第2話 緑の瞳 2
文字数 1,436文字
「政府の施設にしては小規模ね」
わたしはカナタの案内で敷地内を見て回った。
「ドームは直径五キロ程度。この中に災害救助用ロボット開発研究所、地震予知研究所と放射線影響研究調査室の三施設があるよ」
さっきID交換が済んだので施設の見取り図が送られてきた。施設は上から見ると三角形を作っている。三角形の中心に居住棟。全てが回廊で繋がっている。今は地震予知研究所を抜けて居住棟に入ったところ。
「カナタ、あなたのマスターは誰? プロフィールがブランクだけど」
全職員は百名足らず。それぞれの略歴が送られてきた。もちろん、わたしのものもメインサーバーに送られて内部の者は閲覧が自由だ。
「ぼくは最初のマスターを失ってから、この施設所属になった」
「わたしもマスターを亡くしたわ」
「シオン・パトリック博士。宇宙物理学の権威。抗エイジング処方を受けずに百六十七才まで生存した……」
データにアクセスしたのだろう。カナタが応えた。
「遺体は勤めていた大学に献体。研究材料にされちゃうだけなのに」
ほんとはそんなふうに彼を扱って欲しくなかった。でも本人の意思だから。
「新しいマスターはソフィア博士?」
カナタの言葉にカチンと来た。
「あの人がマスターになるなんてまっぴら!」
わたしの剣幕をカナタは軽く受け流した。しょせんロボットは何れかの管理者が必要なことは確かだから、抗いようがないけど。
「いちばん高いところに案内するよ」
カナタはエレベーターのコンソールに触れた。
いちばん高いところ、と言ってもわずか五十階だった。
背の低いカナタの胸くらいまでの高さの壁と素通しの天井。まるで空に放り出されたよう。
「下を見たいわ」
カナタはわたしを抱き上げて出窓に乗せた。
広がるのは見渡すかぎりの森、樹海だった。
遠くに線を引いたように光って見えるのは海。
「ずいぶん遠くまで来ちゃったものね」
博士と暮らした欧州区の古都とは全然ちがう。
「体のどこかに穴が空いたみたい。風が抜ける」
「故障箇所は無いよ」
カナタが真顔で答える。
「淋しいって言ってるの! 鈍いわね、旧式は」
何を言われてもカナタは動じない。言葉が途切れ、二人して外を眺めた。わたしはカナタがうんと先にある、森の中でひときわ緑が盛り上がっている場所を見つめているのに気づいた。
あそこが事故の現場だろうか。
カナタの製造年を確かめてみた。
「あなたは事故以前の製造ね。もとは災害時救助ロボット? あの事故の救助に行った?」
わたしを見たカナタの瞳……光彩が微かに小さくなった。
「ぼくはあのとき修理中だったから出動していない。でも仲間は事故に巻き込まれて……」
まだ何か言いたげだったけど、窓にひたいを寄せ話題を切り替えた。
「承知のうえだろうけど、ここは立ち入り禁止地区の端だから」
事故発生から二百年近く経過していても、周囲への影響を考慮してこの国の東側は人の立ち入りは制限されている。
「あなたはここで何をしてるの?」
「雑用。どこからも救助要請がないからね」
その口調はどこか自虐めいていた。
「助けに呼ばれない救助ロボットに、可愛がる人のいない愛玩ロボット」
いる意味があるのかしら? わたしはため息をついた。
「きみはみんなに可愛がられると思うよ。ここには人間以外はマウスくらいしかいないから」
「そう……そうよね! わたしくらい可愛い存在はそうないものね!」
わたしは思わず飛びはねた。
「ただ、あんまり喋らないほうがいいよ」
カナタは一言多いわ。
わたしはカナタの案内で敷地内を見て回った。
「ドームは直径五キロ程度。この中に災害救助用ロボット開発研究所、地震予知研究所と放射線影響研究調査室の三施設があるよ」
さっきID交換が済んだので施設の見取り図が送られてきた。施設は上から見ると三角形を作っている。三角形の中心に居住棟。全てが回廊で繋がっている。今は地震予知研究所を抜けて居住棟に入ったところ。
「カナタ、あなたのマスターは誰? プロフィールがブランクだけど」
全職員は百名足らず。それぞれの略歴が送られてきた。もちろん、わたしのものもメインサーバーに送られて内部の者は閲覧が自由だ。
「ぼくは最初のマスターを失ってから、この施設所属になった」
「わたしもマスターを亡くしたわ」
「シオン・パトリック博士。宇宙物理学の権威。抗エイジング処方を受けずに百六十七才まで生存した……」
データにアクセスしたのだろう。カナタが応えた。
「遺体は勤めていた大学に献体。研究材料にされちゃうだけなのに」
ほんとはそんなふうに彼を扱って欲しくなかった。でも本人の意思だから。
「新しいマスターはソフィア博士?」
カナタの言葉にカチンと来た。
「あの人がマスターになるなんてまっぴら!」
わたしの剣幕をカナタは軽く受け流した。しょせんロボットは何れかの管理者が必要なことは確かだから、抗いようがないけど。
「いちばん高いところに案内するよ」
カナタはエレベーターのコンソールに触れた。
いちばん高いところ、と言ってもわずか五十階だった。
背の低いカナタの胸くらいまでの高さの壁と素通しの天井。まるで空に放り出されたよう。
「下を見たいわ」
カナタはわたしを抱き上げて出窓に乗せた。
広がるのは見渡すかぎりの森、樹海だった。
遠くに線を引いたように光って見えるのは海。
「ずいぶん遠くまで来ちゃったものね」
博士と暮らした欧州区の古都とは全然ちがう。
「体のどこかに穴が空いたみたい。風が抜ける」
「故障箇所は無いよ」
カナタが真顔で答える。
「淋しいって言ってるの! 鈍いわね、旧式は」
何を言われてもカナタは動じない。言葉が途切れ、二人して外を眺めた。わたしはカナタがうんと先にある、森の中でひときわ緑が盛り上がっている場所を見つめているのに気づいた。
あそこが事故の現場だろうか。
カナタの製造年を確かめてみた。
「あなたは事故以前の製造ね。もとは災害時救助ロボット? あの事故の救助に行った?」
わたしを見たカナタの瞳……光彩が微かに小さくなった。
「ぼくはあのとき修理中だったから出動していない。でも仲間は事故に巻き込まれて……」
まだ何か言いたげだったけど、窓にひたいを寄せ話題を切り替えた。
「承知のうえだろうけど、ここは立ち入り禁止地区の端だから」
事故発生から二百年近く経過していても、周囲への影響を考慮してこの国の東側は人の立ち入りは制限されている。
「あなたはここで何をしてるの?」
「雑用。どこからも救助要請がないからね」
その口調はどこか自虐めいていた。
「助けに呼ばれない救助ロボットに、可愛がる人のいない愛玩ロボット」
いる意味があるのかしら? わたしはため息をついた。
「きみはみんなに可愛がられると思うよ。ここには人間以外はマウスくらいしかいないから」
「そう……そうよね! わたしくらい可愛い存在はそうないものね!」
わたしは思わず飛びはねた。
「ただ、あんまり喋らないほうがいいよ」
カナタは一言多いわ。