第8話 妄想気分

文字数 1,286文字

1月1日になったばかり。
明治通りを抜けた三叉路の交差点で、私はタクシーを拾った。
歩いて帰ろうか迷った挙句そうした。
新年早々、家に戻って眠るだけの夜が耐えられなかったから―こんな状況の私にだって、ひとかけらのプライドは残っていたのだ。
途中でコンビニに立ち寄って、ポテトチップスやサラミ、そしてたくさんのカクテル、カロリー控えめのアボガドサラダや明太子のおにぎり、ありきたりな物ばかりを大量に買い込んだ。
レジ奥の鏡には、帽子とマスク姿の自分が映っていたけれど、今ではなんてこともない。
前はあんなに嫌いだったのに・・・。
どうしようもなく我が家が恋しくなって、タクシーがマンション前で停車すると、私は一万円札を差し出して。

「お釣りはいりませんから」

と、運転手に告げた。
五十代そこそこだろうか、ふくよかな運転手はにこりともしなかった。
でも構わないんだ。
新年だし、つまらないことで腹を立てて、また私に傷がつくなんて嫌だもの。
私は、コンビニの買い物袋と、雪だるま君を詰め込んだボストンバックを抱えて、自分の部屋へ急いだ。
エレベーターや廊下で、誰かに会いやしないかとびくびくしたけれど、そんな心配は無用だった。
みんな、初詣やパーティーに出かけているのだ。
ぼっちは私だけ。
リビングのソファに腰掛けて、その隣に雪だるま君を置いた。
ちょっとだけ汚れたほっぺたが、子供みたいで可愛かった。
明日にでも綺麗にしてあげよう。
私の大切な相棒だから・・・。
テレビの電源を久しぶりに入れる。
賑やかな歓声と笑い声。
聞いた事のある、売れっ子コメディアンのおしゃべり。
最初のカクテルはスクリュードライバー。
そして、ピーチフィズ。
グラスには移し替えないで、缶のままポテトチップスと一緒に、スカスカの胃の中へと流し入れた。
テーブルの上には、お気に入りのアロマキャンドルも置いた。
ウサギが手にお茶碗を持っていて、両足で丸っこいローソクを固定できるようになっているガラスの容器。
高校の卒業旅行で買ったフィンランドのお土産。
やっこと選んだものだった。
私は、テレビのボリュームを上げた。
余計なことは考えたくなかったし、純粋に新年を祝いたかった。
それでも、淋しい時は雪だるま君に話しかけた。

「またくだらないこと言ってるよ。てか、この人たち面白いね」

とか。

「新年だね、なんだか気持ちいいね」

とか。

「これからもよろしくね、大好き」

等々。雪だるま君は何にも言わないけれど、気が紛れるだけ幸せだった。
ブランケットを膝までかけて、雪だるま君に寄り添いながら、ぼんやりとテレビを眺めていると安心出来た。
ローソクの炎は、ゆらゆら揺れている。
その明かりが、雪だるま君を照らしている。
笑っているみたい。
私は、朝日を待たずに眠りについた。
こんなことを考えながら・・・。

「些細なことで傷付いていたけれど、私自身が強くなれば傷は現れないんだ・・・今日だって、楽しそうな恋人たちを見たりしたけれど、羨ましいだとか、自分が惨めだなんて考えないようにしたもの。そしたら傷は現れなかったじゃない・・・何とかなるような気がする・・・きっと、もう、大丈夫よ・・・」
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