二、店員とお客様・5
文字数 2,034文字
「みきさんに夕食に誘われた? どうして?」
「分からないけど……とりあえず、行ってみるつもり」
閉店後、レジでの出来事を報告すると、都築君は不思議そうに首をかしげた。
「ジュンさんとさなみんの話を聞きたいんですかね。そもそも、みきさんはさなみんのことを知っているんでしょうか?」
「どうなんだろう」
彼は少し考え込むような仕草をしてから、わたしに頭を下げる。
「本当は俺も行きたいところなんですが、勝手について行ってみきさんの機嫌を損ねるわけにもいかないので……すみませんが杜羽子さん、よろしくお願いします。しっかり様子を見てきてください」
「どうしたの、改まって。……同年代の女の子とご飯なんて久しぶりだから、わたしは結構楽しみにしてるんだよ。友達ができるかもしれないし」
珍しく真面目な顔をした都築君に動揺しつつ、できるだけわざとらしくなく笑おうとすると、彼の方もほっとしたように笑った。
みきさんからのメールで待ち合わせ場所に指定されていたのは、カンヴァス近くのレストラン。大学生御用達の、安くてそこそこお洒落なイタリアンが食べられる店だ。
実はジュン君も一緒だったりしないだろうかと淡い期待を抱いていたが、残念ながらそうではなかったらしい。店に入るなり、ひとりで二人掛けの席に座って本を読んでいるみきさんが目に映って、わたしは身を固くした。
「アルバイト、お疲れ様。急に誘ったりしてごめんね」
緊張しつつジャケットを椅子の背に掛けていたところ、みきさんから話しかけてくれた。
いきなりジュン君と早奈美ちゃんの仲について問い詰められるようなことはなさそうで、ひとまずは安堵する。
「いえいえ。今日は家に食べ物もなかったので、ちょうど良かったです」
わたしはみきさんに手渡されたメニューを一瞥して、早々とパスタセットを頼むことに決めた。
みきさんのほうも既に決めていた様子だったので、近くにいた店員さんを呼んでさっさと注文を済ませてしまう。
「でも、どうしてわたしを誘ってくれたんですか?」
「あなたのほうが、話しやすそうだったから。男の子を食事に誘うと角が立つかもしれない、というのもあったわ」
みきさんが話してくれたのは、誘うのが都築君ではなくわたしだった理由。そうじゃなくて、単にカンヴァスの店員を誘った理由を聞きたかったのだけれど。
とはいえ否定するのもなんなので、引き続き、彼女の話を聞くことにする。
「そもそも高校生で茶髪の男の子って少し、怖くって」
みきさんは困ったような、あるいは恥ずかしい失敗談を語るときのような顔をした。
その物言いが腑に落ちなくて、わたしは思わず聞き返す。
「怖い? みきさんだって染めてますよね」
「そうだけど、高校生で染めるのと大学生で染めるのって、少し違わない? クラスメイトの目が気になっちゃって、私にはできなかったな」
はじめは理解できなかったが、しばらくしてなんとなく、みきさんの言わんとすることが分かるような気がした。
自分が高校生だったときのことを思い返す。どちらかといえば大人しいグループに属していたわたしにとっては、高校生のうちに髪を染めるだなんて、調子に乗っていると思われそうでとてもできないことだった。
都築君はクラス内で、そうは思われない、あるいは思われたとしても気にしないでいられるくらいのポジションにいるのだろう。そう考えると少し怖いというか、自分とは違う人間のように見えてくるような気もする。
「分からないでもない、ですけど」
一応同意してみるが、みきさんも同じような考えなのだろうか。だとしたら意外に思えた。
わたしは店でみきさんを見て、何というか芯が強くて自分に自信がありそうな……周りの目など気にしないか、あるいは周りから一目置かれているイメージを勝手に持っていたから。
「でも都築君、話すと全然怖くなくて、意外と真面目なんですよ。進学校に通ってて、わたしよりよっぽど勉強できますし」
「そうなの? まあ、進学校ほど校則がゆるかったりするものね」
みきさんはすっと目を細めて笑う。何が面白かったのかは分からなかったけれど、案外話しやすい人なのかもしれないと感じられた。
危うく都築君が話題の中心になりかけたところで、わたし達と同年代に見える店員さんがスープとサラダを持ってきてくれた。
ほとんど具の入っていないコンソメスープと、野菜ミックスにドレッシングをかけただけに見えるサラダ。お世辞にも美味しそうだとは言えないけれど、どこか安心感がある。
「そうだ。私が聞きたかったのは、都築さんのことじゃなくってね」
タイミングの良い給仕のおかげで、みきさんは思いがけず本題を思い出してくれたらしい。わたしはええ、と相槌を打つ。
「淳のこと。最近彼、お店でずいぶんお世話になっているそうじゃない?」
「それは……」
「高校生の女の子との待ち合わせに使わせてもらっている、とか」
