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文字数 1,857文字

フレディ、後で少しいいですか?
天ぷら鍋の中できつね色になったコロッケをひっくり返しながら、アルさんが神妙な面持ちで言い出した。

何だ、藪から棒に。俺はビニール手袋についたパン粉を払いながら、

今じゃダメなの? その話って
うーん、ちょっと真面目? な話なのでねー、後での方が都合いいんですよー。

時間ありますか?

ふーん……?

ま、大丈夫だけど……

それじゃあ、また後で話しましょう。

……よーし、第一陣が揚がりましたよ。いい感じのきつね色!

ロカ、盛り付けをお願いします。そしてフレディ、みんなを呼んできてくれますか?

はーい!
おうよー
俺はビニール手袋を捨てて、キッチンを後にした。
まず、リビングでゲームをしている二人、狼人間ルドルフとキョンシーのジェンに声をかける。
おーい二人、そろそろ昼飯だぞー
ルドルフのモフッとした頭に手を乗せると、彼は心底面倒くさそうな顔をして言った。
あー、うん。オレはいいんだけど、ジェンが……
等一下(まって)! ちょっと待って! もう一回!

なあ~んか、何度やってもルドルフに勝てないんだヨ~……!

ジェンは細い眼を更に細めてしょんぼりしていた。

俺はジェンの肩にポンと手を乗せて、

ハイハイ、いつものやつね。

どーせ誰もルドルフには勝てねえから諦めろって……

不要啊(やだ)ー!

もう一回ー!

子供かッ!!
やれやれ……まあ、ジェンはルドルフに任せればいいかな。


第二陣、第三陣のコロッケが揚がるまでに他の二人を呼んで来なくちゃ。

二人を置いてリビングを突っ切り玄関を通りがかると、浴衣姿の女の子、みずはの姿があった。

何やら虫かごの中の土をいじっている。

みずは、お昼だよー……って、何してんの?
かぶとむしのおせわ。土を変えるの。
かぶとむし?
うん。イワレヒコっていうの、名前。
イワレヒコ?
うん。

カムヤマトイワレヒコ。

……えっ、かぶとむしの名前が?
どんなセンスだ。
呆気にとられる俺を無視して、みずははかぶとむしの幼虫に語りかける。
イワレヒコよ……おまえは王になるのだ……王になるのだぞ……

甲虫王じゃ、むしむしきんぐになるのじゃぞ……

今、彼女はいまだかつて見たことがないほど真剣な目をしていた。
……みずはー、

……みーちゃーん。

もうすぐお昼だからねー、ちゃんとお手々洗ってくるんだよー。……

返事はない。相変わらずイワレヒコに何やら語りかけている。

まあ、しっかり者のみずはのことだから大丈夫だろう、多分。


さて、と。



残るはあと一人、紅葉ちゃんだ。


長い廊下を抜け、階段を上る。

ここに暮らすようになってからだいぶ経つし、いい加減慣れたけど、……やっぱりバカでかい屋敷だな、と思う。

七人で暮らしていて、まだ空き部屋がいくつもあると来た。もともと宿だっただけのことはある。

一階は基本的に住人全員の共用スペース。そして二階が一人一人の部屋になっている。

紅葉ちゃんの部屋は階段のすぐそばだ。

コンコンとドアを叩くが、返事はない。

おかしいな……と思いつつ、そっとドアノブを回してみる。

紅葉ちゃん、そろそろ昼飯だけどー……

って、何このにおい! 墨汁!?

