第五十六話

文字数 5,577文字

/*** カスパル=アラリコ・ミュルダ・メーリヒ Side ***/

 どうしたらいい?
 幸いなことに、カズト・ツクモ殿は、それほど怒っているようには見えない。共回りの者たちもだ。儂の判断を尊重してくれると考えていいだろう。

「ツクモ殿。この者たちは?」
「先程、襲われました。私の従者である。リーリアの持つ、”ただの袋”が目的だったようです」

 は?
 収納袋ではないのか?儂も何度か見ているが、収納袋のような動きじゃったぞ?

 毎回スキルを発動しているとは思えない動きだ。
 ツクモ殿は、リーリア殿から、袋を受け取って、儂に渡してきた。確かに、普通の袋で、収納袋になっていない。

 ちらっとバカ息子を見るが驚愕の表情を浮かべている。本当に、これが収納袋だと信じていたようだ。

「どうですか?」
「あぁ普通の袋じゃな」
「さて、領主様。私は、今回2つの案件を持ってきました。その2つに関しては、一つは領主様の判断を仰ぐつもりです。もう一つに関しては、その判断に関係なく、私は実行するつもりでやってきました。実際に、ここにレベル7回復を持ってきています。それに、新たにもうひとつのくだらない。本当にくだらない案件が追加されました。私としては、そのくだらない案件を終わらせてから、建設的な話をしたいと思いますがどうでしょうか?」

 返答に困る。困ると言うのはおかしいな。最初から、俺らに選択肢なぞない。息子が、しでかしたことが大きすぎる。

「オヤジィィィ。そんなやつの言うことなんて聞くことはない。レベル7回復を奪って、俺に渡せば、許してやるぅゥゥ化物なんかに使う必要なない!!」
「エンリコ。お前!黙れ!」
「オヤジィィィ。そんな化物。やつにくれてやればいい。必要なら、また作ればいいだけだろうぉぉ」

 誰かが動いた

「ご主人様」!「マスター」「パパ!」

 3人が動いている
 それぞれが獲物を持って、命令があれば殺せる位置にいる。
 そして、隠そうとしない殺気が凄まじい。

「お前たち控えろ」

 3人の殺気を受けてなお、そう言えるのか?
 完全に支配下においているのか、自分にとって問題ある行動を取らないと確信しているのか?

 でも、これで、エンリコを生かしたまま幽閉では、だめだろうことは、誰でもわかるだろう。

「それで、領主様。どのようにしてくれるのですか?」

「えぇぇぇぇぇぇ」

 クリス!
 やっと事情が飲み込めたのか?

「ごめんなさい。少し考え事をしていました」
「クリス。辛いのなら、部屋で休んでいても・・・」
「いえ、お話を聞かせて下さい」

 ツクモ殿なら、クリスを部屋に戻らせることができるとのではないかと思ったが、このまま話を続けるようだ。

「お祖父様。ツクモ様。お父様たちは・・・」
「クリス!」
「あっすみません」

 クリスが、エンリコの助命を申し出るだろうことは想像できる。
 でも、それができる状況ではないのも確かなのじゃ。

 エンリコの表情が目まぐるしく変わっている。
 ここまで愚かだったのか?

「ツクモ殿」
「なんでしょうか?」

 だめだな。交渉の余地なしというところだろう

「儂と、エンリコ、そして、ここで捕まっている者で許してもらえないか?」
「だめですね」

 なっ少ないと言うのか?

「それでは?どうしろと?」
「そうですね。1ヶ月、あなたに時間を与えます。ここに居る連中は、明日の朝食は必要ないでしょうが、それ以外に、食事の必要がなくなる人たちをすべて、ミュルダから排除してください」
「それだけでいいのか?」

 難しいことだが、できないことではない。

「えぇそれで構いませんよ。それに、私は、ナイフそのものが使えなくなれば、あとはナイフを使った人間が居るかどうかが気になりますからね。ナイフだけを始末して、終わった気になっていると別のナイフに狙われてしまいますからね」

 ツクモ殿のエンリコへの評価は、使われたナイフということだな。
 裏に誰かいて、命令しているのなら、命令しているやつを始末しろということなのだろう

「わかり」「お祖父様!お父様を、ツクモ様。お父様を!」

「クリス。しかし・・・」

 ツクモ殿は、何もおっしゃらない。当然だな。
 儂の役目なのだろう。

 再度、口をふさがれた、エンリコがなにか喚いている。
 顔色が戻っているから、生き残れるとでも思っているのだろう。

「クリス。エンリコは、それだけの事をしたのだ」
「はい。理解しております」

 ん?理解している?
 それならばなぜ?

