Ⅱ.失ったもの

文字数 692文字

「う、うーん、あつい」茹だるような暑さに耐えかねて、彰は重いまぶたを開く。
 彰が住むワンルームマンションは、ベランダに通じる大きな窓が西側を向いているため、西日が直接射し込んでくる。
 入居したときに、家具よりも先に設置した、遮光カーテンのおかげで眩しくはないが、この暑さは想定外だった。
(さすがに飲み過ぎたな)
 昨日は金曜、仕事終わりに友人とクラブに行き、女の子をナンパして朝まで飲み歩いた。そして――そこまで思い出した彰は、勢いよくベッドから立ち上がる。トランクス1枚、三十路にしては引き締まった体を露にして、狭い部屋を見渡した。
 念のため、風呂場とトイレも確認したが誰もいない。
「帰ったか」
 探していたのは、友人と別れた後、家に連れ帰ったはずの女の子だ。ハッキリとは覚えていないが、ヤることはヤった気がする。
 ここ数年、お酒を飲んだ後の記憶の欠落、ブラックアウトが酷くなっている。
 女の子を連れて帰ったのは覚えているが、ナンパした女の子達のうちの、どの子を連れてきたのか覚えていない始末だ。
 忘れてしまったものは仕方がない、そんなことより腹が減った。朝飯も昼飯もとっていないのだから、当然だ。コンビニで弁当でも買おうと、枕元に置いてある財布に手を伸ばして、ふと気付いた。
(俺、財布出してたっけ?)
 カバンから財布を出した記憶は無いが、残っている記憶の方が少ないのだから、そういうこともあるだろう。彰は一人納得しながら財布を開く。
 中には、福沢さんは元より、野口さん一人、桜の一枚すら見当たらなかった。
 どうやら、失ったものは記憶だけではなかったようだ。
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