第1話
文字数 1,970文字
「とにかくネタが同世代なの。わたしみたいなマンガ好きには、分かる。分かるよ! って。なのに賞レースだと年寄りの審査員に伝わらないから結果残せないのよ。じじい引退しろっ」
アルコールが程よく回ったふわふわとした気分で、花は大好きなお笑いの話をひたすらに話し続けていた。
けれど、いつもなら、こまめに戻ってくる玲音の相槌がさっきから随分と減っている。
鬱陶しいか。そうだよね。
都合も関係なく呼び出して勝手に趣味の話を聞かせるだけの幼馴染なんて。
いつからだろう。依存かな。と思い始めたのは。
でも、やめられない。嫌われたくないのにLINEが止められない。我慢できずに呼び出してしまう。嫌だと言ってくれないから、つい。
「聞いてる?」
酔ったのかと覗き込むと、彼女は何かに耐えるように眉を寄せてグラスを握り締めていた。
「どうしたの」
反応が無い。
「具合悪いの」
玲音ははっと顔上げて、
「だいじょうぶ」
かすれた声で言ったが、全く大丈夫そうには見えない。案の定。すぐに切羽詰まった声が続く。
「ごめん、やっぱ頭痛い。すごく」
「え、ごめん。体調悪かったの? もう帰る?」
首を横に振った玲音は、痛みを抑え込むように頭を両手の中に抱えこんだ。
普段とは違う玲音のその姿に、花の酔いがすうっと醒めた。
深夜の病院の待合室はただ明るくて静まり返っている。
救急車に同乗して病院まで付き添って来たのだ。
駆けつけてきた玲音の両親は、しばらく一緒に待っていたけれど、今は医師に呼ばれて話を聞いている。
一人になると、ひどく心許なかった。
自分はなぜまだここにいるのだろう。
心配だから様子が分かるまで待っていたいと残ったけれど、家族でもなんでもないのだ。
ただいるだけの無駄な存在。
玲音にとっての花はずっとそうだったのかもしれない。
幼稚園で出会った頃から、花は玲音にくっついて歩いていた。
一緒に小学校に上がって。中学で公立と中高一貫の女子高に別れて。大学生になって。社会人になって。
変わらず、変われず。人見知りの花が気安く話せるのは玲音だけだった。
綺麗で頭がよくてしっかりしてて、物おじせずに自分の意見の言える玲音は花のあこがれで、自慢の友人で、でも玲音にとっての花は?
今日だって、くだらない雑談のために忙しい玲音に無理させた。
彼女が倒れたのはそのせいだ。
視界が滲む。頬に熱いものが流れる。
あわてて拭いて、ついでに眼も擦っていると。
「花ちゃん。大丈夫?」
いつの間にか玲音の母が戻って来ていた。
「とりあえずの処置は終わったみたい。で、玲音がお礼をいいたいって」
ベッドの玲音は、見たことのない機械に囲まれ、いくつかの管に繋がれて、少しの間に窶れてしまったように見えた。
「ごめん。疲れてたのに呼び出して。無理させて」
涙はなんとかこらえたけれど、言葉はあふれてしまう。
「やだ。何言ってるの。一人でいるときに倒れてたら、救急車呼べなくてそのまま寂しく死んじゃってたかもしれないじゃない。花が一緒に居てくれたから助かったんだよ」
言葉はしっかりしているけれど、声は弱々しい。
「そんな、無理しないでよ」
「無理じゃないよ。花はいつも大変な時に居てくれるじゃない。ほら、六年の時も」
すうっと血の気の引く思いがした。
「ごめんっ、あの時、わたしが纏わりつくせいでクラスに馴染めなかったんだよね。中学に入って伊東さんに聞いて、でも、今まで謝れなくて……」
玲音はきょとんとした目を向けてきた。
「え、違うよ。クラス替えのすぐ後から間山さんたちのグループにウザがらみされてたんだよ。花のせいじゃない」
「うそ」
「ほんと。今、思い出しても腹が立つ。あの外面のいいいじめっ子。花が迎えに来てくれなかったら学校行けなくなってたかも。でもやだ、気が付いてなかったの。花らしい。けど無意識でだからこそ花はわたしのヒーローなのかもね」
タクシーを呼ぶという玲音の両親の気づかいを、今日は休日だからと断って、花はまだ薄暗い街を抜けて駅へと向かう。
少し一人で歩きたかった。
早朝の街は、現実味がなくて、夕べからの出来事が夢のように思えてくる。
ようやく駅にたどり着き、しばし始発電車を待つ。ホームの人たちは、どこか疲れて気だるげに見えた。
けれどそれが、昨夜の遊びや深夜帯の仕事を終えての疲れなのか、それともこれから向かう仕事に倦んでいるのか、あるいはただまだ目が覚めていないだけなのか。一様に見えるその向こうにあるものは分からない。
すぐそばにいたはずの玲音ですら。
それでも、彼女が自分が側にいることを受け入れてくれるなら。少しでも嬉しいと思ってくれるなら。勘違いでもヒーローだと言ってくれるなら、このまま側にいてもいいのだろうか。
