第6話 オーダー、通る。

文字数 3,550文字

~~~っ……。


四人がけの席で蘭子が一人そわそわとしていると、スタッフのメイドが冷水の入ったグラスを持ってきた。



お待たせしましたー!

にゃんにゃん水ですにゃ☆

……にゃん?
にゃんにゃん水です☆
にゃん……

(ひや)、よね?

はい!

にゃんにゃん水です☆

な、なにを言ってるのかしら……!?
えーーっと……


メイドの彼女は、人差し指で自分のくちびるをなぞって、


なるほど、お嬢さまは当店のことを詳しくご存じないのですにゃ?
な、なによ? 悪いの?!
とんでもございませんにゃ☆


そういうお客さまも、歓迎歓迎、大歓迎です!


満面の笑顔で言って、彼女は居住まいを正す。


まず、自己紹介させてもらいますにゃ。


私はねーぶる。猫種はマンクスです☆

ね、ねこしゅ??
はい!

当店、『アキバ絶対領域』のスタッフは、みんな猫さんですにゃー!

ね、ねこ……!?
にゃんにゃん☆


招き猫みたいなポーズをとる彼女――メイドのねーぶるは、頭に猫耳のカチューシャを乗せている。


だが、どこからどう見ても人間だ。



私たちは人間のみなさんに、とってもとっても可愛がってもらっていたのですにゃ。


その恩返しがしたいと考えていたら……


ある日!

あ、ある日……?
ええよええよ~


恩返し、するとええよ~

と!


空から声が響いてきて、なんと神さまが私たち猫の願いを叶えてくださったのですにゃ!!

それ以来、私たちは店長――ブリーダーさんとともに、このアキバ絶対領域で人間のみなさんにご奉仕しているのですにゃん!
な、なにを言っているの……!?
……ええ、分かりませんよね。

お嬢さまが私たちの言葉を理解できないのも仕方ありませんにゃ。


しかし――


彼女は右手を背中に回して、なにやらごそごそしたあと……


にゃにゃーーーん!!


じゃなかった、


じゃじゃーーん!



猫耳のカチューシャを取り出した!


これを頭に着けることで、人間のお客さまでも私たち猫の言葉がよく聞こえるようになるのですにゃ!
そ、そんな馬鹿なこと、あるわけが――


とは言ってみたものの。


店内を見まわしてみると、他のメイドも、それから他の客も、みんな頭に猫耳を乗せている。



…………。


カウンター席でメイドと会話している、スポーツマンっぽいお兄さん。


テーブル席のキリッとしたお兄さんや、別の席のお姉さんたちも。


みんなみんな、猫耳だ。


(……あれを着けたら、言葉が通じる?)


確かに先ほどから、店内では、蘭子のボキャブラリーにはない言葉が飛び交っている。


306番卓、ねこじゃらし拾いましたー! 
キレイキレイOKですにゃー!
りな、まんま行きまーす!


その会話の応酬に、スタッフだけでなく客すらも、疑問を感じていないようだった。


さあ、お嬢さまも☆


猫耳カチューシャを手に、ねーぶるはにこにこ笑顔を見せる。


ま、まあ、

それがこのお店のルールだと言うなら、着けてあげてもいいけど……

それでは失礼して~~……


せいっ!

!!


蘭子の頭に、猫耳カチューシャがジャストフィット!


すると店内の会話が……


にゃにゃー!
にゃーん☆

みなさまご注目!

こちらのご主人様がゴロゴロタイムに突入です☆


せーのっ、

ごろにゃんごろにゃん、


うーっ、きゅぴー!

うーっ、きゅぴー!
…………。
ほら、やっぱり変わるはずが――
まあっ!
にゃんとお似合いなのでしょう!


とっっても可愛いです、お嬢さま☆

え?

そ……そう?

ええ、高貴なお猫さまのようです☆
べ、べつに、こんなお遊戯会みたいな格好で褒められたって、嬉しくないわよ……。
私はもう中学生よ?

もっとシックで、凜々しい雰囲気のほうが似合って――

お嬢さま!
な、なによ……?
わたくしには見えますにゃ。


お嬢さまが、実は可愛いモノなお嬢さまだということが、はっきりと見えておりますにゃ!

な――
よいですか、ごらんください!


言ってねーぶるは、大げさな仕草で店内を振り返る。


このアキバ絶対領域では、誰もが『好き』を隠さずに過ごしているのですにゃ!
『好き』……?
私たちは、人間さんたちのことが大好き。

だからこうして、人の姿を借りてご奉仕しておりますにゃ。

…………。
店長のブリーダーさんは人間ですが、私たち猫のためにこうしてお店を準備してくれましたにゃ。神さまのお力を借りて……あとは借金もして!
好き者っていうか、物好きね……。
そしてお客さま――

ご主人さまやお嬢さまは、このお店を『好き』でいてくださいますにゃ。


誰もがそれを隠さない……。


好きがいっぱいに溢れた空間、それがこの『アキバ絶対領域』にゃのですっ!


いまや店内の注目を集めていたねーぶるがそう言うと、拍手喝采が起きた。


さあ!

お嬢さまも、ここでは着飾る必要はございませんにゃ! JCが可愛いモノを好きだなんて、普通のことですにゃ!

じぇい……?


と、ともかく私は、そのへんの一般市民とはちがうのよ。寝具堂家に生まれた――

寝具堂!?


はっとしてねーぶるが、蘭子の手を取った。


寝具堂って、あの寝具堂ですかにゃ?!


