『あの日の島武意海岸』
文字数 502文字
暗いトンネルの前後には 別の世界が存在する
そう言って 彼は
ふさぎこんでいた私を連れ出した
あいにくの雨
美しい景色など期待しない
自分の手すら見えない予想以上に真っ暗闇のトンネルは
私に恐怖ばかりを植えつけた
ここを通るからこそ感じる景色がある
彼の言葉を聞きながら我慢して手を引かれ歩いた
目の前がひらけた瞬間 言葉は失われた
そこには確かに別の世界が存在し
私は不思議な空間に立っていた
広がる藍色の激しい海
断崖には濡れるエゾカンゾウ
険しく切り立った岩に囲まれた入り江に大きく打ち寄せる波
雲間から神が降りてきそうな光のカーテン
その光の中にぽっかり浮かぶ虹
あの日 手を繋いだまま
何も話さずしばらく立ち尽くしていた
景色の画の中に入りこんだ私が見えた
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あれから何度かその海岸に足を運んだが
いずれも晴天だった
全く違う顔をして その海はその岩は
ただ爽やかに存在していた
あの日泣いていたエゾカンゾウは会うたび笑っていた
違う表情をしていても美しさは変わらない
晴れやかな笑顔のほうが喜び人は集まるだろう
けれども、
あの雨の中 ふたりで見た景色だけは
永遠に心に残る画となって
激しいうねりの中にあるからこその光を
今も私に もたらし続ける