第二二話 ブラック組織の資金繰り

文字数 4,522文字

親方と掛け合ってきたんだが……王国政府に納品するロングソードの製造が、中央工房だけだと納期に間に合わないみたいだ。
さすがに160本を製造ともなればキツいですね。別の工房さんにもお願いしてみますか?
そりゃ依頼を断る工房はないだろうが、中央工房なら一定以上の品質で安心できるし、発注価格も比較的安いんだよな。要は、汎用品の製造で中央工房に勝るコスパを出せる相手がなかなか見つからない。
納期に間に合わせるためには、少しくらい支払い価格を上げたっていいじゃない。信用第一でしょ。
……やむを得ん。コストには目をつむって、発注先を広げよう。その代わり、この機会を活かして、なるべく良い条件で他の商品を仕入れられる先を見つけていこうじゃないか。
アタシらの商売、仕入先との関係がキモだからな。妙な商品を掴まされないためにも、原価に近いところで卸してもらうためにも、工房主に取り入っておく良い機会だろう。
なんだか取り入ることばかりですね。つい先日も、宰相さんに取り入ろうと頑張りましたし、仕入先の方々に取り入ったり、お客さまに取り入ったり……御機嫌を取ることで忙しいです。
それが商売ってなもんだ。
俺も昨日、ようやく武器屋おもてなしマニュアルを仕上げたが、上から下までどこを読んでも客に媚びてばかりだぞ。
アンタの作ったマニュアル、とても私がやれる気がしない。なんで駆け出しの冒険者相手に、世界最高水準の戦闘技術を持つ私が阿らなくちゃならないのよ。
だから、それが商売なんだっつーの。
というか、俺も予定通りに接客マニュアルを整備したし、勇者や魔法使いも御用商人を決めてきた。僧侶はブランドを準備する手はずだったろ? その仕事、進んでんのか?
……ち、ちょっとは進んでるわよ。ちょっとだけど……。
具体的にはどうなってるんだよ?
漠然と考えてるだけだけど……私のなかではすごいことになってるんだから。
一人だけ仕事してないじゃないか。だったらせめて接客マニュアルを読み込んで、店頭での販売くらい頑張ってくれよ。
…………。
担当した業務が終わり次第、次の仕事に取りかかりましょう。放っておくと借金が増えてしまうだけですし、魔王さんはどんどん先に行ってしまうことになります。だから私たちも急がなくちゃならないんです。
もう一度、以前の業務一覧を参考にしながら、それぞれの担当状況を見ていこうじゃないか。書き出していくぞ。
①既存事業の強化
・営業戦略、宣伝戦略の見直し★継続中戦士
・接客対応の一新(「売ってやる」から「おもてなし」へ)★業務完了戦士】:売上・利益未知数
・大量仕入による仕入れ価格の圧縮★継続中勇者・魔法使い
・武具を製造する各工房との関係強化★継続中勇者・魔法使い
・各工房が投げ売りする商品を抱えるための倉庫の増強
・王国政府への武器納入指定業者になること(御用商人)★業務完了勇者・魔法使い】:月平均1000万G売上見込み、粗利率50%超

②新規事業への挑戦
・独自商品の製造
・成人式などの季節イベントに合わせた武具販売キャンペーン
・実用性よりも価値のほうを優先した高級ブランドの創設★不明僧侶
・国際貿易によるまったく新しい武具の調達
・武器防具の扱い方講座を開催し、潜在顧客を獲得(学校)
ちょっと。なんで勇者や魔法使いばかり色々仕事をしているように見えてんのよ。大量仕入とか、工房との関係強化とか、何もしてないでしょう?
いや、御用商人になったことで大量の案件が確保できて、これらは自然に為し遂げられつつあるんだよ。大量仕入にも繋がってるし、各工房に次々と商品製造を依頼していけば大いに関係も良くなっていく。王国政府からの発注が継続すればするほど、勝手に成果が上がっていってくれる分野なわけだ。
今日も2件、工房に出向いて職人さんたちとお話してきたんですが、みなさんすごく優しくしてくれるんです。ちょっと前までは、『ドリームアームズ』は倒産寸前だって知れ渡っていて、誰もちゃんと話を聞いてくれなかったのに。
そりゃ大枚で頬をぶっ叩いているようなものなんだから、誰だって従うでしょ。
すべては御用商人の指定を受けたおかげなんだけどな。
今まで王国政府には散々都合よく利用されてきたアタシらだが、今度ばかりは、ちったぁ感謝してもいいのかもな。魔王討伐に引っ張り回されたアタシらの貸しと、声一つで御用商人にしてくれた借りで、差し引きゼロといったところか。
現状、俺らが最も関心を払っておかなくちゃならないことの一つが、『ドリームアームズ』の経営状況だ。帳簿から、重要と思われる数字を抜き出してみるぞ。すると、全体としてのプラスマイナスはこうなる。
■資産
現預金 107万G
商品 678万G
売掛金 1764万G
(プラス計 2549万G)

