第10話 奥多摩

文字数 1,932文字

 それからというもの、俺は必死に働いた。美樹との関係は恋人とも、悪友ともつかない微妙な状態だったが続いていた。だがホロスコープを変えることさえ出来れば、きっと美樹との関係も変化するに違いない――俺はその希望に向かって、汗を流した。一年たって、まとまった金が出来たため、俺は改めて美樹に話をした。
「金は用意出来たよ。親父さんに頼んでもらえるか?」
「ええ、良いわよ」
美樹はそう言って携帯電話を取り出すと、電話をかけ始めた。
「あ、もしもし、パパ? うん……うん……いえ、そうじゃないの。実は私の彼がホロスコープを変更したがっているの。お金はあるわ……ええ、分かったわ」
「どうだった?」
「今週の土曜日にホロスコープを持ってパパの家へ行って頂戴」
「場所は?」
「大丈夫よ。私が送っていくわ」
「そうか……ありがとう」

 土曜日。俺は美樹の車に乗って、奥多摩の寂れた村に居た。ほとんど山の中と言って良い寒村の、こんな辺鄙な所に本当に美樹の父親が居るのか? といぶかしんだ矢先、
「あそこよ」
美樹の目線を追うと、白亜の四角い大きな建物が目に飛び込んできた。どうやら住宅部と治療施設が繋がっている様だ。美樹は玄関脇の駐車場に車を停めると、俺に降りるように促した。車を降りた俺が美樹に続いて玄関口に立った時、ガチャリとロックの外れる音がして、中から白髪混じりの骸骨のように痩せた顔をした背の高い男が現れた。

「パパ」
「来たな。そちらが患者かね?」
パパと呼ばれたその男が掠れた声で訊ねる。いかにも頼り無さそうな、痩せた体をしていた。俺は内心、こんな男に頼んで大丈夫だろうか? と不安になったが顔には出さず、
「はい。山下海と申します。よろしくお願いいたします」
と頭を下げた。
「富永です。ま、中へどうぞ」
俺は言われるままに中へ入った。長い廊下を歩いて、治療施設と思われるエリアに入ると、永富が廊下の壁に設置されているドアを開けた。
「どうぞ」
部屋へ入ると、そこは普通の個人病院の診察室の様だった。
「椅子にお座り下さい」
診療デスクの脇に向かい合う様にして置かれている黒い椅子に俺が座ると、富永は診療デスクの革張りの椅子に腰掛けて訊ねた。
「ホロスコープの変更でしたね。ホロスコープはお持ちになりましたか?」
「ええ、これです」
俺は持ってきたホロスコープとその解説書を富永に手渡した。富永はしばらくホロスコープをしげしげと眺めていたが、おもむろに顔を上げて話し始めた。

「よろしい。これは改変可能です。未知の度数だけが気がかりですが、まあそれ程問題にはならんでしょう。それで……どんな運命をお望みかな?」
「はい。ええと……とにかく女に好かれて愛されたいんです。出来れば結婚もしたい」
「ふむ……なるほどね。案外普通の願望ですね。良いでしょう。出来ますよ」
「そうですか……」
俺はホッと溜め息を付いた。だが改変するといっても、ホロスコープは誕生時の惑星の配置である。まさか生まれた日を今さら変える事も出来ないだろうに一体どうやるというのか?
「人間には物理的肉体の他にもエーテルやら体アストラル体といったエネルギーの体がありましてな」
俺の疑問を察したように富永が答えた。
「人の運命を決定付けているのは主にアストラル体です。特殊な電磁波を浴びせる事でアストラル体が変容する事が分かっております」
「電磁波……ですか?」
大丈夫なのだろうか? 俺は少し尻込みした。
「大丈夫ですよ。健康に影響はほとんどありません。目に見えないエネルギー体の部分を変えるだけですからね。では、隣の部屋の施術室へいらして下さい。すぐに始めましょう」

 俺は言われた通り、隣室の施術へと入った。広くて白い空間に幾つもの複雑な機械の付いたベッドがあり、そのベッドは壁に開いた円い穴へと入る様な構造だった。CTスキャンの様な感じである。壁の穴からケーブルが這い出して、大きなコンピューターに繋がれていた。物々しい雰囲気に俺は少し気圧されたが、自分の幸せのため、と勇気を振り絞ってベッドへ近付いた。
「服を脱いで、そこの籠に入れて。脱いだらベッドへ横になって下さい」
俺は服を脱いでパンツ一丁になると、恐る恐るベッドへ仰向けになった。富永は機械類のスイッチを押すと、そこから出ているコードの付いたパッチを俺の体に張り付けていく。
「これは、心電図やら体温やらを測るためだよ」
貼り付け終わると富永はベッドに取り付けられたベルトで俺の身体を固定した。身動き出来なくなった事で、俺の不安は更に増した。
「何も心配は要らんよ。君はただベッドで寝ているだけ。後は機械が全てやってくれる。痛くも無いし……まあ、少し熱くなるがね」
「はあ….分かりました」
「よろしい。では始めるよ」
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