十竜トンネル

文字数 1,991文字

もう随分と昔の事で御座います。
酷く蒸し暑い夏の夜、私は1人森の中を歩いておりました。

村の近くにある自然豊かな森で、村人達はよく山菜を採りに訪れました。
私はその日些細な出来心で普段より少し深く中へ入ってしまい、有ろう事かそのまま迷ってしまったのです。


暫く歩いた所で、私は苔の這った石の上に腰掛けました。
ふと下に目をやると、私の膝くらいの背丈でしょうか、何やら小さな看板が立っているのです。
随分古いのか文字は殆ど削れておりましたが、よくよく目を凝らしてみた所、どうやら

「この先“十竜トンネル”」

と書いてある様でした。

そんな物の存在はこれまで1度も聞いた事がありません。不気味な名前だが、トンネルがあるならば道に繋がるかもしれないと考えた私は看板の指す方へと歩いていきました。


道中、とても不気味であったのをよく覚えています。
酷く静かで、みし、みし、という私の足音だけが響いておりましたが、時々地面の中でもっもっと何か蠢く様な音が聞こえる事もあり、その度私は足を速めました。


程なくして、私は今までの獣道が嘘かの様なだだっ広い草原に辿り着きました。
道が開けてすぐの場所に、先程と同じく削れた文字の書かれた小さい看板が立っており、その傍にトンネルらしき物を見つけました。

しかしそれにはどうやら、

「“二竜トンネル”」

と書いてある様でした。

私は先程と竜の数が違う事に少々戸惑いました。
例えば近くにあと9個トンネルがあり、それぞれに数字が順についてるのか、とも考えましたが、トンネルは愚か周りに何か物がある気配すらありません。

そして何より、トンネル自体も変なのです。

看板同様私の膝くらいの背丈しか無く、人間が通るには小さすぎる、かといって他の動物の為に作られたとは考え難い。途切れているのか、長さも横幅1メートル程しかありません。
土管の様に少し地面に向かって曲がっており、現在の姿ではトンネルというより変な形のアーチといった具合です。
普通トンネルは道を開くために作られる物ではないでしょうか。
ここに道を遮る物など何も無く、言わば作る必要のない、有り得ない場所に存在しているのです。

奇妙だなとその場を離れようとしたその時、背後から突然無機質な声が聞こえてきました。

「イケニエ」

驚いて振り返ると、そこには女が立っていたのです。
140cm程度の身長でしたが、確かに老婆の様な声遣いでした。

女は私を見上げる様にゆっくりと顔をあげ、それを見た私はうわぁと叫びその場に尻もちをつきました。

女の顔には目が無かったのです。

少し尖がった鼻と縦長の口をもぐもぐと動かし、睨みつけるかの様に私に真っすぐ顔を向けています。
耳は不自然な程大きく、手先に長く鋭い爪が光っておりました。

私は咄嗟に立ち上がって森の方へ逃げました。


女が追ってくる事はなく、走り続けるているうちに朝が来て、私は無事に村へと帰り着いたのです。


夢だと自身に言い聞かせていた事もあり、その後この話を誰にする事もありませんでした。
しかし私は何れとある1つの真実を知る事になります。

それは病床に臥す祖母の先が長くないと聞き、数年ぶりに会いに行った時の事です。

祖母の好きな山菜を土産に持っていき、ふとその事を思い出した私は祖母にこの体験を話してしまったのです。

祖母は酷く取り乱し、「祟りじゃ、もぐら様の祟りじゃ」と叫びながらやがて息を引き取りました。

私は酷く動揺し困惑しましたが、祖母の言った「もぐら様の祟り」という言葉が妙に引っかかり、後日村の歴史に詳しい和尚に相談したのです。

和尚は驚き、私にこう告げました。

「悪しき風習の歴史で御座います。
嘗てあの森には1つの部族が住んでおりました。彼らは穴を掘り地中で生活し、生れつき目が無く背丈が極端に小さい。しかし聴覚や嗅覚など他の器官はとても発達しておりました。とても攻撃的な性格で、年に数回出てきては村人を連れ去っていきました。
このままでは大変だと村の権力者数名で話し合い、年に1度村人を数名生贄として部族へ献上する事にしたのです。
当然、この事は他の村人は誰も知りません。毎年夏に村人全員が集まる火まつりで対象者を拉致し、手足を縛って森の木に括り付ける。何せ昔から人だけは多い土地ですから、数人消えた所で誰も気に留めません。一部では『伴侶のいない者は消される』と噂が立つ事もありましたが、正にその者達から順に生贄に選ばれ、口減らしが続くといった訳で御座います。
部族はその特徴から“土竜族”と呼ばれ、彼らの住処である地中に繋がる穴は“土竜トンネル”と呼ばれました。十竜、二竜と書いた看板を見たと仰ったでしょう?それは“土竜”の文字が所々削れていたのですよ。
さて、私が最も気になるのは貴方様が出会った女性なのです。
数十年前、住処ごと焼き払われた事で土竜族は全滅したはずでした。
怨念を持った幽霊、ならまだ良いのですが…。」
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