第5話 残念美少女、カニを獲る

文字数 2,609文字

 ギルドから『アヒル亭』に戻ると、もらったばかりの冒険者案内書をヌンチに音読させた。
 自分ではこの国の文字が読めないから、しょうがない。
 全部で一時間くらいかかったが、それでも聞いておいてよかったと思う。
 案内書には、冒険者になったばかりの者がよくする失敗や、毒がある魔獣の特徴など、命に関わる事柄が書かれていた。

「おい、最初は受けられる依頼が決まってるってことか?」

「ええ、そうです」

「私は鉄ランク?
 それだから、銅ランクの依頼までしか受けられないってことだろ?」

「はい、自分のランクより一つ上のランクまでしか受けられませんね」

「なんでだ?」

「自分の力に見合わない魔獣と戦えば、簡単に命を落とすからです」

「ふう~ん、そうなのか。
 あと、さっき言ってた、パーティって何だ?」

「ああ、それは、討伐のために何人かで組になる事ですね」

「なんで、そのパーティってのしなくちゃいけないんだ?」
 
「一人では倒しにくい魔獣も、パーティなら簡単に倒せるからですね。
 危険がグッと減ります。
 私も、いいパーティを探してたところです」

「だけど、討伐の報酬は同じなんだろ?
 パーティだと分け前が減っちまうんじゃないか?」

「ええ、それはそうですが。
 死んだら元も子もありませんからね」

「なるほど、そういうことか。
 じゃ、次はどんな魔獣がいるのか教えろよ」

「ええーっ、まだ説明しなくちゃいけないんですか?」

「ここで死ぬのと説明するの、どっちを選ぶ?」

「ひっ、せ、説明させてください」

「分かりゃいいんだよ」 

 それから深夜まで、ヌンチから情報収集した。

 ◇

「ツブテちゃん、お早う」

「おかみさん、おはようございます」

「今日は、新鮮なフライフィッシュが入ったよ。
 期待しときな」

「はい、ありがとうございます」

「ほんと、あんたは礼儀正しいね。
 うちの子にも見習わせたいよ」

「お子さんがいらっしゃるんですか?」

「ああ、アレクってんだけどね、魔術学院の四回生なんだよ」

 おばさんは、誇らしそうに胸を張った。
 自慢の息子らしい。
 そういえば、昨日ヌンチから聞き出した情報の中に、魔術の話があったな。

「ふぁ~、お早うございます」

「ヌンチさん、何だい朝からそのしまらない顔は?」

「昨日、なかなか寝かせてもらえなくて……」

「おい、人聞きの悪いこと言うなよ」

 すかさず突っこんでおく。

「ひゃいっ、昨日はよく寝られましたっ」

「とにかく、顔洗っといで」

 おばさんに声を掛けられたヌンチは、肩を落として部屋を出ていった。

「そういえば、ここは一泊いくらくらいするんですか?」

「朝食付きで銅貨六十枚だよ」

 ヌンチの話から推測したところだと、銅貨一枚が百円くらいだから、日本円で六千円ってところか。
 良心的な値段だな。
 
「銅貨百枚で銀貨、銀貨百枚で金貨ですね?」

 ヌンチから得た情報を一応確認しておく。

「そうだよ。
 しかし、ツブテちゃんは、よっぽど遠くからきたんだね。
 この辺りの国じゃあ、どこでもそんなもんだよ」

「そうですか」

「詳しいことが知りたけりゃ、息子から聞いたらいいよ。
 十日ほどしたら帰ってくるはずだから」

「ありがとう」

 ヌンチが帰ってきたので、朝食を済ませる。
 魚入りのスープは、おばさんが言った通り、とても美味しかった。
 母さんの味噌汁を思いだし、ちょっとグッと来てしまった。
 私がいなくなって、みんな心配してるだろうなあ。

 ◇

 いくつか買い物を済ませた私は、青沼の岸辺に来ている。

「だけど、ツブテさん、もっと大きなカバンじゃなくてよかったんですか?」

 私が買ったのは小型の水筒と腰につけるポーチ、あとナイフだけだ。

「大きな荷物は、お前が持て」

「……まあ、いいですけど。
 それより、なんで痺れガニなんか獲るんです?」

「お前は黙って獲りゃいいんだよ」

「そ、そうですか」

 私たちは、甲羅に白い「(^w^)」の模様がある小さなカニを十匹余り獲った。
 ポーチに水草を入れ、そこにカニを入れる。

「えっ?
 それって、カニのために買ったんですか?」

「ああ、そうだよ」

 ヌンチは理解できないという風に、首を左右に振っている。

「お前から聞いた情報が確かなら、きっとこれが役に立つ時が来る」

「まあ、私には分かりませんが……」

 カニ獲りを終えた私たちはギルドへ向かった。 

 ◇

 ギルドに入ると、今日も四人組のおじさんがいた。

「こんにちは」

「げっ、お(めえ)はっ」

 手に包帯を巻いたおじさんが悲鳴のような声を上げる。
 後の三人は、下を向いている。

「先輩がた、私も冒険者になりました。
 今日からよろしくお願いします」

「「「へっ?」」」

 四人は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「みなさん、銀ランクなんでしょ?
 今日はどんな討伐をするんですか?」

「……角シカの予定だが」

「角シカは銅ランクの魔獣ですよね」

「まあ、そうだが」

「じゃ、私たちもご一緒させてください」

「「「えっ!?」」」

 おじさんたちが、凄く驚いている。

「ツブテさん、この時期の角ジカは危険ですよ」

 ヌンチが口をはさむ。

「あんたは、黙っときなさい」

「嬢ちゃん、だけど、そいつが言ってるのは本当だぜ。
 今は角が生え代わる次期でな。
 繁殖期ってのもあって興奮しているシカが多いんだ。
 (つの)も大きくなってるから、刺されたらあぶねえぞ」

「そうですよ、ツブテさん。
 グラントさんの言う通りです。
 角ジカを狙うなら、時期をずらしましょう」

「ヌンチ、お前、ここで死にたいか」

「ひっ、わ、分かりました」

 こうして、私はおじさんたちの角ジカ討伐に参加することになった。

――――――――――――――――

ツグミ「五話目にして、地味なカニ獲りって、作者は蛮勇にもほどがある」
作者「ふっ、嬢ちゃん、分かってないな」
ツグミ「何が?」
作者「カニは大事な(いや、残念な)伏線なのさ」
ツグミ「カニが伏線?」(疑疑疑)
作者「まあ、見てな」
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