第27話 旅へ
文字数 1,605文字
10日後──
四人は、王宮へと呼び出された。
カルリア侯爵の後ろについて、紫刺繍のじゅうたんの上を歩く。
むろん、正装である。
ルナだけは、着慣れた巫女衣装であり、1人だけ落ち着いているように見えた。
王座から、3段下がったところで、指図どおりにひざまづく。
アルセア王は、大柄な男であった。少なくとも、アーサーたちにはそう感じられた。
おそらく侯爵よりも年下であろう。体も、フォスターよりは小さいはずだ。しかし、人の上にたつものの威厳が、自然と王を大きくみせていた。
「アーサーよ。久しいな」
王は、そういった。
「覚えてはおるまいな。お前が赤子の頃、一度だけ会ったことがある。ランガには世話になった」
それは、アーサーの父、勇者と呼ばれた男の名であった。
旅に出る前、アルセア・シティーに住んでいた頃は、王宮に仕えていたという。
「さて、侯爵よ」
「はい」
侯爵は立ったまま一度、頭をさげた。
「この者たちに命じ、魔獣の群れを退治したとのこと、大儀であった。何かと、必要なものあったようだが──」
意味ありげに侯爵の目をみて、
「──それは、構わぬ。アルセアを思ってのこと、ありがたく思う」
「恐れおおきことでございます」
馬のことを言われたのだとわかっていたが、侯爵は涼しい顔であった。
「その者たちにも、何か、ほうびが必要であろうな。むろん、定められた賞金は与えられようが、それだけというわけにはいかぬ」
「は──」
侯爵がなにか言いかけたが、王は手をふった。
「直答を許す。何か、ほしいものはあるか。望むなら、騎士として取り立てもしようが……。」
しばらく、沈黙が流れた。
フォスターとエルは、まっさきに金と武具を思い浮かべたが、答えをためらっていた。
王の意図は、おそらく仕官だと思われたからだ。
アーサーは、それもわからず、ただただ戸惑っていた。
そして、ルナだけが心をきめて、口をひらいた。
「お願いがございます」
ほう、と王は息をついた。むろん、夢見の巫女の名くらいは知っている。
「言ってみよ」
「船を、出していただきたいのです」
「船!?」
その場の誰にとっても、意外な答えであった。
「マヌルガ行きの船を、お願いしたく思います」
それは、海をへだてた隣国であった。アルセアとは最も近しい国であり、王国の所在するジル・ア・ロー島から大陸への入り口でもあった。
「マヌルガへ行くと申すか。なぜだ?」
「勇者ランガの足跡をたどるためでございます。……いえ、ランガのみならず、勇者と呼ばれるものはみな、大陸をめぐり、精霊の許しをえて魔の島へと至ったとか──」
「なんじが勇者のまねごとをすると申すか、夢見の巫女よ」
王はからかうようにそういった。むろん、そうでないのはわかっていた。
「いえ、私は──かれについてゆきます。アーサー=ブルガナンに。」
ルナは、そう言い切った。
確信にみちた目であった。
アーサーは、ごくりと唾をのみこんだ。
これまで、考えなかったわけではない。いや、ずっと意識して生きてきたことだ。
「アーサーよ、」
王は、すこし楽しんでいるようだった。
「巫女はそう言っているようだ。お前の意思はどうかな。」
「ぼくは……いえ、私は」
アーサーは奥歯をかんだ。
──なぜ、といまでも思う。しかし、
顔をあげる。震えを感じていた。まっすぐに王を見あげた。
──いっぽうで、覚悟はきまっていた。
「私は、父のようになりたいと思っています」
それだけ、言った。
精一杯の言葉であった。
王は大笑した。
よかろう、と言われて、アーサーはほっと息をついた。
なぜだか、エルのほうを見ることはできなかった。
*
これが、最初の物語である。
勇者アーサーの、長い長い物語歌の、最初の一章。
四人は、王宮へと呼び出された。
カルリア侯爵の後ろについて、紫刺繍のじゅうたんの上を歩く。
むろん、正装である。
ルナだけは、着慣れた巫女衣装であり、1人だけ落ち着いているように見えた。
王座から、3段下がったところで、指図どおりにひざまづく。
アルセア王は、大柄な男であった。少なくとも、アーサーたちにはそう感じられた。
おそらく侯爵よりも年下であろう。体も、フォスターよりは小さいはずだ。しかし、人の上にたつものの威厳が、自然と王を大きくみせていた。
「アーサーよ。久しいな」
王は、そういった。
「覚えてはおるまいな。お前が赤子の頃、一度だけ会ったことがある。ランガには世話になった」
それは、アーサーの父、勇者と呼ばれた男の名であった。
旅に出る前、アルセア・シティーに住んでいた頃は、王宮に仕えていたという。
「さて、侯爵よ」
「はい」
侯爵は立ったまま一度、頭をさげた。
「この者たちに命じ、魔獣の群れを退治したとのこと、大儀であった。何かと、必要なものあったようだが──」
意味ありげに侯爵の目をみて、
「──それは、構わぬ。アルセアを思ってのこと、ありがたく思う」
「恐れおおきことでございます」
馬のことを言われたのだとわかっていたが、侯爵は涼しい顔であった。
「その者たちにも、何か、ほうびが必要であろうな。むろん、定められた賞金は与えられようが、それだけというわけにはいかぬ」
「は──」
侯爵がなにか言いかけたが、王は手をふった。
「直答を許す。何か、ほしいものはあるか。望むなら、騎士として取り立てもしようが……。」
しばらく、沈黙が流れた。
フォスターとエルは、まっさきに金と武具を思い浮かべたが、答えをためらっていた。
王の意図は、おそらく仕官だと思われたからだ。
アーサーは、それもわからず、ただただ戸惑っていた。
そして、ルナだけが心をきめて、口をひらいた。
「お願いがございます」
ほう、と王は息をついた。むろん、夢見の巫女の名くらいは知っている。
「言ってみよ」
「船を、出していただきたいのです」
「船!?」
その場の誰にとっても、意外な答えであった。
「マヌルガ行きの船を、お願いしたく思います」
それは、海をへだてた隣国であった。アルセアとは最も近しい国であり、王国の所在するジル・ア・ロー島から大陸への入り口でもあった。
「マヌルガへ行くと申すか。なぜだ?」
「勇者ランガの足跡をたどるためでございます。……いえ、ランガのみならず、勇者と呼ばれるものはみな、大陸をめぐり、精霊の許しをえて魔の島へと至ったとか──」
「なんじが勇者のまねごとをすると申すか、夢見の巫女よ」
王はからかうようにそういった。むろん、そうでないのはわかっていた。
「いえ、私は──かれについてゆきます。アーサー=ブルガナンに。」
ルナは、そう言い切った。
確信にみちた目であった。
アーサーは、ごくりと唾をのみこんだ。
これまで、考えなかったわけではない。いや、ずっと意識して生きてきたことだ。
「アーサーよ、」
王は、すこし楽しんでいるようだった。
「巫女はそう言っているようだ。お前の意思はどうかな。」
「ぼくは……いえ、私は」
アーサーは奥歯をかんだ。
──なぜ、といまでも思う。しかし、
顔をあげる。震えを感じていた。まっすぐに王を見あげた。
──いっぽうで、覚悟はきまっていた。
「私は、父のようになりたいと思っています」
それだけ、言った。
精一杯の言葉であった。
王は大笑した。
よかろう、と言われて、アーサーはほっと息をついた。
なぜだか、エルのほうを見ることはできなかった。
*
これが、最初の物語である。
勇者アーサーの、長い長い物語歌の、最初の一章。