第9話『強欲者といかさまポーカー』

文字数 4,087文字

 「フロップ」と言って、ニックが、アントワーヌとアダムの前にカードを3枚置いた。
「あれが共有のカードだね」リクは思った。
 「ここで再度、()け金を積む。ベット」
 アントワーヌは言いながら、おもちゃのコインの上に、さらに2枚積んだ。
「コール」
 続いてアダムが言い、アントワーヌと同じ枚数を積んだ。
 アダムのその様子を見て、アントワーヌが片方の口角を吊り上げた。
「毎度のことながら、随分と情けない賭け方だ。お客人が見ているんだ。エンターテインメントを追求するのもありだと思うが? 」
 そう(あお)られたアダムだったが、涼しい目でアントワーヌを見返すと、「賭けには慎重さが大切なんだ、ってことを教えてやってんだよ」と言って、流した。

「ベット? コール? 」と、リクが首を(ひね)ると、ゾーイが「賭け金を払うか払わないのか、どうやって払うのかっていう合図だよ」と説明した。
「“ベット”っていうのは、まだ誰も賭けてない時に、基本となる賭け金を提示する時に言うの。それで“コール”っていうのは、その賭け金と同じだけ出しますよ、ってことを宣言しているの」
「へえ! 」ということは、「今トニとアダムは、同じだけの金額を賭けてるってことなんだ! 」
「そうよ! さすがリクね、覚えが早いわ! 」
 リクの言葉に、レアが異常に()めたものだから、リクは何と返せば良いか分からなかった。
 リクの言葉に もうひとり、反応を示した人間がいた。
 真剣にゲームに取り組んでいたアントワーヌだ。彼は、テーブル越しにリクを(にら)み、「俺を

と呼ぶな」と声を震わせて言った。

 「ふたりとももういいか? 」黙って様子を見守っていたニックは、確認すると、「ターン」と言って真ん中の共有カードに、また1枚、追加した。カードを見て、アントワーヌはアダムの顔を(のぞ)き込んだ。そして「チェック」と言って、腕を組んだ。

 「“チェック”っていうのは、賭け金を払わずに、相手にターンを回すことを言うの」
 リクが聞くまでも無く、レアが耳元で(ささや)いた。
「“パス”ってことだね」

 アントワーヌから順番を回されたアダムは、微笑みながら「ベット」と宣言し、おもちゃのコインの山に、さらに5枚、追加した。
するとアントワーヌがニッと、口角を吊り上げた。
「なるほどなあ」と(つぶや)き、「コール」と、ずっしりと言って、アダムと同じだけの金額を出した。

 「リバー。これが最後のカードだ」
 そう言って、ニックが共有カードに、最後の1枚を足そうとした時だった。
「待て! 」
 アントワーヌが制した。「ディーラーをレアに変えろ」
「え? 」と()らしたのはアダムとニックで、アントワーヌはふんぞり返って、繰り返した。
「ディーラーをレアに変えろと言ったんだ。聞こえなかったか? 」そしてレアに振り返り、「ディーラーを変われ。カードも切り直せ」と命令した。
 リクもレアもゾーイも、ポカン と状況が分かっていなかったが、指揮官の言う通りに動いた。
 アントワーヌがニックから取り上げたカードを、リクとゾーイふたりでシャッフルをし、レアに手渡した。
 レアは、「何なのよ」と文句を言いながらも、ニックと場所を交代して、「リバー」と最後のカードを置いた。
 「チェック」
 アダムの表情を観察しながら、アントワーヌは低く言った。
 「べ、ベット……」
 アダムはどうしたのだろうか? リクは首を(かし)げた。若い炭鉱夫の顔は、見る見る真っ青になっていくのだ。
 アダムが震える手でやっと、コインを1枚、積んだ瞬間だった。
「レイズ! 」
 アントワーヌが射抜(いぬ)く様にそう宣言し、「もうこんな馬鹿げたゲームは()めだ」そう言って、控えていたおもちゃのコインを、全て、カードの前に積み上げた。「アダム。お前も乗れ」

