十四・ 林業者: 狩野愛子(かのう・あいこ)の選択。
文字数 3,423文字
とは思いつつ、みんな気にはしていた。
ポックル島国の対岸というか、ごく狭いプガル海峡を挟んだお向かいというか。
お隣の島国ポンニツの北の果て、つまりポックルに面したプツ湾岸には。
超巨大な幻視毒発電所が、ある。
ポンニツ三島のエネルギーを賄って余りあるとかいう超巨大な幻発ネットワークは。
使えば使うほど、ポーシャ毒、という有害な副産物を出しまくっている、らしい。
このポーシャ毒は自然分解するのに何百万年という長大な時間がかかるので。
人工的に解毒を時短化する方法が開発されるまで、ということで。
とりあえず、一か所に集めて埋設保管をしていた。
一カ所では収まらなくなったので、次々作って。
現在では八カ所に、巨大な穴がある。
その、巨大なポーシャ毒ゴミ埋め場が、八カ所も、ある村が…
地震や津波に、
遭ったら。
風向きからして、主な被害は、ポックル島国のほうにくる…
さらには、往時のポンニツ(旧統一)島国政府が。
何をトチ狂ったのか、ポックル島内の、しかも首都ポッポロ市の、すぐ近郊に。
同じくらい、超巨大にして超!危険な。
幻視毒発電所を、建設。して、しまった…。
「安全です。安全です!」という大宣伝の、影で。
有害なポーシャ毒が、ひそかに。
撒き散らされていた。
次々に…
死者と病人と。
障碍を持って生まれて来る、子どもたちが相次いだ。
…せいで。
怒れるポックル島民が全島を挙げて立ち上がり。
ポンニツ(旧統一)政府からの『絶対絶縁宣言』を出して。
すったもんだの末。
比較的短時日のうちに、無血で。
ポックル島協和国、という名の独立国になった。
…その経緯の細かい話は、この際、置いておくとして…。
*
ポーシャ毒素は、いちど憑りついたら、なかなか取れない。
分解できない。
解毒もできない。
秘電子というものを持つ、すべての生命体に有害で。
病気になるし、死にもする。
以前の…若い人はもう覚えていない世代がほとんどだが…
ポンニツ本島を襲った幻視毒大災害では。
多くの農地や山林や野生の動物や家畜や、人間が…
飛び散ったポーシャ毒の、犠牲になった。
今でも、その傷跡は、完全には癒えていない… と、聞く。
それなのに…
前々から、カコ先生や、地震予知とか災害対策に関心の高い人たちが。
「あそこは危ない危ない」と、騒いでいた。
まさにその場所が。
今回の震源らしい。
ポックル島とポンニツ島のちょうど中間の。
海峡湾内のごく浅い場所で、超・巨大発震。
幻視毒発電所の建屋と、
ポーシャ毒ゴミ捨て穴の。
もろい護岸は一瞬で崩れ去り。
そこへ次々と…引いては襲いかかる… 多重津波が。
覆い尽くした。
『 原型を留めず全てが海の下に沈んだようだ、
まるで伝説の悲劇アトランティスのように… 』
と。
普段はカコ先生のエンタメ作品の熱愛ファンクラブ活動をしている
「ポーシャ毒監視班」の。
最寄りの地域の測定班の人々が。
超望遠レンズで、対岸から撮ったという画像を、全世界に公開した。
地球上すべての人々が、現在ちょっくら「ポーシャ毒パニック」中らしい。
…それも、気持ちはワカルが…
*
もっか当面の、自分たちの、火急の、焦眉の、喫緊の…
問題は。
…と、実家の稼業の伐採専門林業従事者という、跡目は継ぎつつ。
業態変換して、育林中心…それも有機林業で…
再生産可能な、持続的地域産業へと。
夢の実現に向けて、着々と地歩を固めていた…
狩野(かのう)兄妹は。
涙目でニュース速報を観ていた。
幸いまだ晴れているので太陽電池で充電しながらだ。
家と事務所はものすごく揺れたけど倒れはしなかった。
家族と親戚と友人と知人と、職員すべてと取引先関連その他も含めて。
地元には、大きな損壊も死者も重傷者も出なかった。
乾燥中だった木材山も、崩れたけど折れたり割れたりはしていない。
むしろ災害復興に向けて建築資材の需要と価格は高騰が見込めるだろう。
…ただ。
明日から、この地域には、大雨が降るという。
まさに、ポーシャ毒が絶賛噴出中の、プツ湾。から。
雲が…
津波で幻視毒発電所とポーシャ毒性ゴミ捨て穴がもろともに海没して。
水中で、幻滅現象を起こして。
幻視妄想劣化烈火崩壊熱で。
ぼっこぼこに沸騰している…
海から。
雲。
というより水蒸気爆発的。な?