■負債
買掛金 692万G
借入金 5206万G
(マイナス計 5898万G)
うーん、よくわからん。
本当は損益計算書と貸借対照表でじっくり眺めないと細かい部分が把握できないものなんだが、知りたきゃ簿記の本でも読んでくれ。経営全体を掴んで、素早く方針を選び取っていくことのほうが遥かに重要だろう。だから、お前ら用にざっくりとな。全体として儲かってるのか損してるのか、プラスとマイナスだけで理解しておいてくれればいい。
これを見ると、ちゃんと利益が出てるんだなって感じるわね。だって全体のプラスが2500万Gを越えてきてるっていうのは、成果が挙がっている何よりの証拠なんじゃない? 少し前に魔王から1000万Gを借りただけで何の動きもなかったはずなのに、しっかり数字が動いてるわ。
そういうことなんだよ。やっぱり王国政府に武器を卸し始めたのが大きいんだ。あとはもちろん店頭販売も成果が出てないわけじゃない。接客マニュアルの改善を図っているおかげか、店頭でも着実に売れ始めてる。このままいけば、いずれプラスとマイナスが逆転してくれるタイミングが来るだろう。
でも、なんかこれっておかしくありませんか? 魔王さんから1000万G借りて、もともとの私たちの手持ちが2万Gあって、合計1002万Gの現金があったはずですよね。それが今じゃ現金が107万Gしかありません……。戦士さん、肝心の現金が減っているのはどうしてなんですか?
そこがまさに、商売の難しいところなんだよ。たとえば王国政府からの命令通りに武器を卸したとしても、その場で現金を渡してくれるわけじゃない。武器を収めた分だけ月末で締めて、翌月末にまとめて支払われるという契約条件になってるんだ。ということは、最大で2ヶ月間、販売したにもかかわらず現金を手にすることができない。
……え? じゃあ販売すればするほどお金が……。
政府や法人との大口契約の場合は、そういうケースがザラにある。資金繰りがキツいんだ。実際に俺らも、手持ちの現金がかなり厳しくなっていることで明らかだろう。
売れば売るほどキツくなるってなんかおかしいよな。
黒字倒産という言葉もあるくらい、資金繰りっていうのは匙加減が難しいものなんだよ。だからその現金を補うために、普通なら銀行借入なんかをして凌ぐわけだ。だが俺らの場合、もう限界を越えて借入をしているわけでな……。これでも販売先が王国政府だから、月末で締めて翌月末には支払ってくれるからまだマシなのさ。相手によっては入金が3ヶ月先、4ヶ月先、あるいは9ヶ月先なんてケースだってあるんだぞ。その間にまかり間違って相手が倒産でもすれば、回収すらできなくなる。
おかしいですよね、それって。経済面は魔界みたいな状況じゃないですか?
いいや、違う。
文明が極度に発展し、世界中の物品が行き交うリスティア王国だからこそ、信用で成り立つ部分が大きくなっていく。

