脱線劇

文字数 1,756文字

昔話と伝説の違いか……。
とはいえ、これは先程語った、桃太郎と温羅伝説との関係性が合致する。
ある伝説がある昔話の源流、と言う場合でも、昔話が伝説と直に結びついているわけじゃないって話だったな。
そう、今から説明するのは「どのように結びついているか」だ。

なるほどねえ。
両者の関係を成り立たせる何か、つまり、結び目の部分が重要なんだね。
結び目とはいい比喩だよ、百田君。
二本の紐がに結ばれているいる状況を見て「この糸は繋がっている!」と、あたかもコペルニクスのように発見者ぶるのは物の道理を無視する愚か者だからね。
結び目として使えるのはちょうどさっき挙げていった昔話と伝説の「要素の違い」か?
そうだね、再び並べてみようか。
昔話(桃太郎)/伝説(温羅伝説)
場所:不明(あるところ)/特定の地域(吉備)
時:不明(むかしむかし)/過去のある時代(崇神天皇の治世)
登場人物:匿名(おじいさん、おばあさん、桃太郎、鬼、お供など)/固有名詞を持つ(温羅、吉備津彦命など)

眺めて見ると、やっぱり昔話の方は曖昧すぎるね。
逆に、温羅伝説の方は明確に判別できるものが多い。
佐伯君、なぜ温羅伝説には固有名詞が多いかわかるかい?
ここで俺に振るのかよ!
ええと、温羅伝説が「史料」だって言ってたよな。
歴史を残すための史料で、時代とか場所が、はっきりしてないとダメだからだろ。
そうそう、君のそう言うその場しのぎの僕は信用してるんだ。

ご期待に添えて嬉しい限りだよ……。
佐伯君の意見は正解だ。温羅伝説の出典として有名なのは「吉備津宮縁起」で、「縁起」というのは物事の由来なわけで、歴史的価値ある立派な研究材料だから、「むかしむかし」や「あるところ」では困るんだね。
「伝説が固有名詞であるのは、それが歴史だから。」
これは納得だけど昔話の方はなんで曖昧なの?
そこがまさに肝なんだ。
温羅伝説が桃太郎のルーツだとして、何が話の要素があそこまで抽象化したのか。

伝えていくうちに、固有名詞がぽろぽろ抜け落ちたんじゃ?
努ちゃんは脳細胞がぽろぽろ落ちてるんじゃないの?
お前今なんつった!?
努ちゃんは脳細胞がぽろぽろ落ちてるんじゃないの?
聞き直したんじゃなくて、訂正する機会を与えたんだよ!
あのねえ、水ちゃんが言ったように温羅伝説の出典は残ってるんでしょ?
努ちゃんの脳みそじゃあるまいし、抜けが分かった時点で、補填すればいいじゃない。
うぐっ……。いや、そうなのか。
時々、佐伯君はあえて三枚目を担ってるんじゃないかと思うことがあるよ。
言いたい放題だなお前ら……。
さぁ、気を取り直して「何で昔話に固有名詞がないのか」だが、これは「固有名詞がないことによる効果」から考えたほうが早いかもしれない。
……だめださっぱりわからん。
今は絵本とかがあるから、分かりにくいかもしれないね。
目を閉じて、昔話の読み聞かせを聞いていることをイメージしてごらん。
……。
昔話を聴く時、固有名詞が出てこないから、人は自分で想像するんだ。おじいさんはこんな人だろう、とか、これくらい昔のことだろう、とかね。
そしてそれが終わるとどうだ。
ははぁ、世界が閉じるんだな。
えっ、どういうこと?
「めでたしめでたし」と言って語り手が締めた瞬間、自分がしている具体的な想像はもういらないんだよ。
後には抽象的な話の曖昧な内容だけが残る。それらは当然ぼんやりとしたものだが、おそらく昔話はそれこそを伝える儀式だったんじゃないかと、僕は思う。
儀式って、大げさな。
儀式だよ。語り部から聴き手へ、理屈で説明し難い抽象を理屈の濃度を極限まで薄くして受け継がせる儀式が昔話なんだ。
感想というのも本来はこういうものではなかったのかと思う。
宗教の例え話なんかと似てるね。
いや、昔話を宗教に取り入れたのが、百田君の言う「例え話」さ。
まとめてみようか。
伝説は歴史を示すものだから、固有名詞で語られる。
昔話は抽象的なものを、大人から子供に、または先祖から子孫に受け継ぐためのもので、固有名詞は不要、むしろ邪魔になる。
これらが、結び目だね。
伝説は歴史で、情報を後世に残すものだが、
昔話は先人から後人へ受け継ぐべきものを孕んだ箱のようなものだ。
どっちも「伝える」媒介ではあるけど、何を伝えるか、が対極にあるってわけか。
さて、脱線した甲斐はあったかな。
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