冬休みの宿題

文字数 3,077文字

 体育館でも、並びは出席番号順である。
 (はやし)千咲(ちさき)藤琴(ふじこと)百伊(ゆい)堀内(ほりうち)一遥(いちは)は連番となっており、並んで仲良く腰を下ろしている。
 そもそも一遥たち三人の友情は、四月に入学したところ、無事に百伊と同じクラスになって席も前後になった幸運に喜んでいたところ、百伊の一つ前の席の千咲が話し掛けてきて仲良くなった、という経緯で成立したものであった。
「クリスマスは? なんか予定あるの?」
 まっちゃんにこってり絞られて、後で反省文を書かされる羽目になったにもかかわらず、百伊は暢気に冬休みのことを話題にした。
「べつにこれといって。お正月の準備で、関鉄(かんてつ)百貨店にべっこう飴を買いに行くかも。干支の絵の」
 一遥はスカートの裾を直しながら言った。さっき教室でサッと身につけた千咲の夏スカートだ。風通しが良くてすーすーする。リラックマの毛布を厳重に膝に巻き付けた。
「それ、わざわざクリスマスに行く意味なくない? 混むし」
 千咲が苦笑してツッコミをいれる。
「そうだねえ。でも、年末年始だって混むし。いつ行こうと一緒かな」
「わびしいねえ。われら、誰ひとり彼氏持ちがおらんから」
 百伊が嘆いた。
 長ったらしい校長の訓話も終わり、二学期の間に部活動で成果を上げた生徒たちが壇上に呼ばれて表彰を受ける次第へと移っている。なんとなくガヤガヤした雰囲気になって、おしゃべりもはかどるというものだ。
「あー、でも初詣は、テニス部の一年男女で黒牛神社に行く予定。佐波君も多分いるよ」
 千咲が自慢げに色っぽい予定を披露した。
「佐波っちは別にどうでもいいよ。けど男女混合かー」
 百伊がうらやましがる。
「最近は、男テニとも仲良くなってきたよ。まあもう一年生も終わりに近いし」
 へぇ、そうなのか、と一遥も思った。
 ちょうどその佐波っちが名前を呼ばれて、とことこと登壇している。
 秋の新人戦で三位に入賞したのだ、と千咲が解説してくれた。
「まあ予想通りの展開だけど」
「へえ、ちぃちゃんは佐波っちが入賞するって予想してたの」
「部内で、誰がどのくらいまで勝ち上がるかみたいな予想はしあってたからね」
 千咲は早口に言った。
「んじゃまあ、われらわびしい側の女たちは、ビッグファミリーに遊んで貰おうか。なあ一遥」
「あ、ゆん、ダウンロードしたんだ」
「したした。まだヒストリーは選んでないけど。一遥はまだ?」
「わたしはあれ、なんか怖いから・・・」
 ここ最近、ビッグファミリーという高校生向けマッチングアプリが流行の兆しを見せていた。
 人気のポイントは、どんな相手とマッチングしたいかの希望に合わせて、四つのコースが選べるようになっていることだ。
「ヒストリー」と題された四つのコースは、ヒストリーオブパックス、ヒストリーオブプレンティ、ヒストリーオブラヴ、ヒストリーオブトゥルースと銘打たれ、それぞれの特色を有している。
「わたしもゆんと同じ状態だ。アプリ落とすだけ落としたけど、まだ起動はしてない」
 千咲も話題に食いつく。
「たぶんこの冬休みでわたしらの周りも始める人、多いんじゃない? 教室でなんかそんな話も聞こえてたし」
「一遥も始めなよ。冬休みの宿題だな」
 二人して勝手なことを言う。
 マッチングアプリという仕組み自体は新しいものではない。むしろここ数年は、マッチングアプリルネサンスとも言うべき多くのアプリが乱立する状態が起こっていた。
 そのうちに、彼氏が欲しい女子たち、彼女が欲しい男子たちというある意味で真っ当なユーザーだけでなく、そうした希望につけ込んで悪巧みをする悪徳な業者が多数参入し、運営やプレイヤーとして幅をきかせるようになった。
 そうなるとせっかくのこうした媒体も、廃れる一方である。
 また、多くのマッチングアプリが十八歳以上という年齢制限を設け、高校生には手の届かないサービスとなっていた。それは未成年をこうした犯罪の危険から遠ざける配慮もあっただろうし、高校生は学業優先だ、という全国の学校の先生たちの意見を取り入れたのかも知れない。
 ビッグファミリーは、こうしたマッチングアプリ界の閉塞を打破すべく鳴り物入りで開発され、マッチングアプリ2.0を謳い文句に颯爽と登場した。
 それは政府が国民に配布しているマイナンバーキーと連携して、これらの問題を一挙に解決するというものだった。
 つまり、ユーザーは登録時に、自分のマイナンバーキーを証明として示さなければならないのである。
 それだけでよこしまな目的を持った悪徳業者をかなりの程度排除できる。
 また、年齢やその他の属性を偽ることも難しくなり、マッチングの効率が向上する。
 さらに、学業優先、という教育関係者からの批判をかわして高校生を囲い込むため、基本的にレコメンドする異性のカード――情報がまとめられた個人ページ――は、無課金の場合一日一枚となっている。
 マイナンバーキーとの連携というただそれだけのことで、真正性と利便性が同時に担保される仕組みになっている。コロンブスの卵のように、リリースされてみればなるほどというばかりだが、政府の重い腰を上げさせて道を切り開いたビッグファミリーに、後発の競争相手はみな歯がみしている。
「でも、なんか怖くない? マイナンバーキーの登録って。自分のことを誰かに見張られるようになる、みたいな感じがして」
 一遥は怯えた声をあげた。
「いやいや、大丈夫っしょ。そんなことより色々な人と出会えることの方がわたしは楽しいと思うな。別に見られたって、わたしは別に怒られるようなことはしてない・・・いや、してはいるけどさ、怒られたらそれはそれで良いと思っているから。それに個人情報保護? みたいな文章にチェック入れとけば、流出しないようなシステムになっているみたいだよ」
 百伊は何でもないように言うが、一遥はそんな風には思えそうもなかった。
「そもそもマイナンバーキーからして、政府による監視を認めている制度だからね。もともとは税金の徴収とか、逆に給付金が手早く渡るようにするとか、そういう目的から始まったけれど、だんだんと企業がそこに目を付け始めて」
 千咲の解説が始まる。
「個人情報の一部を明け渡すことで、一遥の言うような気持ち悪さの代わりに、それ以上の利便性を得ることができる。個人情報が誰からもアクセスされない状況に安心を得る人もいれば、多少のアクセスを認めた方が便利だと思う人たちもいる。どちらを選ぶかはその人次第だからね」
 客観的な見方である。
 そういわれてみると、一遥は自分が絶対に正しいと言えるかどうか分からなくなってしまう。
「ちぃちゃんはどっち?」
 それで千咲自身の考え方を聞いてみた。
「わたしは利便性に一票」
「ほーう、意外。ちぃは貞淑っていうの? なんかそういうのが大事ってタイプかと思っていたよ」
 百伊がからかうが、千咲は平然と、
「わたしはチャンスをふいにするのが嫌だと思うから。こんな田舎の町にいて、限られた男たちの中からパートナーを選んで一生を過ごすより、都会のイケメンたちに相手してもらいたいよね。だったら・・・」
 ピリ辛のコメントは一遥や百伊を批判するようでもあるが、考え方は人それぞれ、とさっき言ったとおりに達観しているのだろう。
 ちょうど新人戦の表彰が一段落して万雷の拍手が体育館を満たしたので、千咲の言葉の語尾は聞こえないままになってしまったが、
(ちぃちゃんは、大学は大阪とか、東京とか、出て行きたいと思っているってことかな)
 一遥はその語尾を勝手に補いながら、自分は何も考えていないな、と焦りを抱いていた。
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登場人物紹介