「お祖父様。ツクモ様。お父様は、ツクモ様の使者相当のリーリア様に手を出して、慰め者にしようとしたり、私をその・・・ツクモ様に差し出して・・・とか、ナーシャ殿の持ち物を奪おうとしたり、それが全部失敗して捕縛されて、それから逃げ出して、ツクモ様を直接害しようとしました」
「そうだな」
「えぇですから・・・」

 初めて、クリスはエンリコを見下ろした。
 それこそ、その場に相応しくない、汚物でも見るような目線だ。

「ですから、お父様とそこのえぇぇと、あぁぁゴミたちは、安易な死ではなく、ふさわしい賠償をさせてからの死にしたらどうでしょうか?」

 なっ!
 賠償をさせるか、確かに、こいつらのしたことには、その程度でも足りないように思える。

 クリスを見るが、表情さえも変えていない。
 もう割り切っている・・・違うな、言葉では、父と読んでいるが、もうすでにそんな感情などないのだろうな。

「そうですね。ツクモ様は、いろいろ実験をしていらっしゃると聞きました」
「あぁそうだな」
「人族を使った実験もしていらっしゃるのですか?」
「いや、被験者がいなくてな」
「それじゃちょうどいいではないですか?お父様を含めて、ゴミクズが4人います。その者を、実験材料にしたら良いのではないでしょうか?どのような扱いを受けても、私達は文句を言いません」

 ツクモ殿がなにか考えている。
 魅力的な提案なのだろうか?

「クリスティーネ様。しかし、それでしたら、私達が受けるメリットがデメリットと同等存在します」
「デメリットですか?」
「えぇそうです。確かに、私は、実験をしたいと思っています。世間一般的には、女性側の種族が生まれてくると言われていますが、それではなぜ、ゴブリンやオークは絶対的に、雄が多いのでしょうか?メスが存在しないわけではないようですので、多種族を襲う必要性は少ないはずです。人族が優れていると言っている・・・えぇ・・・と」
「アトフィア教」
「あっそうそう、そのアトフィア教の信者や司祭に、ゴブリンのメスやコボルトのメスと交配させたときに、上位種であるホブゴブリンやワーウルフなどが産まれたりしないかとか、興味が尽きません。あと、魔物は肉などを食べる事で進化する事がありますが、人族で同じ事が起きないかは、早めに実験しておきたい項目ですね」
「それならば!」
「そうですね。一定のメリットは感じていますが、そこの人物ではデメリットも多いのも確かです。えぇとお父様は、領主様の許可があれば大丈夫でしょう。取り返しに来たら、返り討ちにして、実験体が増えるだけですからね。問題は、そこの司祭を自称している者ですね」

 そういう事か?
 確かに、アトフィア教とことを構える事になってしまう

「大丈夫ですわ。門番に確認していただければわかると思いますが、その者は、ミュルダには存在しない者です」
「ほぉ固有スキルですか?」
「はい。気持ちの整理ができたら、目覚めました」
「権能に関しては、あとでお聞きしても良いですか?」
「かまいませんよ。でも、そのときには、ツクモ様のことも教えてください」
「わかりました。さて、話を戻しましょう」

 クリスの固有スキル?
 樹木と獣化は知っているが、それ以外になにかあるのか?
 交渉ではなく、はじめから決められた場所に続く道を走らされているように感じてしまう。

「領主様。クリスティーネ様のおっしゃっている事が実現できるのなら、私は剣をおさめようと思います。いかが致しましょうか?」

 確かに、それと追加で、他に同じようなことを考えていた者がいないかの調査を行う。
 これは、ミュルダにとってもメリットが生まれる。

 それに、アトフィア教の一部では、同じような人体実験が行われていると聞いている。
 体の一部を魔物と交換してから、治療を行ったらどうなるかや、魔物との交配実験は有名だ。一定の成果が出ているとは聞いていないが、継続していると言うのは、噂話には聞いた事がある。

