1 『リグ・ヴェーダ』

文字数 2,185文字

デンケン先生、こんばんわ~
愛理さん、どうしたんですか? こんな夜遅くに

先生は世界宗教史にも明るいって聞いたんですよ。

だからちょっと先生とお話しがしたくて・・・・・・

べつに明るくないですよ。

ただ単に、つまみぐい読書をしてるだけです、乱読ですね

でも、こんな田舎町ですと、語るに足る相手に乏しくて・・・・・・

ぼくが語るに足る相手かどうかは知りませんよ。

保証できませんね

いいんです。

そのときは、帰りますから

相変わらず、冷たい(笑)

ツンデレとかいうやつだね

残念ながら、デレはないですよ
ツンのみ、ですか(笑)

ご存じのとおり、うちの宗派は浄土真宗で、いわゆる住職なんてものをやっちゃってるんですがね、私。

じつは仏教についてあまり詳しくないんです。

四十路も過ぎて、いいかげんちゃんと学び直そうかしら、なんて思ってるんですよ

へぇ、いいじゃないですか
で、仏教を根本的に学び直すなら、まずはインドから、って思ったわけですよ
うん、そうなるだろうね

ところが、ですよ。

いきなり冒頭のバラモン教のところでドロップアウトしたわけです。

やれアートマンとか、ブラフマンとか、

アートマンはブラフマンだとか、梵我一如とか、何を言ってるのかサッパリ・・・・・・

意味わから~ん

わかりますよ、その気持ち。

ぼくもね、インド思想の入門書・解説書の類をそれなりに読んでるんですけどね、結局のところ、雲をつかむような感じで、よくわかんないですね

え~、先生もわかんないんですか。

だったら私もう、帰りま~す

え、ちょっと待って
待たない

冷たい(笑)

あのね、乱読派のぼくはいろんなジャンルに首つっこんでるじゃない。

だったら逆にそれを活かしてね、このよくわからない曖昧模糊としたインド思想の霧の中に、多面的なアプローチでね、切り込んでみることもできなくはないよ。

それにさ、ぼくなんか所詮は学者じゃないから、学術的な厳密性に縛られず、なんていうの、バッサリと、できるだけわかりやすく解釈してみる、なんてこともできると思うけど・・・・・・

はいはい、わかりましたよ。期待します。

じゃ、早速お話しをおうかがいしようかしら

まずは世界史の復習からだな。

おおよそ紀元前1500年頃、インド西北部へアーリア人が入植してくる。

ちなみに、昔ぼくが高校生だった頃はね、このアーリア人が当時インドで栄えていたインダス文明を破壊した、って教えられたんだけど、最近の定説はそうじゃない。

アーリア人が来た頃にはもう、すでにインダス文明は衰退していたらしいね

そうなんだ~

私もアーリア人がインダス文明を滅ぼした、って習った気がします

違うみたいだね。

さて、このアーリア人だけど、神々への祭祀を行っていた。

どう? 原初的な宗教の匂いを感じるでしょ?

ちなみに、インダス文明における宗教生活については、今のところよくわかってないらしい。神官らしき石彫りの像その他いろいろと発掘はされてるんだけどね

うん、宗教の匂い、感じますね

アーリア人の祭祀の特徴は、(1)神々へ讃歌と、(2)供物と、(3)火を使うこと。

火というのはつまり、煙は天へ昇っていくわけでしょ、だから供物を火に投じることで天におられます神々の元へと届けるわけだ

なるほど

この神々への祭祀だが、当然といえば当然のごとく、時代の流れとともにマニュアル化してくる。

で、まずは前1000年頃までにね、讃歌集『リグ・ヴェーダ』がまとまってくる。

ちなみに、リグは「讃歌」、ヴェーダは「知識」の意

この『リグ・ヴェーダ』については、辻直四郎さんの訳で岩波文庫版(1970)があるから、ためしに1つ引用してみよう

[サラスヴァティという河の神への歌]


奔湍と滋養とをもって、このサラスヴァティは流れいでたり、(敵に対する)要害として、金属の防壁として。車道によるがごとく、大河は(その)威力により、他のあらゆる水流を(後に)推しやり進む。

・・・・・・(中略)・・・・・・

サラスヴァティよ、天則(賛歌)の両扉を開けり、恵み深き(神)よ、賛美者に増し与えよ、勝利の賞を授けよ。――汝ら神々は常に祝福もてわれらを守れ。

ちなみにサラスヴァティ神は、弁財天として日本へ輸入されている

讃歌って、要するに自然の威力、その背景に神様を見ているわけですね?

で、御願いして現世利益をかなえてもらうわけでしょ。

原初的かつ素朴ですね

いや、単に自然力の神格化だけではなしに、宇宙的秩序を司る神もでてくるよ。人気どころでいうとヴァルナ神とか。

あるいは、契約を司る神(ミトラ)もいたりと、う~ん、わりとバラエティーに富んでるよ。

また、いちいち引用しないけれど、宇宙(世界)創造にまつわる歌、なんてのもある

私が知ってるインドの神様っていうと、シヴァとか、ヴィシュヌなんですけど、『リグ・ヴェーダ』にでてきます?

のちのヒンドゥー教では超メジャーになってくるヴィシュヌとシヴァなんだが、『リグ・ヴェーダ』ではむしろマイナー。

ヴィシュヌの賛歌はあるにはあるが、数が少なく、シヴァについてはむしろその前身ともいえる暴風の神ルドラがでてくる程度

そうなんだ~。

あ、そういえば昔やったテレビゲームで、シヴァ・ルドラなんてモンスターがでてきましたよ

なるほど、シヴァ=ルドラね

[参考文献]

・『リグ・ヴェーダ讃歌』辻直四郎訳、岩波文庫、1970

・山下博司『古代インドの思想』ちくま新書、2014

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

デンケンさん(49)・・・仙人のごとく在野に生きたいと思う遊牧民的自由思想家

釈愛理(45)・・・真宗大谷派のギャルな御院家さん


ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色