そう、ドアを開けた途端に墨のにおいが鼻をついたのだ。

頬やら鼻っ面やらを黒くして、紅葉ちゃんはヘラヘラ笑って言った。

うん。墨のにおい。

通信講座で水墨画のテキスト取り寄せてさ~、いろいろ描こうと思ってたんだけど、

なぁ~んかすごい勢いで墨ぶちまけちゃって~

おばかさんなのでは??
いや~それほどでも~?
と、ヒラヒラと振って見せた手も墨にまみれて真っ黒である。

着ている作務衣もだいたい墨にやられてしまっていた。

あーもう、先に風呂入ったほうがいいぐらいじゃん……すっごい真っ黒
ねー。シャワー浴びて来るかなァ
うん、そうしな。

その服はざっと下洗いしてから洗濯カゴに入れておいて。あとで洗っとくから

うん、そうするや。ありがとう~
紅葉ちゃんはまたしても墨の手をヒラヒラ振りながら、ペタペタと足音を鳴らして階段を駆け下りていった。
……ん? ペタペタ?
……あーッ! 足ーッ!!
廊下から階段に向かって、ペタペタペタと墨の足跡。叫んだところで時すでに遅し。紅葉ちゃんは既に階段を駆け下りて行ってしまった。それも、足の裏にべっとりと墨をつけたまま。
あー……まあ、紅葉ちゃんらしい……か
ため息と苦笑いが同時に出る。まあ、過ぎたことは仕方ない。あとでまた掃除すれば済む話だ。

さて、と。そろそろコロッケが揚がる頃かな。今朝からゼリーしか食べてないから流石に腹が減った。




紅葉ちゃんの足跡を踏まないように気をつけながら、階段を下りた。

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登場人物紹介

名前:アルカード

通称:アルさん

一人称:ワタクシ

性別:男

種族:吸血鬼


概要:白い髪、白い肌、紅い瞳が特徴的な、ルーマニア出身の吸血鬼。いわゆる「ドラキュラ公」の息子…だけど、そのことは秘密(らしい)。

紆余曲折あって、現在は日本の都心からちょっと離れた微妙な片田舎で、怪物支援施設【ヴァンパイアの館】を運営している。

怪物福祉協会認定の“ウラ社会”福祉士。【ヴァンパイアの館】の管理責任者、常勤カウンセラー、指導員。

性格はおおらか、朗らか、THE・善人。

吸血鬼だが血は苦手。長年血を飲んでいないためか、日光にあたっても無問題。血の代わりにしばしば薔薇を摂取( )する。ラーメンの上にも薔薇の花びらを散らすので、【館】の住人たちにはドン引きされている。比較的真人間(人間じゃない)だけどたまに変な人(人じゃない)。

好きなブランドはATELIER B○Z。いつも貴族みたいな恰好をしている。実際貴族なのだが。


作成者:波多野琴子

名前:アルフレッド・スミス

通称:フレディ

一人称:俺

性別:男

種族:ミイラ


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。現在の住人の中では最もアルカードとの付き合いが長い。ロンドンの博物館から逃亡していたところを保護された。

他の住人と違い、何らかの問題や生きづらさ(既に死んでるけど)を抱えているわけではない。利用者というよりはむしろ居候ひとりのスタッフのような存在。

クールでありたいけどクールに徹しきれないツッコミ役。みんなの兄貴分。

ロックとマンガとサブカルチャーを愛し、常に流行を追っている。わりと私服はパンク系。……と、あたらしいもの好きっぽいけど、実際はものすごく大昔の人らしい。まあミイラといえばアレですよね、古代エジプトとか。残念ながら、本人は生前のことを全く覚えていない。覚えていないことを残念がってすらいない。


作成者:波多野琴子

名前:紅葉(もみじ)

通称:紅葉・紅葉ちゃん

一人称:おいら

性別:?

種族:鬼


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

開国直後、とある見世物小屋でこき使われていたところをアルカードに保護された。

故郷を追われたり人々に嫌われたりこき使われたりと散々な目に遭ってきたため、PTSD様の症状に悩まされている。【ヴァンパイアの館】の住人たちとの共同生活を通して療養中。

暗闇や夜が大の苦手だが、それ以外の明るい空間・時間帯にはわりとヘラヘラと楽しそうにしている。

のんびり屋でマイペース、【館】のムードメーカー的存在。

絵を描いたり観たりすることが好き。最近ユ○キャンで水墨画のテキストを取り寄せたとか。ただしおっちょこちょい(というかアホのこ)なので高確率で墨や画材をぶちまける。


作成者:波多野琴子

名前:ロカ

通称:ロカ、ロカちゃん、ロカっち など

一人称:私

性別:女

種族:魔女(?)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

金髪・緑眼が特徴的な美しい女性。長年ヨーロッパの各地を転々とし独り暮らしをしていたようだが、限界を感じたらしく協会に助けを要請し、【館】を紹介されて入居してきた。

