終章、チートダメ。ゼッタイ! みんなのことを考えて健やかな『人生』ライフを。

文字数 4,648文字

キョトンとする上司をよそに俺は黙々と怒りのタイピングを始めた。打鍵の一打一打に怒気が漲る。暫定一位の極悪プレイヤーのアルカイックなニタニタ笑いが脳裏をよぎる。ええい、くそ! お前の一党、これで根絶やしにしてくれる!

---------------------------

最後に、製作者から皆さんにお願いがあります。
本作『人生』には様々なイベントが発生します。良いイベントもあれば悪いイベントもあります。何もかも思うようにいくわけではありません。時にはひどく悲しいことやショックなこともあるでしょう。

---------------------------
---------------------------

しかし、それで正解なのです。
考えてもみてください。最初から何もかも上手く行くようなゲームが楽しいはずがありません。悲しいことや残念なことがあるからこそ、楽しさや嬉しさもあるのです。
『人生』は、皆さんに嬉しさも悲しさも全てを提供します。そこにダイナミックなドラマ性が生まれるのです。
思い通りにならないからこそゲームは楽しい。そのことを皆さんに分かって欲しいのです。

---------------------------
打鍵する俺の指先に更なる力が篭り、こめかみがひくつき始める。くそプレイヤーに対する怒りが炸裂する。
---------------------------

ですが、大変残念なことに、皆さんが楽しく遊んでいる『人生』を、自分勝手な気持ちで破壊しようとするプレイヤーが一部に存在します。
皆さんがゲームシステムに則り、幸福点ハイスコアを競っている一方で、プログラムバグを利用して桁違いのスコアを荒稼ぎしている人たちがいるのです(悪用の恐れがあるためバグについての詳細は省きます)。
しかも彼らはバグ利用を積極的に広め、他のプレイヤーにも蔓延させています。当該プレイヤーに対して運営側は何度も警告を行いましたが、一向に聞き入れようとしませんでした。

---------------------------
---------------------------

彼らのバグ技を利用すると、確かに多くの幸福点を得られますが、他の魅力的なイベントやトロフィーを得ることが何もできなくなります。
また、悲しさも嬉しさも感じなくなり、その結果として、ゲーム自体がどうでも良くなったり、ニューゲームを始めようという気持ちが失われます。

---------------------------
---------------------------

彼らは、皆さんの「幸福点スコアアタックをしたい!」という正当な気持ちを「煩悩」と呼び、まるで悪い事であるかのように喧伝しています。
さらに、ゲームオーバー後にニューゲームをしないようにと呼びかけ、ゲームの放棄を「解脱」と呼んで称揚しています。

---------------------------
---------------------------

いずれもゲーム運営上、非常に問題のある行為であり、運営側にとっても紛うことなき迷惑行為です。また、プレイヤーの皆さんにとっても害悪以外の何者でもありません。
バグを意図的に利用したプレイは罰則の対象であり、場合によってはアカウントの停止もありえます。
これらのバグ技の利用、ならびにバグ技を広めるシャーキャ(釈迦、釈尊、仏陀などの別名もあり)の一派には決して関わらないで下さい。

