 一種の呪い。私は茨の道を逝く。この環境を作った全ての人間を呪うために。
「許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない」
 願わくば、全ての人間に災いあれ。
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