堀内(ほりうち)(いち)()   引っ込み思案で優柔不断。読者の共感ともどかしさを煽る主人公。

十和(とわ)    十七歳。一遥とマッチングした不思議な青年。時代がかった話し方をする。

(ふじ)(こと)百伊(ゆい)   モンキーを乗り回すヤンキー。若いママになりたい。

(はやし)()(さき)   理知的な少女。テニス部所属。イケメン大好き。

佐波(さわ)(のり)(みち)  一遥と百伊と同じ集落から通学する男子。千咲とはテニス部で一緒なので、三人の話題によくのぼる。

<先生たち>

小寺先生  愛梨ちゃん。美術部顧問。FM好きのアラサー。

松浦先生  まっちゃん。生活指導の肥ったおっさん。お菓子大好き、バイクも好き。

今村先生  ラーメン。一遥たちの担任。そういえばこいつも二十代男子。

<一遥の親族>

堀内(とし)(ゆき)

おじいちゃん(父の父)無口で無愛想。じっとできない人。すぐに山仕事に行ってしまう。



堀内スミレ

おばあちゃん(父の母)おしゃべりで、おじいちゃんとはバランスがとれている。



堀内(もと)(ゆき)

お父さん 小学校の先生 理屈っぽく厳しいが、暖かい。



堀内(あおい)

お母さん 小学校の先生 マイペース。よくペットの譲渡会に行く。



アンスリウム

アンちゃん。堀内家の賢くて元気な愛犬。

小倉彰人(あきと)  はとこ(祖父の妹の孫)京都にある巧緻舎大学の三回生。ラグビー部のスタンドオフ。

久間英治

二十三歳。百伊とマッチングした海北市の地主の息子。商科大学卒。


常井健太郎

十八歳。千咲とマッチングした大阪の大学生。俳優の坂道健太郎と仁藤健太郎を足して二で割ったイケメン。

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