 「“レイズ”って言うのは、賭け金を引き上げること」
 今度はゾーイがリクに教えてくれた。
「そして、持っているコインを全て賭けること。これを、“オールイン”って言うんだ」
 続けてニックがそう説明し、 ぐう と(うな)り、「これは、俺らの負けだな」と呟いた。
「どういうこと? 」
 リクとゾーイは、同時に首を傾げた。

 アントワーヌからオールインを(うなが)されたアダムの顔は、もう重病人の様で、額からダラダラと汗を流し、体もガタガタ震えていた。アダムはそんな状態でも、なんとか両手で控えのコインを、前に押し出した。
「コール……」
 そして力無く言い、大きな溜息を()いた。「この世の終わりとでも言うみたい」とリクは、この青年を気の毒に思った。
 ふたりが持っているコインの全額を出し合ったところで、レアが「ショウダウン! 」と言い、ふたりは伏せてあった手札をひっくり返した。

 リクは身を乗り出して、じっくりカードを見比べた。が、リクにはよく分からなかった。
「トニの勝ちだね。ご愁傷様(しゅうしょうさま)、アディ」
 そうゾーイが言ったのを聞き、リクはようやく、アダムが負けたのだと知った。
「ああっ!くそっ! 」
 アダムは悔しそうに両手で机を(たた)いた。その様子を鼻で笑ったのは、勿論アントワーヌで、積まれたコインを回収しながら、事の顛末(てんまつ)を説明し始めた。

「4枚目のカードが配られた時。お前がフラッシュを待っていることに気がついた」
 “フラッシュ”というのは、同じ柄のカードが5枚揃って完成される役のことだ。アントワーヌが言うに、アダムは自身がこの役になる様に仕込んでいたのだと言う。
「共犯はニックだ。ニックは俺の役をJ(ジャック)3(スリー)ペアになる様に仕組んだ」
アントワーヌの言葉に、ニックは潔く(うなず)いた。「その通りだ」
「それは普段の俺の実力を考慮してのことだろう。俺の持ち札には1枚のJ(ジャック)、1枚のA(エース)があった──」そして、アントワーヌは、アダムの前に展開された、2枚のカードに視線を落とした。「お前の持ち札は、クラブの4にクラブの8。最初に配置される共通カード(フロップ)の時点での、クラブの枚数は1枚、それに比べJ(ジャック)の枚数は2枚だった」
 だが、そこまでは不審じゃない、とアントワーヌは言う。
「じゃあ、どこで」とアダムが突っかかる。アントワーヌは勝ち(ほこ)った笑みを、若い炭鉱夫に向けた。
「だから先程も言った通り、4枚目のカード(ターン)が配られた時だ。クラブの5。俺はここで一気に金額を上げても良かったんだが、妙にお前の仕草が気になってな」
 アントワーヌ曰く、その時アダムは、自分の手札を見なかったらしい。
「普段のお前のプレイスタイルは、こちらが心配になるほど慎重なものだ。カードが配られる度に持ち札を確認する。そして良い手札においても悪い手札においても、必ず苦い顔をするんだ」しかしこの時のお前は違った。「手札を確認しなかったんだ。お前という男が。そして、その後、もっとありえないことをしでかした」
 カードを見て

のだ。
「ここで俺は、お前の様子を見ようと──」
「“チェック”をして、俺の出方を伺ったって訳か」
「ご名答」
 アダムの言葉に、アントワーヌはそう言って頷いた。
「普段のお前なら、ここでコインを積むことはしない。目の前の相手が尻込みすれば、一緒になって尻込みする男だ。その時点で、お前の負けは決まっていたんだよ。心配性のイカサマ師」
 そこまでを聞いたアダムは、両目頭を、親指と人差し指で()まみながら、「くそう」と言って、椅子に()け反った。
「ご説明通りだぜ、指揮官様。ちなみに、ニックが5枚目で配ろうとしてたカードは、クラブの7だ。詰めが甘かった」と、遂に白状した。「完璧な計画だと思ったのに! 」

