23 アンのおくりもの

文字数 1,515文字

「おかえり。ごくろうさま。」

母のティナが、おつかいから帰宅した
ビビとアンのふたりを出迎えました。

それは土曜日の夕方のことです。

「あつーい。」

「地球にアイスが必要だ。」

アンは玄関で大げさに倒れこみます。

ビビもマネて倒れると、
フローリングの床が冷たく楽になりました。

「アンちゃん、荷物が届いてたわよ。
 部屋に置いてあるから後で――。」

それを聞くなり、アンは玄関から部屋へ
一目散に飛び出して、つばの大きな
麦わら帽子が廊下に残されました。

「行っちゃった。」

ビビは玄関に置き去りにされた荷物と、
麦わら帽子を拾って、空調の効いた
リビングのソファで休憩します。

ケージから出てきた黒曜が、
遊び相手を求めて寄ってきました。

「ちょっと涼ませてよ。」

そう言いつつも、毛玉をソファに載せて
顔やひたいをくしゃくしゃになでます。

「アンに荷物なんて、どこからだろ。」

ビビには思い当たる節がなく、
意味もなく黒曜の頬の皮を伸ばしました。

晩ごはんの後、ビビはアンのいる
屋根裏部屋にひとりで行きます。

「入るよー。」

ノックの後に扉を開けると、
月明かりの差し込む薄暗い部屋で、
赤黒い塊を見てずっとニヤニヤしています。

部屋にはベッド横の電気しか点いていません。

「それは鉄?」

「そうだ。火星のだって。
 パパが送ってくれた。」

「パパ。」

ビビは復唱します。

アンにも親がいること。
親がアンに向けて火星の鉄を
送り届けたこと。

考えてみればおかしなことではありません。

ふたりだけで砂浜に行った日のこと。
月生まれの母親と、火星人ではなく
地球人だった父親の間に産まれ、
宇宙人を自称することに悩んでいたアンでした。

そのことが、言い表せない感情に支配され、
ビビの胸の中をモヤモヤとさせるのでした。

「ビビにこんなのを作ってみた。」

それは小さな白い石のついたペンダントです。

「カルサイト?」

姉のエリカと3人で川に行った日に、
アンが拾った石でした。

表面が薄白かった石はやすりがけされて、
光沢と透明感があり、まるで宝石のようです。

「キレイ。」

「それはビビにあげる。
 こっちはわがはいの。」

銀色の細い鎖のおそろいのペンダントです。

アンのペンダントはアメ色の石。
それは海岸で拾ったメノウでした。

「ビビはこれ装備すればきっと迷わないぞ。」

「装備って。
 迷子になる予定はないよ。」

「宇宙には上下がない、
 でも太陽の位置は変わらない。」

アンは天窓を指差しました。
米粒程度の大きな星が光って見えます。
アンはあの宇宙から来た宇宙人なのです。

「へぇ。あぁそうか、言われてみれば無重力だ。
 え? じゃあ北とかは? 方角?」

「極はある。
 でも月にも火星にも、
 地球くらいの磁場がない。」

「それって迷子にならないの?」

「地球なら迷わない。これもある。」

タブレットを空中で8の字にまわして、
電子コンパスを調整する仕草を見せます。

アンが家に来てから一度も、
迷子になった様子はビビは見ていません。

勝手に行動してはぐれたアンを
ビビが探すことはあっても。

「石を全部みがくの苦労したぞ。」

プラスチックコンテナの中には
アンの集めた全ての石がみがき終えられ、
どれもキレイな光沢を見せています。

「集めすぎだよ。」

「ビビは友達だから、
 手放すのは惜しいが
 欲しいのあったらひとつあげるぞ。」

「え、なに急に。いらないよ。」

「いらない…。」

ビビの答えに、アンは驚きと
残念な気持ちが入り交ざります。

「だって、アンが集めて
 ずっとみがいてたの知ってるし。
 だからこれだけは貰うよ。ありがとう。」

ビビは貰ったペンダントを首に掛けて、
カルサイトを指でなぞりました。

素敵なプレゼントに、ビビの頬が緩みます。

「作ってよかった。」

翌日、アンは家にいなくなりました。
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