第10話 チャンスを掴む最後の一押し ~サムライポスター~

文字数 1,860文字

人生にはチャンスを掴む「最後の一押し」が必要な時がある。
この「最後の一押し」が有るか無いかで、人生の結果が大きく変わってくる。
あの時も、まさにそれだった。

時々、「オカシナモノ」が無性に欲しくなることがある。
人にはそれぞれ「好みのツボ」がある。
そのツボにピタリとハマる物を見つけると、それが堪らなく欲しくなる。
私にとってのそれは、街で見かけた1枚のポスターだった。

それは飲料メーカーのCMポスター。
刀を持ったスーツ姿の侍が、頭頂に髷の代わりに500mlのペットボトルを載せている。
珍妙なる姿とは裏腹に、その侍の表情が真剣そのもの。そこがまた絶妙に良い。
私も、日頃、ふざけたことを真剣にする傾向にある。
その為、このポスターと波長が合い気に入ってしまったのだろう。

さらには、キャッチコピーが秀逸である。

――『日本の男よ、ためらうな』

なんとも心揺さぶられる見事なキャッチコピー。
これを観て「これはイイ!」と妙にツボにハマってしまった。

結果、このサムライポスターが欲しくなってしまった、というわけである。

以来、駅や街中の自販機に貼られているサムライポスターを目にすると、それを横目に「いいなぁ、アレ欲しいなぁ、アレ欲しいなぁ」という想いに掻き立てられていた。

それこそ、喉から手が出るほど欲しい。
当然、自販機からこっそり剥がして持っていこう、などとういう行為はすまい。
それは公序良俗に反し武士道精神に反する。

「しかし、欲しい、しかし、欲しい……」

そんなある日、絶妙なタイミングのチャンスが巡ってきた。

仕事を終え、地下鉄の駅から自宅に向かう途中のこと。
前方に見える自販機の前で、サムライポスターの飲料メーカーの方がジュースの補充作業をしている。

――おおおっ!

思わず、心の中で声を上げた。千載一遇のチャンス到来。
この御仁に頼めば、サムライポスターを分けていただけるかも知れない。
という考えが頭をよぎった。

「よし、声をお掛けしてみよう!」

一歩、一歩、自販機に近づくにつれ、ドキドキと鼓動が大きく高鳴る。
遂に、御仁のすぐ近くにまで来た。

「あのぅ……」

と声を掛けようとした、その瞬間!

あろうことか、私はスタスタとその御仁の横を通り過ぎてしまった!

一体何が起こったというのだろうか……

「ホワイ?」もう一人の自分が問いかけてきた。
「やべぇ、やはり恥ずかしい」私は即座にそう答えた。

そうである。
いざ、声を掛けようとしたものの、直前ギリギリのところで、急に恥ずかしさが込み上げてきてしまったのである。
結果、どうしようかと躊躇しているうちに、通り過ぎてしまったわけである。

――あぁ、残念、無念……

私は、自ら千載一遇のチャンスを逃してしまったのである。

ところが、その時!なんと!

サムライポスターのキャッチコピーが頭の中に大きく鳴り響いた!

「日本の男よ!ためらうな!ためらうな!ためらうな!……」

――ハッ!

私はその言葉に魂を揺さぶられ、一瞬にして目が覚めた。

「いかん!一体、俺は何を迷っていたのか!」

私は、勇壮にくるりと踵を返し、再び自販機前で作業をする御仁のもとへと向かった。
そして、意を決し声をお掛けした。

「あのぅ、すみません。こちらのサムライポスターものすごく気入っているのですが、1枚お分けしていただけませんでしょうか」

すると、その御仁は、とびっきりの笑顔を私に向け言葉を発した。

「ええ!イイですよ!」

――おおおおおおおっ!

私は感激と感動と喜びに打ち震えながら拳をグッと握った。

御仁は、小気味よくスッと立ち上がり、開け放たれたハッチバックの営業車から、1枚のサムライポスターを手に取り、爽やかな笑顔で私に渡してくださった。

「どうぞ!」

なんともそれは紙のポスターではなく、丈夫で良質な「プラスティック製サムライポスター」だった!

言わば、『サムライポスター・デラックス・エディション』である!
表面のピカピカの光沢感が堪らない!これまた素晴らしい!

「ありがとうございます!ありがとうございます!」

私は思わず、二度、感謝のお礼を深々と伝えた。
その御仁も、とても嬉しそうに、私と共に喜びを分かち合ってくださった。

まさか、このような形で念願のサムライポスターをいただけるとは思ってもいなかった。
この時いただいたサムライポスターは今も私の部屋に飾られている。





チャンスを掴む「最後の一押し」が欲しい貴方にこの言葉を贈ろう……

――「日本の男女よ!ためらうな!」

これが有るか無いかで、結果が大きく変わってしまうのが人生の真実。

まさに「事実は小説よりも奇なり」である。



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