第19話 探索
文字数 1,381文字
もう一度角を曲がって、今度は裏通りに向かう。いかがわしさがぷんぷん臭ってくるような場所だ。白い化粧の女たちが、妖艶な身振りで三人をさそっている。そばでチンピラが見張っている。
「あの合図は、この子らが発していたんでやんすかね」
抱きしめている子猫あやかしを監視しなければ、と思う一方で、八っつあんは、妖艶な身振りの女に、思わず目をやってしまう。ダメダメ。八っつあんは、必死で目をそらしている。しかしご隠居は、もうすっかりデレきっている。ちょっとぐらい、遊びたいという顔であった。目的を忘れきっている。
「ねえねえ、寄ってかない? 安くするわよ」
女が、声をかける。ふらふらとご隠居が近づくので、八っつあんは慌てて猫を抱えたまま、その袖を引っ張って戻した。老いらくの恋なんて、しゃれにならねえ。
小鳥遊は、袖の中に猫を隠した。
「あやかしどうしが、合図しあっているのだろう。その証拠に、我々以外は、だれもあの合図には気づいていない」
なるほど、女たちも群衆も、合図があったことすら、気づいていないようだ。八っつあんは、心が痛んだ。
「神頼みしてたのかもなあ。悪いことしちまった。あっしを助けたばかり……」
「そう自分を責めるな」
三人と二匹は、さらに裏通りを奥に進んだ。
その通りは袋小路になっていて、両方は壁と階段になっていた。私有地なので、階段は使えない。
「行き止まりだな」
言わずもがなのことを、つぶやく小鳥遊。
ふうっと生臭い風が吹いてきた。皮膚が粟立ち、総毛が逆立った。すぐ振り返ると。
「ああっ、おまえたち……!」
八っつあんは、抱きしめたくなった。白猫、黒猫のあやかしたちが、空中を浮かんでいる。目はぺかぺか、口は牙をむきだして。
「生き返ったのか! めでたい! いや、妖怪ってヤツは、死なねーのかな」
八っつあんは、小鳥遊をつっついた。
「はやく、マタタビをあげてくだせえ」
しかし向こうは、その会話を聞きもせず、ただ敵意のこもったうなり声をあげている。
「おい、おまえたち。たしかに菅原は強敵だが、あっしらにはどうすることもできねーんだ。五郎が全部、悪い。いや、権三が、五郎にやらせてるんだ。わかってくれや」
八っつあんは、ひや汗がどっと出てくるのを感じた。味方だと思っていたあやかしに、いま、見捨てられたら、どうなってしまうのか。そんなことになったら、人生は終わりだ。
しかしあやかしは、お互いにうなずきあい、その場を飛び去って行った。子猫たちもあわててあとを追いかける。小鳥遊が袖を閉じようとしてためらった。その瞬間、二匹はふわりと宙に浮いた。あやかし一同は、謝罪のしるしであるマタタビには、目もくれようともしなかったのである。
空には星が見えていた。あやかしは、影も形もなかった。いままでいなかったかのようだった。
「行っちまった」
八っつあんは、へなへなとその場にへたり込んだ。
「行ってしまった」
小鳥遊は、落ち着きはらっている。
「どうする。妖怪も、神も仏もなくなった」
ご隠居が、顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「長屋に帰る」
小鳥遊は、動揺しているそぶりを、一切見せなかった。
「こうなったら、立てこもるしかないだろう」
ところが、そうはいかなかったのである。
「あの合図は、この子らが発していたんでやんすかね」
抱きしめている子猫あやかしを監視しなければ、と思う一方で、八っつあんは、妖艶な身振りの女に、思わず目をやってしまう。ダメダメ。八っつあんは、必死で目をそらしている。しかしご隠居は、もうすっかりデレきっている。ちょっとぐらい、遊びたいという顔であった。目的を忘れきっている。
「ねえねえ、寄ってかない? 安くするわよ」
女が、声をかける。ふらふらとご隠居が近づくので、八っつあんは慌てて猫を抱えたまま、その袖を引っ張って戻した。老いらくの恋なんて、しゃれにならねえ。
小鳥遊は、袖の中に猫を隠した。
「あやかしどうしが、合図しあっているのだろう。その証拠に、我々以外は、だれもあの合図には気づいていない」
なるほど、女たちも群衆も、合図があったことすら、気づいていないようだ。八っつあんは、心が痛んだ。
「神頼みしてたのかもなあ。悪いことしちまった。あっしを助けたばかり……」
「そう自分を責めるな」
三人と二匹は、さらに裏通りを奥に進んだ。
その通りは袋小路になっていて、両方は壁と階段になっていた。私有地なので、階段は使えない。
「行き止まりだな」
言わずもがなのことを、つぶやく小鳥遊。
ふうっと生臭い風が吹いてきた。皮膚が粟立ち、総毛が逆立った。すぐ振り返ると。
「ああっ、おまえたち……!」
八っつあんは、抱きしめたくなった。白猫、黒猫のあやかしたちが、空中を浮かんでいる。目はぺかぺか、口は牙をむきだして。
「生き返ったのか! めでたい! いや、妖怪ってヤツは、死なねーのかな」
八っつあんは、小鳥遊をつっついた。
「はやく、マタタビをあげてくだせえ」
しかし向こうは、その会話を聞きもせず、ただ敵意のこもったうなり声をあげている。
「おい、おまえたち。たしかに菅原は強敵だが、あっしらにはどうすることもできねーんだ。五郎が全部、悪い。いや、権三が、五郎にやらせてるんだ。わかってくれや」
八っつあんは、ひや汗がどっと出てくるのを感じた。味方だと思っていたあやかしに、いま、見捨てられたら、どうなってしまうのか。そんなことになったら、人生は終わりだ。
しかしあやかしは、お互いにうなずきあい、その場を飛び去って行った。子猫たちもあわててあとを追いかける。小鳥遊が袖を閉じようとしてためらった。その瞬間、二匹はふわりと宙に浮いた。あやかし一同は、謝罪のしるしであるマタタビには、目もくれようともしなかったのである。
空には星が見えていた。あやかしは、影も形もなかった。いままでいなかったかのようだった。
「行っちまった」
八っつあんは、へなへなとその場にへたり込んだ。
「行ってしまった」
小鳥遊は、落ち着きはらっている。
「どうする。妖怪も、神も仏もなくなった」
ご隠居が、顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「長屋に帰る」
小鳥遊は、動揺しているそぶりを、一切見せなかった。
「こうなったら、立てこもるしかないだろう」
ところが、そうはいかなかったのである。