「領主様。この者たちは、ミュルダでは死んだことにしていただけますか?」
「・・・できる」
「わかりました、それで、ミュルダからの謝罪の意思を受け取ります」

 一つの問題が片付いた。

「次ですが、クリスティーネ様の体調の事ですが、ここ暫くじゃ問題ないと聞きますがどうですか?」

 いきなり話が飛ぶ人だな

「へ?僕?」
「えぇそうですね。あっ邪魔な者たちに先に出ていってもらいますか?」
「いえ、ぜひ聞かせてあげてください。お父様もそのほうが安心できるでしょうし、私の咳が少なくなったことを、たいへん喜んで、リーリア殿を捕まえて、ツクモ様から秘密を聞き出そうとしたくらいですからね」
「え?そうなのですか?それくらいなら、”娘の体調が良くなったけど、なにか特別なことをやったのか?”と聞いてくれれば、教えましたよ?もちろん、無償でね」

 クリスとツクモ殿は、どこかで打ち合わせでもしているのかと思うくらいに、エンリコの心を削っていく。
 自分が起こそうとした事の半分くらい・・・いや、スキルカードや魔核も、レベル5相当なら、いくらでもとは言わないが、ある程度まとまった数を用意してほしいといえば、準備してくれたのかもしれない。

 ツクモ殿から聞いた治療方法は、どれも理にかなっていた。
 それだけではなく、小さな生き物が体の中に入って悪さしているのに、その小さな生き物が増えるような生活をしていたら、いつまでも治らないのは当然で、最悪の事になっていたかもしれない。

 エンリコが知りたかった事が、次々と明かされていく。

「そうだったのですね。僕は、てっきり下着を変えたからだと思っていました?」
「下着?あぁナーシャが作って欲しいといっていたやつですか?」
「そっそうです」
「子供用の下着を何着か頼まれましたよ。そうですか・・・確かに、下着を変えた事での効果はあると思いますよ、前の下着がどのような物だったのかわかりませんが、私が贈らさせてもらった物なら、小さな生き物が繁殖していませんし、体へのフィット感があったと思います」
「うん。すごく履きやすかった・・・子供用というのが気になるけど」
「失礼しました。追加をお持ちしましたので、後ほど、リーリアにもたせます」
「え?本当?うれしい。いくら?」
「いいですよ。これは手土産としてお持ちしたものですし、私の眷属たちが作った物ですからね」
「そうなのですね」

 クリスが、エンリコ視線を投げる

「作ったとは?」
「リーリアが説明したかもしれませんが、その下着の素材は、イリーガル・グレート・デス・フォレスト・スパイダーの糸で、作った物ですよ?」
「え?イリーガル種ですか?すごく貴重な物だとお聞きしましたが?」
「そうらしいですね。でも、私達にとっては、ありふれた素材ですし、でも、もう内部以外に出す予定はないです」
「もったいないですよね」
「えぇっそうですが、あまり市場に出すと問題になると思いますし・・・」

 二人がエンリコを見る。
 エンリコの表情が物語っている。実は、ツクモ殿がおいていったスキルカード全部よりも、クリスの下着一枚のほうが価値があると知っったのだ。
 すべてが終わったあとで・・・。

「あっそんな些細な事よりも、やはりレベル6治療では完治できませんか?」
「リーリアお姉ちゃんにしてもらって、かなり楽になったのですが、それでも夜や、起きてから少し喉が痛かったりする事があります」

「ご主人様。クリスティーネ様。申し訳ございません」
「リーリアの責任じゃないから気にするな」「リーリアお姉ちゃんが悪いんじゃないです!」

 ツクモ殿は少し考えてから

「わかりました、それでは、レベル7回復を使ってみましょう。経過観察が必要になるとは思いますが、それでもいいですか?」

 そばに控えていた10歳くらいの男の子が、スキルカードを持ってくる、確かにレベル7だ。
 儂がドキドキしてどうすると思ってしまうが、それでも心が反応してしまう。

 ツクモ殿は、レベル7回復を、クリスに持たせる。

 クリスが驚いているが、そのまま、詠唱を始める。儂が聞いた事がない詠唱だ。クリスは、だまってそれを聞いている。スキルが発動したのは、レベル7のスキルカードがなくなったからだ。治療などの場合だと、体を光が包んだりするが、そのような現象は発生しないようだ。
 違う、その後で、ツクモ殿のあとに従うように、クリスが詠唱を行う。回復のスキルのようだ。

 そして、スキルが発動して、体の喉の部分と肺の部分が強く光る。
 光が収まっていく。何か、特別に変わった事は感じられないが、クリスにはなにか感じるのだろう。涙を流している。

 流れ出た涙を拭こうとはしない。儂も、エンリコの事があるが、安堵した気持ちになる。
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