 リクはぼんやりアントワーヌの推理劇(すいりげき)を見ていたが、ずっと気になっていたことがあった。
「この賭けはトニの勝ちだっていうのは分かったけど、ふたりとも、一体何を賭けていたの? お金? 」
 そう(たず)ねたリクを振り返ったレアは、「いいえ、違うわよ」と首を横に振った。
「同等の価値のあるモノ同士を賭けるんだ」ニックが答えた。
「同等の価値のモノ? 」リクが繰り返した。
「そうよ」レアが話を引き継いだ。「今回はアディがゲームのホスト──ええっと、ゲームの主催者(しゅさいしゃ)だったの。アディからトニへの要求は、仕事の量を減らして欲しいというモノ。それで、トニからアディへの要求は、このコたち妖精の、餌代(えさだい)30コインだったんだけど──」
「あっ! 」
 レアの説明を、アダムが(さえぎ)った。
「仕掛けが分かったぞ、トニ! いや、このインチキ野郎! 俺のカードを見やがったな! 」
 そうしてアダムは、背後に浮かぶピクシーたちを振り返って睨み付けた。するとピクシーたちは、急にオロオロと旋回(せんかい)しだし、カードの乗ったテーブルに着地すると、バタバタ と言った。
「アダムを裏切るつもりなんてこれっぽっちもなかったのよ! ぜーんぶトニが悪いんだから! だってトニが、アタシたちのご飯を賭けたから! だから……ね? アダム、ね? 」
「リーレル! 普段からあんなに、内緒でおやつ やってやってんのに! それでも足りねえのか! 」
 どうやらアントワーヌは、アダムの後ろに浮かぶピクシーたちに、アダムの手札を伝えさせていたらしい。それによって、アダムの計画が分かったのだそうだ。
 全く悪びれる様子のないアントワーヌは、手元のコインを(もてあそ)びながら、「最初にイカサマを仕掛けてきたお前が悪い」と言い放った。
 それに、アダムがどんな真相を掴もうと、ゲームはもう終わってしまったのだ。アダムの負けは覆らない。そしてアダムが、妖精たちのために30コインを失うという運命も変えられない。
 「しょうがないわよ、アディ。諦めなさい」とレア、「相手が悪かったね」とゾーイが口々にアダムを慰めている横で、リクだけが、目をキラキラと輝かせていた。
 「ポーカー、おもしろそう! やってみたい! 」
 リクは、いつの間にか自分の口から出てきた言葉に、びっくりした。項垂(うなだ)れていたアダムがその言葉に、文字通り飛びついてきたのだ。
「本当か、リク! じゃあさ、ぜひ俺の金を取り返してくれよ! ポーカーはおもしれえぞ、リクがそう思ってくれて良かったぜ! 」

 そうしてリクは、まんまとアダムの仇討(あだうち)を任されてしまったのだった。
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登場人物紹介

名前:リク

性別:女

年齢:14歳

身長:159㎝

趣味:読書、オカルト


好奇心旺盛な中学2年生

名前:シンイチ

性別:男

年齢:30歳

身長:174㎝

趣味:動画投稿


無番汽車ロイヤルスイートルームに引きこもる謎の男

名前:アントワーヌ

性別:男

年齢:23歳

身長:175㎝

趣味:ポーカー、賭け事


無番汽車、赤髪の指揮官

名前:アダム

性別:男

年齢:24歳

身長:178㎝

趣味:いたずら、読書


無番汽車の炭鉱夫

名前:ニック

性別:男

年齢:29歳

身長:185㎝

趣味:酒を嗜むこと、人の話を聞く


無番汽車の炭鉱夫

名前:レア

性別:女

年齢:19歳

身長:168㎝

趣味:おしゃれ、恋バナ


無番汽車の美しきウェイトレス

名前:ゾーイ

性別:女

年齢:27歳

身長:166㎝

趣味:世間話


無番汽車の頼れるウェイトレス

名前:コリン

性別:男

年齢:19歳

身長:60㎝

趣味:ゆっくりする


無番汽車のスチュワート

名前:ミハイル

性別:男

年齢:一応15歳ってことにしてる

身長:160㎝

趣味:ごはんを食べる、ボーっとする


無番汽車、妖精のスチュワート

名前:チェンシー

性別:女

身長:140㎝


シンイチの身の回りの世話をする老婆

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