幻想解体の手つき――西村寿行「衂られた寒月」

文字数 1,394文字

(ちぬ)られた寒月」は西村寿行の中編作品。光文社文庫の同題中編集に収録。
 いつもの放課後。善光寺高校文芸部の部室には京泊孝彦と桜峰咲羅がいる。
な、なるほど……。
あー、すまん。勢いでお前に推してしまったことは反省してる。
いえ、西村寿行さんの作品に○○○が多いという話は聞いていたので大丈夫です。それより、ドマリー先輩が私にこれを勧めてきた理由がわかりました。これはかなり直球の本格ミステリですね。
やはりそう思ったか。西村寿行は基本的にバイオレンス主体のアクション小説作家だと思われているが、たまにこういうミステリ要素の強い作品を書くんだ。俺はこの中編、かなり緻密に作られていると感じた。
本格ミステリは幻想的な謎を論理で解体するもの、と言う人もいます。これはそのパターンの要素を満たしていますね。例えば重要人物である洋佑(ようすけ)少年が道を歩いて行くと、鳥が狂ったり池の魚が急激に暴れ回ったり……一見、超常現象のように見えるんですが……。
そこにはちゃんとした解答が存在する。この作家の中短編はけっこう投げっぱなしで終わることも多いんだ。それだけにきっちり謎解きしてみせたのは意外だったな。
構成自体はオーソドックスですけど、これでも意外なんですね……。
話の途中でいきなり終わったり、「解決になってる……か?」みたいなやつにぶつかったこともあるからな。ちなみに「衂られた寒月」に続く二本目「あえかに紅き貝殻」も中盤まではかなり面白いのに消化不良のまま終わる。
すると、やはりこの表題作がベストだと。
そうだ。この作品は西村寿行の小説で主体となるバイオレンス、動物小説としての要素、闇組織と警察の対決、一匹狼の警官の活躍といったエッセンスがすべて詰まってるんだ。普通のミステリ作家なら、あくまで一般人にできそうな範囲のトリックを考えるだろう。だが、闇組織の存在を前提にした解決をここでは提示している。
人によっては怒る真相かもしれませんが、伏線でしっかりフォローされているので私はアリだと思います。さりげなく手がかりをあちこちに置いているんですよね。ただ、特殊な知識が必要なので読み手が推理するのは難しい。読者を驚かせるというよりは、突飛な真相を納得させるところに力が注がれているというか。
少なくとも「びっくりさせてやれ」という意志のもとに書かれた感じはしない。破天荒さはいつも通りだが、整合性はよく取れていると思うな。
メインで活躍する徳田刑事はシリーズキャラクターなんですか?
色んな作品に出ているが、作品ごとのリンクはほぼないし、あらすじに「徳田左近が云々」とかなんとか書かれていても気軽に手に取っていいんじゃないか。ノンシリーズ短編集の中で一編だけ出てくるやつもあるからな。
基本的にはアクション小説だと思っていればいいですか?
そうだな。ただ「ハード・ロマン」という固有ジャンル名で呼ばれていたくらいだ。暴力の凄惨度合いが非常にやばいから、心優しい人にはおすすめしない。
この作品の冒頭を読めばなんとなくわかります。これ以上になるときついかな……。
感動系の作品もあるんだが、最初にそれをすすめるとその人のその後が心配になる……。だが、これほど情念のほとばしった作品群が埋もれていくのはさびしいな。今ならノワール作家として再評価できそうな気がするから、部誌かなんかを作って論考を書きたいところだ。
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登場人物紹介

江守 浩介(えもり こうすけ)

文芸部1年生。ライトノベルが好きだが他のジャンルについても勉強したいと思っている。

狛村 日和(こまむら ひより)

文芸部2年生。肩書きは副部長だが実質的に文芸部を仕切っているのはこの人。気になった本は手当たり次第に読む乱読家。

高崎 玲奈(たかさき れいな)

文芸部2年生。純文学、またはアンモラルな作品を好む。

京泊 孝彦(きょうどまり たかひこ)

文芸部3年生。部長だがそれらしい行動は見せない。通称・ドマリー先輩。ハードボイルドとノワールを好むが他のジャンルも平均的に読む。

桜峰 咲羅(さくらみね さくら)

文芸部1年生。ミステリ愛好家。特に動機を扱った作品には思い入れが強い。

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