人々から信用される通貨の流通、銀行業の発展、商業法の整備、金融決済の仕組みとかが進展した結果、商品をスムーズに社会に流通させていくための工夫がこうした状況を生み出しているとも言えるな。
だいいち、100本の剣を納品したら、毎回それと同じくらいの金塊を荷車に乗せて持ち帰っているわけにはいかないだろ? 俺らのような戦闘員が運ぶならともかく、普通の商人だと無理だ。毎回護衛を付けないと、強盗に襲われたりするに違いない。それじゃ非効率な、古代の経済だよ。
ふえ~。
なんか色々難しいですが、便利になればなるほどシビアになる現実っていうのがあるんですね~。
護衛も付けず金塊の山を荷馬車で運んでる一般人がいたら、強盗じゃなくたって、私も襲いたくなるかもね。闇夜に紛れて。少しくらい金塊が減ってたって、気づかれないでしょ。
襲いたくなるのはお前さんだけだよ。
だからこそ大口販売の場合には、一定期間で取引を締めて、銀行内で決済を済ませるわけさ。そうすりゃ大量の金塊を移動する必要もないだろ?
じゃあ資金繰りの厳しさを解決する手段ってないわけ?
あるにはある。簡単な話さ。商品代金を、その場で受け取れるようにしたらいい。そしたら資金繰りなんか何も考えずとも、余裕で金が回せるようになる。
は? だって王国政府の取引条件とか決まってるんでしょう? 変えるわけにはいかないじゃないの。
俺らが毎日やってるじゃないか、店頭で。
要するに、大口販売じゃなくて、小口で個人客に売ればいいわけか。
そうですね! 一つ一つ売る手間は大変ですけど、お金はその場で支払ってもらえます。
そういうことだ。
大口契約は楽だし売上激増にも繋がるが、商品をおさめたあと後日になってまとめて支払われるから、資金繰りは大変だ。でも個人に一つ一つ小売りするならば、即座に現金を回収できるから、資金繰りにはだいぶ余裕ができてくれる。
だから大口契約と小売りをバランスよく、儲けを確保しつつ資金繰りも安定するあたりが大事なんだよ。
つまり今は、王国政府さんへの納品額の割合が大きすぎて、売上は上がっているはずなのに、資金繰りが厳しくなってしまっているわけですね? これからは販売のバランスを取るために、個人のお客さまへの販売にも力を入れていかなくちゃならないと……。
特に俺らの場合には銀行借入がもう見込めないから、資金繰りの安定化のためにも、小売りのほうに重きを置くべきなんだよ。御用商人になれたのは大きいが、このままでは黒字倒産という危険性もある。だから急いで目先の金を確保するために、個人客に、一気に大量販売していく方法を考えていかなきゃならないんだ。
結局、どこまでいっても走り続けなくちゃならないのか、アタシらは。たまにはバカンスが欲しいところなんだが。
魔王軍のほうが遥かに福利厚生が充実してそう。私たちの場合、お金の奴隷のような状況かもね。
ブラック組織になってしまってて本当にゴメンなさい……。『ドリームアームズ』の代表者として、みなさんに休暇くらいは差し上げられるように努力したいと思います……。
だが商売ってやつは、ある高みを越えれば一気に視界が開けてくれるものだ。今は散々苦労してるが、ちゃんと事業をコツコツ積み上げていけば、金も休暇も自由自在になるときは来るだろう。その日が巡ってきてくれるのを信じて取り組むしかないな。
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登場人物紹介

勇者

剣技・魔力ともに秀でた有数の戦闘技術の持ち主。幼いころからその力は有名で、王国政府から懇願されて魔王討伐の旅に出た。
心優しく、単純な性格。誰に対しても丁寧で、魔王にすら謙虚な姿勢で臨む。

魔法使い

まだ年若いにもかかわらず、王国魔法協会で最高の魔力の持ち主。勇者を護衛するメンバーとして王国魔法協会から派遣され、最も早くからパーティーに参加した。ギャンブル好きで、大都市にくるとカジノに入り浸る。

僧侶

教皇庁の特殊工作員。教皇庁の思惑から勇者パーティーに派遣され、魔王軍攻略に参加している。
ゾンビ30体を同時召還し使役することができるほどの驚くべき魔法力を秘め、その実力は魔法使いを上回る。タイマン勝負でも、愛用の聖鉄製大型ジャッジガベルを振り回し、戦士を圧倒する実力をみせる。表向きは清楚な女性に見えるが、パーティー内での戦闘力は、実のところ僧侶が最も高い。

戦士

ツワモノ揃いのパーティーメンバーのなかで、唯一の庶民的能力。
苦学生で、生活費を稼ぐために、冒険者ギルドに所属して時々バイト活動をしていた。あるときダンジョンに挑む勇者パーティーにポーター(鞄持ち)として雇われる。最後に加わったメンバー。
正式には今でも冒険者バイトだが、数字や法律に強く、パーティーの知能を担っている。すでに古株になってしまっており、最後まで同行しそうな雰囲気である。

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