第12話 『 冒 ・ 険 ・ 譚 』 − トゥードとアマラーサ − 

文字数 2,546文字

(by 当野槇子、着筆 87.09.26. 脱稿……????) 1


 プロローグ・ 出立

 海鳥がふぃーく、ふぃーく、と鳴く。
 ここはザグの村だ。
 夜明けだ。

 かん高い声でふぃーくふぃーく、ふぃーくろく、と鳴く。
 ザグの村は絶壁の腹にしがみつく、いくつもの洞窟の集落だ。

 湾のむこうの山かげからソイレカ鳥が一番光をつげるころ、村のまえにあるわずかな傾斜地にはまだ蒼いうす闇と、白いもやとが残る。
 太陽神の住まう熱い北の海からの潮流をさえ切って、のびだす指の岬。
 その東壁にはりつくようにして剣聖・ザグは彼の弟子たちのための修業の場を建てた。
 ザグの村は戦士の国である。

 明るさをいまだ迎えない、かの地の前庭をたけ高い人影が歩いてゆく。
 すらりとした女だ。
 均整のとれた体格だ。
 黒い瞳に、たばねた長い黒髪の、けれどここいらの土生の民ではない、陽に灼けてはいるが淡色の肌をした人間だ。
 鍛えぬかれた筋肉と同様、しっかりしたアゴの線の、いい表情をしている。
 目的(めあて)の洞窟の窓に明かりのともったままなのを見て顔をしかめた。
 足早に近付いて行く。
 「ウード。はいるぞ。」
 声をかけると同時にたれ幕に手をかける。と、あわてたように振りむいた青年の右目には、みごとな青アザがあった。
 「……おまえか。」
 憮然とした反応(いらえ)がかえる。
 「ひとの気配にも心づかんで、夜も明けぬうちから何をやっている」
 「見て、わからんか?」
 「なるほど。」
 手には薬つぼと包帯にする麻布。
 黒目黒髪、女とおなじ民族の外観をもつその大男が、ひとり全身の怪我の手当てにとりくんでいるさまは、幼なじみでなくとも滑稽なみものである。
 「派手に、やられたな。」
 「誰のせいだと思ってる」
 「わたしの責任なのか?」
 薬草がしみて顔をしかめるあいだの沈黙。
 「おまえ、あいつらに一体なにを言ったんだ」
 「べつに。おまえ一人に任すのでは心もとないし、わたしの故郷のことでもあるのだから、ついて行くと。」
 「わぁるかったな。おかげでこのザマだ」
 「事実、剣で五本に三本、弓ならほとんど、私に負けるだろうが。」
 「ほっといてくれ、どぉせおまえはミスリルの剣の持ち手だよ。……うぁぁ、こんなやつにわざわざ惚れる男どもの気が知れないっ」
 「でかい図体してスネるな凡才。……で、戦果は?」
 「とーぜん。」
 勝った、と、胸をはって見せるのへ、月神の守護者である女戦士(ルワ・ヘルマ)ははじめて笑顔をむけた。
 軽い身ごなしで立ちあがる。
 「セドの泉水をいただいて来よう。いまから冷やせば、出発までにはその腫れもひくだろう。」
 「頼む。」
 持参したケウドの肉の皿を置いて立ち上がる、その姿は見送らず、ウードと呼ばれた男 − アグニスのトウードは、さっそく自分の朝食にと遠慮なくかぶりついていた。

 たいした挨拶がかわされるわけでもなく、通いなれた崖の道をぬけて村落をあとにする。
 二人とも、旅ははじめてではない。ザグの戦士には武者修行の習慣がついている。
 岬のつけ根からは地平にさしそめた黄金の矢をめざして進路をとった。高原の最端部をたどってゆくかすかな獣道である。
 断崖をつらねて急激に落ちこむ台地の下方、樹木のおいしげる岸辺から、はるかに広がっているのはソル湾から外洋へとつながる熱帯の海。
 右に目を転じれば、カリンシカ連峰の優美なすがたが、淡い紫にかすんで彼方につらなっている。
 この地に特有な晴天のもと、刻々とその色彩をかえる鮮やかなエメラルドの海流を見おろしながら、一路、東へ。
 三日ほどして、村の狩猟域をくぎる小さな峠をこえた。
 下れば、さいしょの樹海である。
 半日もたてばまた消えてしまう細い街道の名残りを、剣をふるって交替に切りひらいた。うしろに立つほうは、弓に矢をつがえて危険な小動物の警戒にあたる。
 森のなかは騒々しいほどの原色で、
 「ここはあいかわらず暑いな。」
 いくどめかの休憩で、ウードがぼやいた。
 「あぁ、この湿気がな。」
 うなづく女戦士は、しかし相棒とちがって汗のひとつもかいてはいない。
 「おまえは涼しそうに見えるぜ。」
 彼女、ハユンのアマラーサは呪文(オラムン)を扱う家の生まれである。ひとりだけ何か唱えでもして熱気を断っているならズルイやつだと、むけられた疑惑の目に、
 「修業のちがいだろう」
 笑って、とりあわない。それは事実ではあるので、ウードはぶすくれる。
 道みちに調達する毎日の食糧も、きっかり五対三の割でアマラーサの方が多い。ウードとてけして腕のない狩人ではありえないのであるが、彼女は、といえば、天才なのである。
 生涯不婚の月神戦士(ルワ・ヘルマ)たる誓いを樹てるほどの女は、ザグの修業の村においてさえ特別な存在だ。
 児童供託(センドレーサ)の伝統にもとづいて十歳のときにザグの村へとさし出される子供の、選出のための神前試合に決勝であたって以来、ウードがアマラーサに勝ちを宣したことはほとんどない。ハユンの一族は、もともとの武家ですらないというのに。
 その、思い出のかなたにある、故郷。
 今回かれらの旅には理由と目的があった。
 ウードが、夢をみたのだ。
 呪文使い(オラムニ)の生まれでもないくせにとアマラーサは笑ったが、はじめはかすかに、しだいに明瞭になったその伝言は、温暖な中北部地方の守り神である水霊(アトル)、アウルア・ウルウィアからもたらされたものだった。
  − 拐(さら)われた。
 というのである。
 水霊をうばわれては豊かな郷(さと)に雨はふらない。
 川と森林のアマラーサの氏族はまだしも、小麦地帯であるウードの村のあたりは大打撃であろう。
 そういう時のための供託戦士である。
 ウードは、決意し、アマラーサはそれに従った。
 水霊女神(アトル・ウルワニ)、救出。
 てがかりは海に沿って東方へということだけである。
 凶作はせめて一年で終わらせたい。
 ふたりは、あてもないままに道のりをいそいでいた。

  ルワ・ヘルマ  エル・ヘルマ
  ルワ・ブラダ  エル・ブラダ
 

 ※ 冒頭に、シャーペンと鉛筆描きの二人のイメージイラストが入っているのですが、皆さんにお見せ出来ないのが残念?です……☆
 (笑) 


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