3−6

文字数 1,531文字

 そんな夕飯を過ごして、小夜はピアノ、お母さんは後片づけ、あたしは部屋に籠る。携帯電話を手に持って、央ちゃんの番号をじっと眺めたままだ。発信ボタンを押せずにいる。
 どうやって謝ろう。電話をかけたら、央ちゃんはきっとあたしが怒った理由を知りたがるだろうから。それをどうやって話せばいい?

 ──考えたって無駄だ。なるようにしかならない。

 あたしは思いきってボタンを押す。ワンコールで央ちゃんが電話に出て、いくらなんでも早すぎるだろって思わず突っ込んでしまった。央ちゃんが電話の向こうで萎んでいく風船みたいな笑い方をする。

「梅、どうしたの?」
「それはこっちの台詞だよ。元気ないらしいじゃん、お母さんから聞いた。もしかしなくてもあたしのせいかな」
「いや、梅のせいってわけじゃ……。いや、でも、梅が怒った理由が分かんなくてずっとモヤモヤしてるんだ。関係ないとか……言われたのも……なんていうか」

 もごもご、と電話を通して聞こえてきて、それにあたしは思わず吹き出してしまう。電話でももごもごって聞こえるんだなあと思った。急に笑いだしたあたしを、当然ながら央ちゃんは不審がった。でもその後の「なんだよ梅」という声は少しだけ高くなった。

「……でさ、梅はどうしてあんなに怒ったんだよ」
「それはもういいよ。大したことじゃないし」
「やだよ、俺……ちゃんと梅のこと知りたいし」

 央ちゃんはすごく優しい。けど、たまにものすごく頑固だ。大きな岩かよってくらいにてこでも動かないときがあって、野良のおばちゃんはそんな央ちゃんに大分苦労したという話を聞いたことがある。今がまさにそのときで、「やだよ」の言い方であたしはそれを感じ取ってしまった。

 どうやって説明しよう。なるようになると思って電話をしたけど、やっぱりそんなことはない。

「……あの、央ちゃん。もしもだよ、あたしが本当は女の子を好きだって言ったら、どう思う? やっぱキモいかな」
「え? 梅、そうなの?」
「いや、ううん。例え話。この前、央ちゃんがキモいって言ってたからさ、気になって」

 央ちゃんはそのまま黙ってしまった。あたしが央ちゃんの立場なら、央ちゃんみたいになってしまうだろう。当然の反応だ。

「……ええと、今からは梅がその、恋愛対象が女の人ってことで話をするよ」

 突然改まった央ちゃんにあたしも背筋が伸びた。

「……キモいって言ったことをまず謝りたい」
「そ、それは仕方ないよ。やっぱり普通じゃないんだろうし」
「でも、俺が梅を一方的に否定するのは、俺自身が嫌だ。梅のこと考えもせずに、傷つけるような言葉を使ったことを謝りたい」
「央ちゃんは真面目だなあ……」
「真面目にもなるよ! 梅は……その……大事な親友だから……」

 央ちゃんはあたしのことをそんな風に思ってくれているなんて。目の前がじわじわと歪んでいって、しまいには溢れてしまった。きっともうこんな親友には一生出会えない、あたしはそう確信した。
 ずっとずっと央ちゃんとあたしは親友だ。こんな友を持てたこと、あたしは神に感謝するしかない。鼻水を拭った手であたしは祈りを捧げた。

 あたし達はそれから一時間ほど喋り続けた。夏休みの補習授業がしんどいとか、進学校は大変そうだねとか、最近の暑さは異常だとか、どうでもいいことばかりだ。でもそんな会話にあたしは安心している。

「……梅は本当に別の学校に行っちゃったんだって、すごく感じるな」
「え? 当たり前じゃん。央ちゃんは男の子だからうちの高校は来られないよ」
「だなー。梅がこっちの学校に来てくれたら楽しかったのに。うちは共学だぞ」
「えー。あたしの成績では難しいの、央ちゃんがよく知ってんじゃん」

 ……それについて、央ちゃんは何も言わなかった。
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