---------------------------
俺は息を荒らげながら打鍵を終えた。
2500年前に現れたシャーキャ一派の対策に、俺たち運営がどれほど呻吟したことか!
プレイヤーたちは全く何も自覚していないと思うが、そもそも「幸福点」というシステムをプログラミングするのがメチャクチャ大変だったのだ。
部下である若手プログラマーと一緒に俺も頭を捻って、あーでもない、こーでもないと120万年かけて実装に漕ぎ着けたのだが、最終的にはこのような仕組みになった。
まずプレイヤーが自分の外部にある物体を知覚する。目で見たり、鼻で嗅いだり、触ったり。
するとその情報に対して、プレイヤーの中で「**したい」という感情が発生するようにプログラミングした。
その感情に沿って行動した結果、「**したい」が満たせたら幸福点が得られ、満たせなかったら悲しい気持ちになる。
これが基本的な幸福点発生のメカニズムだ。
だが、シャーキャの野郎はこのシステムを根底からブチ壊しに掛かった!
アイツが木の下で座ったまま動かなくなった時、「コイツ、なにやってんだ?」と運営陣はせせら笑っていたが、後でログを解析して戦慄したものだ。
あの野郎、プログラムの動きを分析してやがったのだ! ヤツはリバースエンジニアリングまで行っていたらしく、どうもこの時にソースコードが一部覗き見られた形跡がある。
その結果、ヤツはプログラムバグを発見して、「情報の知覚」から続く「感情の発生」への流れを断ち切ることに成功しやがった。
奴は何を見ても「**したい」と感じなくなった。嬉しくもならないし、悲しくもならないし、お金を稼ごうとも思わないし、子供を作ろうとも思わない。つまり、幸福点を稼ごうとする一切の働きを全て拒絶しやがったのだ! 俺のゲームの完全否定だ!!!
しかもヤツがタイプ「根暗野郎」だったのが災いした。
「根暗野郎」は、この世には思うようにならない嫌なことがたくさんあると悲観している連中のタイプで、「ペシミスト」よりもさらに幸福点が稼ぎにくい代わりに、「嫌なこと」を避けるだけで一定の幸福点が得られるという変わった設定だ。それが、シャーキャはバグ技を使って一切悲しくならなくなったため、生きているだけで幸福点をドバドバ稼ぎまくりやがって、正攻法じゃ考えられない程のスコアを稼ぎ出しやがったのだ!
しかもタチの悪いことに、シャーキャの野郎はこのバグ技を周りにも広めまくった! ランキングはもう無茶苦茶だ! 若手プログラマーはこの事態に直面して鬱病になって退職した。
「バグ技使うのはやめろ」と俺も何度も警告したのに全然聞く耳を持たないし、挙句にはマーラとかいう変な名前を付けられて悪者扱いされてしまった。なんでだ! 悪いのはどう考えてもアイツだろ!?
さらにさらにタチの悪いことに、シャーキャは「こんなクソゲー、絶対にニューゲームすんな」とも吹聴していて、運営からアカBANされることを最終目標としている。なのでアカBANもできない! 八方塞がりだ! 本当に最悪だコイツ!
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
「きみ」
思い出し怒りのあまりに血管ブチ切れそうになっていた俺の肩をクソ上司がポンポンと叩いた。そして、何やら穏やかな声を出して、こう言ったのだ。
「キミさ。これ、本当にそのまま外界に投下するのかい?」
「えっ?」
俺はきょとんとして上司の顔を見た。
「いやさ。ほら、キミ、何度も言ってたじゃん。重要なのは多様性と自由度だって。このシャーキャもさ、自由なやり方でハイスコアを追い求めた結果、こうなったんでしょ?」
「そりゃ……そうですけど。でも、だって、バグ技だし。ゲームが無茶苦茶になりかけたし……」
「バグを残してた方が悪いとも言えるだろ。そんなにプレイングを規定しちゃうのは運営のエゴだよ」
「…………シャーキャ個人に関しては、自由度ってことで、まあいいですけど、だからってバグ技を広めなくてもいいじゃないですか」
「ほら、このゲーム、みんなクソゲーだって思ってるからさ。そりゃ、『こんなクソゲー、ブチ壊したい!』と思ったって不思議じゃないよ。ボクだって一瞬そう思ったことすらあったし。……まあ、とにかく、その最後のところの追記に関しては、ちょっとよく考えなよ」
そう言って上司は俺の肩をポンポンと叩いて部屋から出ていった。
「…………」
まあ、一理あるような気はしなくもない。シャーキャも糞マンチキン野郎ではあるけれど、あいつはあいつなりにハイスコアを狙おうと努力した結果、ああいう方法論を見出したんだよな……。いちプレイヤーのくせにソースコードの解析までしやがった執念は確かに認めざるをえない。糞マンチキンだけど。他プレイヤーにまでバグ技を広めやがったことは断じて許せねえけど。