お布団を売ってる――

そ、そうよ……。


ふん、さすがに我が寝具堂の名前は庶民にも知れ渡って――

私、あの毛布大好きですにゃ!!


もこもこしたボア生地の――

『もこにゃん毛布』

……っ。

え、ええ。あれは人気商品ですものね。子どもっぽいけど……。


『もこにゃん毛布』とは、寝具堂寝具店(しんぐどうしんぐてん)の自社ブランド商品である。


毛布と銘打ってはいるが、実際には寝袋型で、中の人をすっぽりと包んでくれる形状をしている。他のものよりも保温性が高い、特注製のボア生地が快眠を約束。


さらに、頭の部分はフードのようにかぶることができる構造になっており、耳や首元を寒さから守ってくれる。しかも可愛らしさの演出として――これは保温性には無関係だが――フードには、ぴょこんとした猫耳があしらわれている。


中の人が温かいだけでなく、見ている者もほんわかするデザインなのだ。



ちなみに……

←(デザイン発案者)


である。(小4当時)


ふ、ふん……!

大人のくせにあんなもので満足するなんて――

大人だろうと子どもだろうと、関係ありませんにゃ! 男の子も女の子も関係ありません。『好き』は『好き』なのです。止められにゃいのです!!
あ。

私、あのCMソングも大好きです。

♪にゃんにゃん もこにゃん、もこにゃんにゃん!


 さむ~い冬には もこにゃんにゃん☆

ちょ、ちょっと?! 急に歌い出さないでよ!


←(作詞者)

♪子猫のように丸まって~

 おこたのように あったかい~☆

♪にゃんにゃんもこにゃん――
……もこ、にゃんにゃん。
♪シンシン寝具!

 寝具のことなら寝具堂!


 シンシンえぶり、

 寝具のことならエブリシン……!

シンシンしんしん、寝具堂っ……♪
にゃっはーーー☆


感極まったのか、ねーぶるは蘭子に抱きついてきた。


なっ!?

どうしたのよ……!

嬉しいですにゃ、ありがとうですにゃ!

あの毛布のおかげで、私はこのあいだの冬を乗り越えられましたにゃ!

そ、そう。良かったわね……。


お姉さんにすりすりされて蘭子は困惑するが、店内はそんな二人をほほ笑ましく見守っていた。


ちょ、ちょっと離れなさいよ……!

――ウチの商品を愛用してくれてるのはわかったわよ。


でも、客に対して――『お嬢さま』に対しては、礼儀を欠いた行動よ。急に抱きつくだなんて。

うにゃ。

ごめんなさいにゃ……。『好き』が抑えきれなくって。

……まったく。うちのメイドを見習って欲しいものだわ。


ちなみに寝具堂家のメイド(しずか)は、夜な夜な蘭子に見立てた抱き枕に頬ずりしないと眠れない体質である。


とにかく!

私は、あくまで社会見学に来たのよ。勉強です、お勉強。庶民レベルにしては一流のサービスを受けられると聞いたからこの店を選んだのに……。


――もういいわ。メニューを頂戴。


さっさとドリンクでも注文して、さっさと飲んで、さっさと出てしまおう。こんな子どもっぽい店とは、それでおさらばだ。


蘭子はそう決めて、ため息をついた。


……うう。承知しましたにゃ。


でも、お嬢さま――

なによ?
メニューを見れば、お嬢さまもきっと気に入ってくださるはずですにゃ。
??

喫茶店のメニューでしょう? 代わり映えなんてするはずないわ。

こちら、ドリンクメニューです。
う……。


ピンクを基調にした、華やかでガーリーなデザインのメニュー表。蘭子の感性からしても――すごく可愛い。


私のオススメはこちら、『お絵かきドリンク』ですにゃ。
お絵かき?

名前からして子どもらしい……、っ!?

どうですか?

可愛くないですか??

か……、可愛くなんて……
これは猫さんですにゃー。
う、うう……
ハートも可愛いですよね!
か、かわ……

可愛くなんて……ないわよっ……!

さあお嬢さま、いかがなさいますか……?


肩をふるわせ、蘭子は叫んだ。


お――

お絵かきドリンクの『いちごみるく』を1つ、ここへお持ちなさいっ!!

304卓、ねこじゃらし拾いましたーー☆
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登場人物紹介

寝具堂 蘭子

しんぐどう・らんこ


ちょうぜつお金持ちな13歳のお嬢さまだよ。


お屋敷のメイドに甘やかされて育ったから、常識はずれは仕方がないね。中学生になったのを機に、下々の暮らしを査察するため秋葉原に降り立ったんだって。上から目線だね。


頭とおしりをくっつければ寝子(ねこ)になるんだよ。よかったね、蘭子ちゃん☆

息吹 しずか

いぶき・しずか


お屋敷のメイドだよ。

ノーマルなメイドだよ。

ガチでお嬢さまが大好きな26歳なんだって。


お嬢さまのぷにぷにほっぺをつつくのがマイブーム。なんとこのブームは、13年も続いているんだ。持続力がえげつないね。

万間 カケル

まんま・かける


しずかさんの幼なじみだよ。

寝具堂のお屋敷につとめる、報われない26歳の執事だよ。


おもにツッコミを担当するオスなんだって。希少種だね。

かたりべにゃんこ


たまにしゃべるにゃんこだよ。


おそらく神かなにかの化身だね。

もしくはネコ。

ねーぶる

『アキバ絶対領域』のスタッフだよ。


猫種はマンクス。しっぽのない猫さんなんだって! 趣味はカメラを持ってお散歩すること。好きな食べ物はサーモンのお寿司らしいよ。

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