過去のことを頑なに語ろうとしないが、アルカードには「一種の多重人格障害のようなもの」とだけ伝えたことがある。とにかく詳細は謎。

そもそも魔女なのかどうかも謎で、魔術というよりはむしろ錬金術のようなものに傾倒しており、よく何かの実験をしては部屋を爆発させ、アルカードを悩ませている。

基本的には元気なポジティブお姉さん。【館】の盛り上げ役。そしてボケ役。

アルフレッド曰く「ロカちゃんとアルさんが並んで喋ってるとツッコミが追い付かない」とのこと。


作成者:波多野琴子

名前:関建(Guang1 Jian4、グァン・ジェン)

通称:ジェン

一人称:オレ

性別:男

種族:僵屍(キョンシー)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

いかにも中国人っぽい恰好をしている。実際中国人。清代の人で、蘇州出身。

【館】が中国にあった頃、湖南省は武陵の奥地にて発見・保護された。

過去のことをあまり話したがらないので、彼の過去については保護の現場に立ち会ったアルカードとアルフレッドしか知らない。

かなり重い過去を背負っているのだが、普段はそれを感じさせないほどに(或いは感じさせないように)ハイテンションに振る舞っている。

性格は繊細、それでいながら楽天家。

「いろいろあるけど、まあどうにかなるヨ」といったスタンスで生きている(※死んでる)。

「~だヨ」とやけにカタコトで話す癖があるが、実は真面目に話そうと思えば流暢な日本語を話すこともできる。「でもさ、ホラ、なんとかだネ~って話したほうが、いかにもちゃいにーず!って感じするでしょ?」とは本人の談。


作成者:波多野琴子

名前:ルドルフ

通称:ルドルフ、ルド、ルディ

一人称:おれ

性別:男

種族:オオカミ人間


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

住人の中で二番目に若い(生きた年数で言うなら一番若い)。

家出少年、ならぬ家出オオカミ少年。

アメリカで両親と一緒に暮らしていたが、いろいろと思うところがあったらしく家出し、各地をさすらった挙句【ヴァンパイアの館】に辿り着いた。

基本的に人間の顔に狼の耳・しっぽを出した状態で生活しているが、必要に応じて狼になることも人間になることもできる。中間ぐらいの格好でいるのは「こうしているのがいちばん疲れなくて良いから」とのこと。

基本的に無口・無表情だが感情の起伏は激しい。

口では喋らないけどTwitt○rなどのSNSではめちゃくちゃ騒ぐタイプ。

いかにもな現代っ子で、常時スマホを手放さない。いろいろなソシャゲに手を出しまくっている関係で、ハロウィンやらクリスマスやらのイベントが重なりまくる時期はそれなりに大変そう。よくジェンと一緒にスマ○ラをやっている。


作成者:波多野琴子

名前:みずは

通称:みずは、みーちゃん

一人称:みずは

性別:女

種族:川の精?


概要:【ヴァンパイアの館】の一人。住人の中では、今のところいちばんの新参者。といっても、既に【館】で暮らし始めて五十年近くになる。

種族が何だかいまいち判然としないふしぎな子。本人もよく分かっていないようだが、どうやら「川の概念が身体を得たもの」らしい。高度経済成長期に進められたダム開発によって涸れ川となった川に一人佇んでいたところを保護された。

紅葉がさすらいの旅をしていた頃に会ったことがあるとのことで、軽く千年ぐらいは生きているようだが、なぜかいつまでも四歳ぐらいの幼女のままである。

冬でもいつも浴衣姿。本人曰く「川っぽくていいでしょ」とのこと。

最近はセカンドブームが到来したムシ○ングにハマっているらしく、【館】でもかぶとむしを飼っている(ちなみにそのかぶとむしの名前は『イワレビコ』。ネーミングセンスが無い古い)。

天真爛漫、マイペース、自由人(人じゃない)。


作成者:波多野琴子

名前:ハトシェプスト・クヌムトアメン

性別:女


概要:古代エジプト第18王朝第3代ファラオ・トトメス一世の娘。後第4代ファラオ・トトメス二世の王妃。さらには自ら第5代ファラオとして君臨する(即位名はマアトカラー)。

名前:ネフェルジェセル

性別:男


概要:王女ハトシェプストの側近の一人。乳兄弟。

彼女がファラオとして即位した後も彼女の傍で仕えた。

王女が拾って来たある子の世話係も兼任する。

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