第1話

文字数 2,056文字

エディンバラはいつも雨。
 でも今日は少し晴れて、雲から一筋の日の光が差し込む午後のこと。
 クリスティーンは、学校行事でこれからクラシック・コンサートを聞く予定になっている。
 学校の廊下を進んで、コンサートホールへ向かう途中、
 クリスティーンはため息をついている自分より少しばかり年上の青年を発見した。
「あの人、なんでため息ついてるんだろね?」
いつも正直な性格の同級生のジェーンが口火を切った。
「さあ、なんでだろうね?」
野次馬精神旺盛のアンナが興味深々にそのジェーンの疑問をコンサートホールへ向かうクラス全員に伝達する。
「静かにしなさい、ミス・マーガレット」
そして、同席したマクドナルド先生に彼女は注意を受ける。
「やっぱり・・・」
クリスティーンは、ジェーンがその疑問を口にしてからアンナが先生に怒られるまで予想していたのだが、案の定その通りになり、ため息をついた。
 
学校のコンサートホールに着いて、しばらくすると、照明が暗くなり、演奏する音楽家たちが続々と壇上に登ってきた。
最後にその青年が壇上に上がってきて、お辞儀をすると一番高い台に登った。
「あの人だね!」
アンナが耳うちしてくる。
クリスティーンは静かにうなづいた。

 青年が指揮者棒を魔法の杖のように鮮やかに振り回すと、美しい菅弦楽器の音色がなり始めた。
 うっとりするような音色に思わずクリスティーンは心を奪われた。
 ふとクリスティーンが横を見ると、アンナは上を向いて口を開けて寝ていた。
 クリスティーンは自分よりもだいぶ身長の高いアンナのそんな様子を見て、子供を見る母親のような笑みを浮かべた。
 
 一曲演奏が終わると、女学生たちからの大きな拍手が自然と沸き起こった。
 次の一曲、次の一曲と、曲を演奏が終わるたびに女学生たちの心を魅了していった。
「さあ、最後の曲です」
 青年がそのように告げ、魔法の杖を一振りすると、ショパンのピアノ協奏曲が流れ出した。

 
「すごかったねー、あの男の子の指揮!聞き惚れちゃったよ!そもそもあたしもう恋しちゃってるかも!」
演奏中、ほとんど居眠りしていたアンナのまさかの一言に女学生たちは全員絶句する。
そもそも自分たちより年上であるというのに「男の子(boy)」という表現を使っているあたりにアンナのミーハーさを誰もが感じ取った。
「まだ校内にいるかも!探しに行かなきゃ!」
とアンナは走ってどこかへ行ってしまった。
その様子を見て、女学生たちも自分たちが規律を守るのが馬鹿らしくなったのか、みんなバラバラに自分たちの次の教室に帰り始めた。

その次の授業が終わり、また移動を始めると通るべきルートから離れた一個先の中庭のエントランスの影に、あの指揮者の青年が元気なさそうに立っているのをクリスティーンは見かけた。
クリスティーンは興味本位で彼に近づこうと歩みを進めた。
「そっちじゃないよ」
ジェーンがそう呼びかけるのが聞こえた。
「うん、ちょっと寄り道するから先行ってて」
クリスティーンはそう答えると、ジェーンはゆっくり不思議そうな顔でうなづいた。

その青年に近づくと、クリスティーンは一瞬声をかけるのをためらった。
なんと声をかけていいか見当がつかなかったからだ。
しかし、その青年がため息をつくのを見て、クリスティーンはなんだか話す口実ができた気がしたので、
「ごきげんよう」
と声をかけた。
青年は、
「ああ・・・やあ、君は?」
と返した。
「クリスティーンです。さっき演奏を聞いていた女学生の一人です」
「ああ、そうだったのか・・・どうでした、演奏の方は?」
「すごく良い演奏で、思わずうっとりしました」
青年はそれを聞いて『知っている』と言わんばかりに自信たっぷりにうなづいて見せた。
「それより、ちょっと先ほどお見かけしてため息をついてらっしゃったように見えたのですが、どうかされたんですか?」
クリスティーンがそう尋ねると、青年は図星だという顔をして、身振り手振りして見せた。
その時、「あ!」という何かを見つけた声が聞こえた。
アンナである。
アンナは駆け足でこちらに向かってきて、
「ごきげんよう!アンナです」
と元気よく青年に挨拶した。
「や、やあ・・・」
ちょっとその勢いに青年も押されてたじろぐ。
「あれ、知り合い?」
アンナは無邪気な顔でクリスティーンに尋ねた。
「違うの・・・ただ、ほらさっきため息ついているのを見て、気になったから・・・ほらなんでため息ついているのか気になって・・・」
というクリスティーンの説明を聞いて、アンナは
「この子、クリスティーンって言いまして、この辺では有名な探偵なんです!まだ子供ですが」
クリスティーンは「子供ですが」という余計なセリフに少しムッとした。
「ああ、君があの探偵さんなのか!ここに来る前に街の人から聞いたよ!ああ、まだ名前を名乗っていなかったね。僕はシュローセン。よろしくね。じゃあ、早速聞きたいんだけど・・・」
探偵と知るや否やいきなり饒舌になるシュローセンに『調子の良いやつだ』と思いながら、クリスティーンは話を聞くことにした。

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