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文字数 1,916文字
自身が炎に巻かれているのにも関わらず、
男は出力を上げ続ける。
不思議なことに、玉の汗こそ
浮かんでいるものの、
火傷などの外傷は見当たらない。
人気のない空間で、赤色の宝石を
見つめながらぶつぶつと
独り言を口にし続ける男の傍らには、
黒く焦げ、横たわった遺体が折り重なっていた。
朝もやのかかる林の中、
3人を乗せた馬車が
馬と共に霧を
かきわけながら進んでいく。
二人の騎士は厳めしい鎧ではなく、
魔術師の目を欺くために、
素朴な普段着に身を包んでいた。
カノンはほんのりと
白んだ息をはきながら呟くと、
外套で身をくるめる。
沈黙が破れたことを好機ととったのか、
馬を進めていたレイモンドは口を開いた。
実際、ユーリが聞いた噂は
女神と見まごう美しい女性が兵を導き、
加護によって敵を薙ぎ払ったという内容だった。
神話のような語りに一抹の疑念を感じながらも、
そんな人間の下で戦い、勝利するのは格別だろうと、
ひそかに胸を躍らせていたのだった。
しかし、一たび会ってみれば、
その正体は自身と大して歳の変わらない、
口うるさい娘だったのだ。
落胆という感情以上に、
本物かどうか疑いたくなるのも当然だと、
ユーリは自身に言い聞かせる。
隊長も隊長だ。
若い女に作戦の全権を任せるなど、
騎士としての矜持はないのだろうか?
とはいえ、自分たちへ
容赦なく放たれた炎に、
成す術もなく撤退したのは確かで、
自身も何か、事態を打開できる作戦を
思いつけるわけでもなかったのだった。
レイモンドの言葉の後に、馬車が止まると。
カノンは立ち上がって外を見遣る。
そうして罪人の魔術師が住むであろう
邸宅を一望すると、さっさと馬車から降りて行った。
そして、騎士の二人へ
作戦開始だと合図するようにそれぞれ一瞥すると、
門の前へ歩みを進める。
門越しに目の前の邸宅へと声をかける。
暫くすると、開かれた門戸から一人の男が姿を現した。
ネイトは一見、温厚な男性に見える。
玄関先で続く他愛ない会話を、
青年は居心地悪く聞いていた。
予想外の申し出に驚きながらも、
彼の提案を受け、開かれた門から
屋敷へと足を踏み入れていった。