9:状況終了

文字数 1,685文字

 テントの前から姿を消したサーニャちゃんは、夜の街を駆け回っていました。
 向かう先は、資料で確認した場所。

 サーニャちゃんが呼び出された原因である、ジン災と呼ばれるものの発生源でした。

 ――無駄に遠くに陣取りやがって! ビビりどもがあああ!
 そして、そんなことを叫びながらダイナミックエントリーした先は、ある建物の一室でした。
 サーニャちゃんが蹴り破った扉は、そのまま無人に見える部屋を突き抜けて壁をぶち破ります。
 ――しかし、崩れた壁はすぐに別のもので覆われていきました。
 それは部屋の中心から広がる、ただただ黒い何かでした。
 ……まだまだ元気なのね。
 サーニャちゃんは目の前の穴が塞がれたのを確認した後で、後ろを振り向いて。こじあけて入ってきた場所も既に塞がれていたことを確認すると、そう言ってため息を吐きました。
 ――黒く蠢く何かは、その部屋のありとあらゆる場所にありました。

 床、壁、天井で覆われていない場所などなく。

 あわ立つ表面から弾ける飛沫が空気中にすら満ちていました。

 周囲に満ちるそれは、ごぽごぽと音を立てながら流れ続けていて。

 その音はいくつもいくつも重なって、まるで誰かが喋っているように言葉を作っていました。

 ――ああ、憎い。憎い。憎い。憎い。
 ――どうして俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。

 ――違う、こんなことをするつもりはなかったんだ。

 ――つらかった。苦しかった。もう終わりにしたかった。

 ――ざまあみろ! やってやった!

 ――死んでしまえ! こうなってしまった全ては壊れてしまえ!!

 それは誰かの後悔でした。

 それは誰かの怨嗟でした。

 それは誰かの慟哭でした。

 ただ、その誰かはもうこの場にはいませんでした。

 だからこれは、居なくなった誰かが残してしまった感情の残骸でした。

 ――そしてこれこそが、ジン災と呼ばれるものの正体でした。
 ――人が死んだら何になるのか。

 疑問は尽きないけれど、その内の答えがこれよねぇ。

 かつて誰かを生贄にして天の恵みを得たという逸話があるけれど、その内のいくつかは真実だった。

 誰かのために死んで、死んだ誰かがそれを心から望んだならば恩恵をもたらしてくれることもある。

 ……それじゃあその逆ならどうなるのか、なんてのは愚問よね。

 ジン災とは、人が起こす災害でした。

 人が死んで残ったもの――感情が引き起こす現象のうち、最も恐ろしい、他者を害する怨嗟の具現。

 今も広がり続ける黒く濁った何かは、自分が終わってしまった理由である外界そのものを壊し続けるのです。

 ……ホント、くだらない話だわ。

 こうなってしまうほどに強く思う何かがあったのなら、行動に移してしまえばよかったのにね。

 それがたとえ他者を害するものだったとしても、こうなってしまうよりはきっとマシだったはずなのにさ。

 ジン災はいなくなった誰かが残した感情の表現でしかありませんでした。

 だから、本来であれば、残した感情が尽きるまでそれが消えることもないはずでした。

 ――ただ、何事にも例外というものがあるものです。
 そこに残した感情が消えるまでそれが続くのであれば、残った感情が消耗して消え失せるほどの感情をぶつけてやればいい。
 そう考えて、実践できる誰かがいたのです。
 ホントくっだらない、クソみたいな話よね。

 生きている内にぶつける相手がいなかったのは不幸だし、こうなってしまった後では何かを感じることもできないんでしょうけど。

 ――だからこそ! 今ここで、せいぜい派手に散らしてあげるとしましょうか!

 サーニャちゃんが憂さを晴らすように声を張り上げると、黒かっただけの空間に別の色が混じり始めました。
 サーニャちゃんを中心に、周囲の黒を食い散らかすように広がり始めた色は鮮やかな赤でした。
 そしてその赤色は、こうなってしまった現状に憤るサーニャちゃんの感情を表現するように、黒く濁って広がる残骸を呑み込むように、燃やしていって。

 

 ――その想いごと、燃え尽きなさいな!
 サーニャちゃんが声をあげたと同時に、周囲の全てを焼き尽くしました。
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登場人物紹介

名前:サーニャちゃん

特記事項:感情家、口がちょっと悪い


思ったことをすぐ口に出し、考えたことはすぐ行動に移す。

猪突猛進を地で行くような生き方は周囲に迷惑をかけることも多いけれど、悪人ではないので嫌われることはそんなにない。

名前:沙雪さん

特記事項:サーニャちゃんの友人、怒ると怖い


サーニャちゃんと付き合いの長い友人。

サーニャちゃんの扱いは慣れたものだが、引き起こすトラブルに慣れたわけではない。

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