魔女(1)

文字数 1,301文字

 それは、僕が定時で退社し、東京湾未来線の特別区間に乗っていた時のことである。一緒の車両に乗っていた東門隊員が、わざわざ僕の所にやってきて、突然、話し掛けてきた。

「チョウ君、少しお話しない?」
 正直、彼女の方から話し掛けてくるなんて、前回はいつだったか思い出せない程、久し振りのことだった。
「ええ、今日はもうお帰りですか? 魔依(まえ)さん」
「萌と呼びなさいって、いつも言ってるでしょう!」
 今日の東門隊員は、こんないつもの台詞の中も、何か、優しさの様な物が感じられた。
「はいはい。じゃあ、萌さん、どうしたんですか?」
「チョウ君、あなたは一体、何者なの?」
「僕ですか? 僕はこの星に住む土着の地球人ですよ。ご存知でしょう? 間違って異星人警備隊に応募しちゃったって言う、少しドジな現役高校生です」
 どうやら、東門隊員にも疑われてしまった様だ。まぁ普通疑われるよなぁ、港町隊員みたいに、何も考えない人以外には……。
「そんなこと、信じられると思う?」
 そりゃ、そうでしょうね。
「私の目の前で、あれだけのことをやったのよ。異星人能力の無い筈のあなたが」
 そう言えば、確かに、植物体異星人との戦いでは、僕は鈴木挑の姿のまま、ナギイカダたちを蹴散らしたのだった。
「あ、あの時は、僕は何者かに憑依されていたそうなんですよ。僕は何も覚えていないけど……」
 これは半分真実。誰かに憑依されていたのだけは間違いない。
「ふ~ん、いいわ、そう言うことにしておきましょう」
「信じてくれないんですか……? 酷いなぁ……」
 と言いつつ、平気で嘘を吐く僕の方が酷い奴だと自分でも思う。
「本当に覚えていないの? 残念だわ、もう一度、同じことをして貰おうと思ったのに……」
 僕はあの時、彼女の唇を奪ったことを思い出し、顔が火照ってしまう。それにしても彼は、何の為に、あの場面で東門隊員にキスをしたのだろう?
「あら、不思議ね。何も覚えていないのに、どうして『同じことをして貰おう』って言っただけで赤くなるのかしら?」
 しまった! これは東門隊員の罠だった。彼女は、そうやって僕の秘密を探りだそうとしていたのだ。
「ぼ、僕は、拷問されたって、何も言いはしませんよ!」
 僕の脳裡に恐怖の記憶が蘇る。でも、あんな恐ろしいことをされてしまったら、僕は秘密を守れる自信など無い。
「しないわよ。チョウ君は取り敢えず私たちの味方みたいだし」
 彼女は悪戯っ子の弟を見守る様に、僕に微笑みかけていた。彼女のこんな表情を見るのは、僕には始めてのことだった。

 海底トンネルを進む電車は、車窓からの景色などは期待できない。ただ、電車のモーター音と風を切る音だけが響き続けているだけだ。特別線は『警備隊本部前』から『東京シティパーク』まで。一区間としては比較的長いのだが、それでも十分としないうちに『東京シティパーク』に着いてしまう。
 ホームの灯りが車窓から見える。『東京シティパーク』到着までは、もう一分も無いだろう。この駅で一般人が乗る東京湾未来線の本線に、僕たち二人は乗り換えなければならないのだ。
「どう? 私の家に来て、少しお話でもしない? お茶でもご馳走するわよ」
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登場人物紹介

鈴木 挑(すずき いどむ)


横浜青嵐高校2年生。

異星人を宿す、共生型強化人間。

脳内に宿る異星人アルトロと共に、異星人警備隊隊員として、異星人テロリストと戦い続けている。

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