ものすごい、煙柱が…
沸いて、蠢いている。
最中だと、いう…
*
「…みなさん無事ですか~?」
「うましか先生ッ!」
「…カコです…」
午後もだいぶ遅くなってから、パルパレ有機林業帯発足準備基金の支援『雲助』集団の筆頭募金主たるウマシカ先生が、電話をくれた。
全員無事、と状況をざっと伝えると、
「あぁ良かった!」と心の底から安堵した笑顔で、言ってくれつつ。
カコ先生の緊急連絡の主眼は、そこじゃなかった。
「明日から雨ですよね?」
「はい…」
「森、守りたいんです。」
「はい…」
「用意してあったものがあるんですけど…
副作用というか想定外の副被害も、出るかもしれないんですけど…」
「…はい?」
「試してみても、いいですか…??」
*
とりあえずお願いしますと言ってみたら、一時間も待たずに、空飛ブータ号と僚機が連れだって、ぶんぶんぶい~ん!と。元気に。飛んできて降りてきた。
「今から~、森の上に~、天幕を張りまーす!」
「はいぃ?」
「こっちのブータ号と~、あっちの子ブータ号で~、…こう?」
実は自分もまだよく理屈は解っていないらしい運転手の富田さんが、簡単な図面を開いて、作業予定を説明してくれる。
二機の飛空車のあいだにロープというか一定間隔で噴霧穴の開いた長い長いホースを張って飛んで。
よくある、広い田畑の上空から農薬散布をするのと同じ要領で、『粟泡幕撒く(あわあわまくまく)液』とやらを散布するという。
「作業手順は~。大丈夫です! さっきパペルの屋敷林でも、同じことを~、小さいやつでしたけど、実験して成功済みです!」
「…いわゆる『煙タイソレイヤ』の逆版… いいもん成分のやつってことですか?」
「ポーシャ毒の、ヒバク直前のユース剤の予防対抗服用、的な…?」
「噴霧と違うんです。」と、『親よりでかい仔ブータ号』の運転手の前田園美(まえだ・そのみ)さん。
噴射された薬液が、空中で酸素に触れると、あっというまに広がって固まって。
何というか、プチプチシート?のような多層構造の、軽くて頑丈な多層膜状になって。
広く山林の上をビニールハウスのような形に、数キロ平方単位で覆ってくれるという。
「カコ先生が~、言うには~、初期被毒を避けられると~、予後がかなり違うと~…?」
「一ヶ月ほどで幕は自然に融けて消えるそうです。素材はトウモロコシの茎とジャガイモの皮なので、生分解性は高く、環境負荷は少ないはず、と」
前田さんのほうが比較的専門的に、説明を補足してくれる。
「想定される副被害としては、融けるまでの約一ヶ月のあいだ日照と呼吸を妨げて、植物を枯らしてしまうかも知れないこと。
それでも推奨したい理由は、葉と表皮と土壌を、直後の直接の汚染から、かなりの確率で安全に防護できる可能性があるということ。…だそうです。」
有機林業計画の関係者一同、三分間ほどだけ。
額を集めて協議した。
ウマシカ先生が言うことだ…
試作品でも、トライする価値はある…
なにより、日暮れがもうすぐで。
飛空車は安全に飛べない時間になるし。
それまでに作業を終えてもわらなきゃならないし。
それより一刻も早く人命救助活動のほうに戻って。
ひとりでも多く、救けてあげてほしいし…。
「…お願いします!」
プロジェクト言い出しっぺにして最年少者の狩野愛子(かのう・あいこ)が。
代表して、ふかぶかと頭を下げた。
「ぶい~ん!」
「かっこいいとは、こういうことさ ♡ 」
とか、二人してポーズを決めて、にやっと笑って。
空飛ブータ親子号は、すぐに元気に発進して、小一時間で。
無事に任務を終えた。