花にとっては玲音がヒーローなのだから。
アルコールが程よく回ったふわふわとした気分で、花は大好きなお笑いの話をひたすらに話し続けていた。
けれど、いつもなら、こまめに戻ってくる玲音の相槌がさっきから随分と減っている。
鬱陶しいか。そうだよね。
都合も関係なく呼び出して勝手に趣味の話を聞かせるだけの幼馴染なんて。
いつからだろう。依存かな。と思い始めたのは。
でも、やめられない。嫌われたくないのにLINEが止められない。我慢できずに呼び出してしまう。嫌だと言ってくれないから、つい。
「聞いてる?」
酔ったのかと覗き込むと、彼女は何かに耐えるように眉を寄せてグラスを握り締めていた。
「どうしたの」
反応が無い。
「具合悪いの」
玲音ははっと顔上げて、
「だいじょうぶ」
かすれた声で言ったが、全く大丈夫そうには見えない。案の定。すぐに切羽詰まった声が続く。
「ごめん、やっぱ頭痛い。すごく」
「え、ごめん。体調悪かったの? もう帰る?」
首を横に振った玲音は、痛みを抑え込むように頭を両手の中に抱えこんだ。
普段とは違う玲音のその姿に、花の酔いがすうっと醒めた。
深夜の病院の待合室はただ明るくて静まり返っている。
救急車に同乗して病院まで付き添って来たのだ。
駆けつけてきた玲音の両親は、しばらく一緒に待っていたけれど、今は医師に呼ばれて話を聞いている。
一人になると、ひどく心許なかった。
自分はなぜまだここにいるのだろう。
心配だから様子が分かるまで待っていたいと残ったけれど、家族でもなんでもないのだ。
ただいるだけの無駄な存在。
玲音にとっての花はずっとそうだったのかもしれない。
幼稚園で出会った頃から、花は玲音にくっついて歩いていた。
一緒に小学校に上がって。中学で公立と中高一貫の女子高に別れて。大学生になって。社会人になって。
変わらず、変われず。人見知りの花が気安く話せるのは玲音だけだった。
綺麗で頭がよくてしっかりしてて、物おじせずに自分の意見の言える玲音は花のあこがれで、自慢の友人で、でも玲音にとっての花は?
今日だって、くだらない雑談のために忙しい玲音に無理させた。
彼女が倒れたのはそのせいだ。
視界が滲む。頬に熱いものが流れる。
あわてて拭いて、ついでに眼も擦っていると。
「花ちゃん。大丈夫?」
いつの間にか玲音の母が戻って来ていた。
「とりあえずの処置は終わったみたい。で、玲音がお礼をいいたいって」
ベッドの玲音は、見たことのない機械に囲まれ、いくつかの管に繋がれて、少しの間に窶れてしまったように見えた。
「ごめん。疲れてたのに呼び出して。無理させて」
涙はなんとかこらえたけれど、言葉はあふれてしまう。
「やだ。何言ってるの。一人でいるときに倒れてたら、救急車呼べなくてそのまま寂しく死んじゃってたかもしれないじゃない。花が一緒に居てくれたから助かったんだよ」
言葉はしっかりしているけれど、声は弱々しい。
「そんな、無理しないでよ」
「無理じゃないよ。花はいつも大変な時に居てくれるじゃない。ほら、六年の時も」
すうっと血の気の引く思いがした。
「ごめんっ、あの時、わたしが纏わりつくせいでクラスに馴染めなかったんだよね。中学に入って伊東さんに聞いて、でも、今まで謝れなくて……」
玲音はきょとんとした目を向けてきた。
「え、違うよ。クラス替えのすぐ後から間山さんたちのグループにウザがらみされてたんだよ。花のせいじゃない」
「うそ」
「ほんと。今、思い出しても腹が立つ。あの外面のいいいじめっ子。花が迎えに来てくれなかったら学校行けなくなってたかも。でもやだ、気が付いてなかったの。花らしい。けど無意識でだからこそ花はわたしのヒーローなのかもね」
タクシーを呼ぶという玲音の両親の気づかいを、今日は休日だからと断って、花はまだ薄暗い街を抜けて駅へと向かう。
少し一人で歩きたかった。
早朝の街は、現実味がなくて、夕べからの出来事が夢のように思えてくる。
ようやく駅にたどり着き、しばし始発電車を待つ。ホームの人たちは、どこか疲れて気だるげに見えた。
けれどそれが、昨夜の遊びや深夜帯の仕事を終えての疲れなのか、それともこれから向かう仕事に倦んでいるのか、あるいはただまだ目が覚めていないだけなのか。一様に見えるその向こうにあるものは分からない。
すぐそばにいたはずの玲音ですら。
それでも、彼女が自分が側にいることを受け入れてくれるなら。少しでも嬉しいと思ってくれるなら。勘違いでもヒーローだと言ってくれるなら、このまま側にいてもいいのだろうか。
花にとっては玲音がヒーローなのだから。