……それにしても、上司のやつ、やけにシャーキャの肩を持ってたよな。なんか後ろ暗いところでもあるんじゃねえのか。ていうか、自社製品をブチ壊したいと思ったとか、一瞬でも思っちゃダメだろ。
そういえば……確か、シャーキャのやつも最初はバグ技を広めようとはしなかったんだよな。一人で幸福点を荒稼ぎしてエヘエヘしてたのに、なんか急に人にも広め始めて……。あれ、何があったんだろうな? ……えっと。なになに、梵天とかいうクソ野郎がシャーキャを唆してバグ技を広めさせた、だと。おいおい、諸悪の根源はコイツかよ! どこのバカだよ、ホント。
えっと……梵天はまたの名をブラフマーといい……。
ブラフ……マー……。
おまえか!!!!!
「うおおおおおおっっ!!!」
俺は拳を握りしめて、部屋の扉を蹴破り駆け出した!
「うおおーっ、ふざけてんじゃねーぞ、クソ上司ーっ!!」
そして……
----------------
「いやあ、アハハハ、ごめんごめん。いや、ちょっと気の迷いでさあ。こんなクソゲー、資金の無駄遣いだから早くサービス終了させた方がいいかな、って一瞬思っちゃったことあってさ」
「ごめんごめんじゃないですよ! やめてくださいよ、もう! 絶対に二度としないでくださいよ!!」
「まあまあ。悪かったってば。いやでも、ホント、ボクも悪いと思ってたからこそ、わざわざ意見しに来たわけでね。あの説明書を外界に投下すれば、きっとまだまだサービス続けられるってば」
俺は怒りを撒き散らしながら『人生』運営室へと戻ってきた。俺の隣で軽薄に笑うクソ上司も一緒だ。……まったくもう。コイツの言うとおり、説明書を投下するべきかどうか、今更だけど考えちゃうな。ホントにコイツの言うこと聞いてて大丈夫なんだろうか。
「あれ?」
モニター画面を覗き込んだ俺は我が目を疑った。あれ? おい? なんだこれ??
せ、説明書が……「運営からの告知事項」として既にプレイヤーに公開されている……。
説明を求めて部下の方をチラッと見ると、告知担当の社員ガブリエルがサムズアップして言った。
「あ、室長! 告知さっそく打っときましたよ! 久しぶりの仕事だったんで、サクッとやっときました!」
ちょ……。
ちょ、ちょっと待て。
おい大丈夫なのか、これ?
こういうデリケートな告知はタイミングとか告知方法とかよくよく見計らってだな……!
おそるおそる外界の様子をモニターに映した俺は、次の瞬間に絶叫を挙げていた。
「ぎゃあああああっ!!!」
「ど、どうしたんだね、キミ! あっ……あギャアアアっ!?」
画面を覗き込んだ上司もアホみたいな叫びを挙げた。
顔を青くして呆然と突っ立っている。
だ、だから嫌だったんだ……!
まさかこんなことになるなんて!
おい! これの責任誰が取るんだ!? お、俺は嫌だぞ!
俺ははじめから嫌だって言ってたんだ!
おいーッ!?
(終)
■作者あとがき
この続きは至道流星先生が執筆します。
架神パートと至道パートを合体させて、調整し、年度内を目処に新書として出版予定です。
調整の過程で本文の内容は大幅に修正・変更される可能性があります。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

■神A


若手のゲームプロデューサー。これまで温めてきた持論のゲーム理論に基づき、圧倒的自由度をウリとするMMORPG『人生』を開発した。しかしその自由度の高さが災いし、プレイヤーたちから「よく分からん!」と苦情や嘆きが殺到。上司に睨まれる。

■神B


神Aの上司で部長。百三十億年前に『銀河』というゲームを開発した。星を生み出しては爆発させて銀河系を育てるだけのシンプルなクリックゲームにも関わらず、多くのプレイヤーを熱狂させた(神Aは「他愛のないゲーム」と見下しているが実は結構なヒット作)。

■ヨブ


運営に対して長文の苦情を送ったことで歴史的に有名な人物。そのあまりに執拗な苦情っぷりに、当時、神Aがブチギレて、ゲームプロデューサーの身でありながらログインし、ヨブに向かってShoutコマンドで怒鳴り散らした。ヨブはビビって苦情を取り下げた。本編には特に出てこないが面白かったから書いた。

■説明書


神Bの監視の下、神Aがいやいや書いている説明書。

■ガブリエル


神Aの部下。主に告知担当。

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色