予想していた流れにもかかわらず、わたしは返答に詰まった。
「分からないけど……とりあえず、行ってみるつもり」
閉店後、レジでの出来事を報告すると、都築君は不思議そうに首をかしげた。
「ジュンさんとさなみんの話を聞きたいんですかね。そもそも、みきさんはさなみんのことを知っているんでしょうか?」
「どうなんだろう」
彼は少し考え込むような仕草をしてから、わたしに頭を下げる。
「本当は俺も行きたいところなんですが、勝手について行ってみきさんの機嫌を損ねるわけにもいかないので……すみませんが杜羽子さん、よろしくお願いします。しっかり様子を見てきてください」
「どうしたの、改まって。……同年代の女の子とご飯なんて久しぶりだから、わたしは結構楽しみにしてるんだよ。友達ができるかもしれないし」
珍しく真面目な顔をした都築君に動揺しつつ、できるだけわざとらしくなく笑おうとすると、彼の方もほっとしたように笑った。
みきさんからのメールで待ち合わせ場所に指定されていたのは、カンヴァス近くのレストラン。大学生御用達の、安くてそこそこお洒落なイタリアンが食べられる店だ。
実はジュン君も一緒だったりしないだろうかと淡い期待を抱いていたが、残念ながらそうではなかったらしい。店に入るなり、ひとりで二人掛けの席に座って本を読んでいるみきさんが目に映って、わたしは身を固くした。
「アルバイト、お疲れ様。急に誘ったりしてごめんね」
緊張しつつジャケットを椅子の背に掛けていたところ、みきさんから話しかけてくれた。
いきなりジュン君と早奈美ちゃんの仲について問い詰められるようなことはなさそうで、ひとまずは安堵する。
「いえいえ。今日は家に食べ物もなかったので、ちょうど良かったです」
わたしはみきさんに手渡されたメニューを一瞥して、早々とパスタセットを頼むことに決めた。
みきさんのほうも既に決めていた様子だったので、近くにいた店員さんを呼んでさっさと注文を済ませてしまう。
「でも、どうしてわたしを誘ってくれたんですか?」
「あなたのほうが、話しやすそうだったから。男の子を食事に誘うと角が立つかもしれない、というのもあったわ」
みきさんが話してくれたのは、誘うのが都築君ではなくわたしだった理由。そうじゃなくて、単にカンヴァスの店員を誘った理由を聞きたかったのだけれど。
とはいえ否定するのもなんなので、引き続き、彼女の話を聞くことにする。
「そもそも高校生で茶髪の男の子って少し、怖くって」
みきさんは困ったような、あるいは恥ずかしい失敗談を語るときのような顔をした。
その物言いが腑に落ちなくて、わたしは思わず聞き返す。
「怖い? みきさんだって染めてますよね」
「そうだけど、高校生で染めるのと大学生で染めるのって、少し違わない? クラスメイトの目が気になっちゃって、私にはできなかったな」
はじめは理解できなかったが、しばらくしてなんとなく、みきさんの言わんとすることが分かるような気がした。
自分が高校生だったときのことを思い返す。どちらかといえば大人しいグループに属していたわたしにとっては、高校生のうちに髪を染めるだなんて、調子に乗っていると思われそうでとてもできないことだった。
都築君はクラス内で、そうは思われない、あるいは思われたとしても気にしないでいられるくらいのポジションにいるのだろう。そう考えると少し怖いというか、自分とは違う人間のように見えてくるような気もする。
「分からないでもない、ですけど」
一応同意してみるが、みきさんも同じような考えなのだろうか。だとしたら意外に思えた。
わたしは店でみきさんを見て、何というか芯が強くて自分に自信がありそうな……周りの目など気にしないか、あるいは周りから一目置かれているイメージを勝手に持っていたから。
「でも都築君、話すと全然怖くなくて、意外と真面目なんですよ。進学校に通ってて、わたしよりよっぽど勉強できますし」
「そうなの? まあ、進学校ほど校則がゆるかったりするものね」
みきさんはすっと目を細めて笑う。何が面白かったのかは分からなかったけれど、案外話しやすい人なのかもしれないと感じられた。
危うく都築君が話題の中心になりかけたところで、わたし達と同年代に見える店員さんがスープとサラダを持ってきてくれた。
ほとんど具の入っていないコンソメスープと、野菜ミックスにドレッシングをかけただけに見えるサラダ。お世辞にも美味しそうだとは言えないけれど、どこか安心感がある。
「そうだ。私が聞きたかったのは、都築さんのことじゃなくってね」
タイミングの良い給仕のおかげで、みきさんは思いがけず本題を思い出してくれたらしい。わたしはええ、と相槌を打つ。
「淳のこと。最近彼、お店でずいぶんお世話になっているそうじゃない?」
「それは……」
「高校生の女の子との待ち合わせに使わせてもらっている、とか」
予想していた流れにもかかわらず、わたしは返答に詰まった。