第64話 家族はどこも同じようかな

文字数 2,717文字

今から、10年くらい前になる。
私の家は3人家族。婚期を逃した娘のヨーコ。私の実力をを認めない妻のケーコ。
家は桶川駅近くの3LDKのマンション。夫々一人一部屋で過ごしている。
お風呂は娘から妻の順で入る。私の番が回ってくるのは夜の10時過ぎ。
その時間には眠くなってしまう。もう何十年か夜のお風呂に入ったことがない。

私の寝る時間は夜の10時と決めている。汗だくでもそのまま布団に入るしかない。
特に妻子に弱みがあるわけではない。いつの間にかそんな風に決まってしまった。
朝、冷たくなったお風呂に入る。

根は真面目、夢中になると止まらない。曲がったことが嫌いな性格。
自分からやるのはいいが、人から指図されたくない。
一般的には協調性のない頑固者といえるのかもしれない。
会社では部下に慕われ、上司には恐れられていた。
自宅へ帰るとただの加齢臭のあるおじさんになる。
便所で立ってションベンすると怒られる。ビール2本飲もうとすると怒られる。
携帯持ちたいというと怒られる。自分で稼いだお金なのに理由がないともらえない。
なんだか変だと思う時がある。

私はいつも夜中の3時に起きる。夜中の執筆作業はだれにも邪魔されることがない。
この時間だけが人間らしく過ごせる時間。

朝6時が家族全員の起床時間。
ふすまを開けて、私の「おはようございます」で朝が始まる。
妻は「はい」と返事をする。
娘は「はい、おはよう」と返事をする。
トイレは二人が入ったあとでなければ入れない。
娘の便の香りがするトイレでオシッコをする。

自分の部屋の布団は自分で畳む。これが結構面倒な作業だ。
ベットだったらいちいち畳まなくても済む。
ベッドがあれば布蒲団をたたまなくていいなと思う。
ある時妻に相談した。
「ベッドでも買おうか」と言った。
「そんな大きい物を買ったら寝る所がなくなるよ」と言われた。
「それもそうだな」と納得した。
ベッドは寝る所なのにと思ったが、それを言うと怒られる。

何かおかしい。家庭では自分の意見がほとんど通らない。
これが家族の幸せの形かもしれない。

私の娘は顔は似ているが性格は似ていない。それを言うとしばらく話をしない
性格はお父さんに似なくって良かったと言う娘。
連休の前に妻子に聞いた。
「連休はどこに行きたい?」
「太田の金山に連れてって」
「なんで」
「うん、なんとなく」
「他には?」
「茨城のワープステーションという所が面白そう」
「わかった」
金山はの私の初デートの場所だ。私の生まれた実家に近い所にある。
茨城は妻の故郷だ。ワープステーションはそこから近い所にある。

連休の前に娘に聞いた。
「どこか行きたい所はある?」
「おじいさんとおばあさんのお墓参りに行きたい」
「なんで?」
「墓参りすると、何となく気持ちが落ち着くよ」
「太田と土浦の両方か?」
「うん、片っぽだけじゃ落ち着かないよ」
「わかった」
連休の行楽地に墓参りを発想する娘の心を不思議に思う。
私は特に信仰心が強いほうではない。仏様を大切にしろと娘に教えた事もない。
仏様を大切にする事も特に話題にしたことがない。

5月3日の朝8時に桶川を出発した。
今住んでいる桶川市から太田市までは約50km。
ワープステーションのある「つくば未来市」までは120km。
車が混んで行き着かなければそれはそれでその時だ。

最初は11時頃に、舘林にある私の両親のお墓に付いた。
GWなので普段の3倍の時間がかかった。
墓石を水洗いして、途中で買ってきたお花とお線香を供えた。
お墓には小さなアマガエルが座っていた。お墓の周りを一匹の蝶々が飛び廻る。
「アマガエルはきっと亡くなったおじいさんだよ」
「そうかなあ」
「蝶々は亡くなったおばあさんだよ」
「そうかなあ」
「ああ、よかったこれで落ち着いた」と娘が安心する。

次は茨城県の土浦市まで向かう。途中で娘が心配そうに言う。
「車の中に小さな虫が入っちゃったみたい」
「どんな虫?」
「小さい緑っぽい虫。どっかへ隠れちゃった」
「気にしないでムシしろよ」
「お墓から連れてきちゃったみたい。なんか気になるよ」
「じゃあコンビニに車を止めるから、気が済むまで探したら?」

途中のコンビニの駐車場で虫を探した。妻と娘で夢中で探している。
すべての荷物を外に出して座席をくまなく探している。
ダッシュボードまで開けて探している。私も適当に探している振りをした。
20~30分たっても見つからない。諦めたようだ。やっと先に進める。

コンビニで食べ物と飲み物を買って車の中で食べた。
妻が横に座り、娘は後ろでリラックスしている。
娘は妻と私のくだらない会話を聞いている。
狭い空間の家族三人の関係が心地よい。

舘林のお墓から「つくば市」までは約100kmある。
ワープステーションを探す。
ワープステーションは大河ドラマ「龍馬伝」の舞台セットがある所だ。
江戸時代の街並みや武家屋敷、料亭、旅籠等が再現されている。

案内図をプリントしてきたが、中々見つからない。
ガソリンスタンドで聞く。コンビニで聞く。道を歩くおじさんに聞く。
途中田舎の小さな駅に迷い込んだ。客待ちをしているタクシーの運ちゃんに聞いた。
「カーナビ持ってないのけ?」
「はい、持ってないんですよ」
「ここはけっこうややっこしいとこだっぺよ」
「どっちの方角になりますか」
運ちゃんは訛りの強い茨城弁で教えてくれた。

田んぼの中の曲がりくねった道を探し回る。それでも中々見つからない。
妻は「もう、いいよ帰ろう」と言う。
娘は「もう少し探そうよ」と言う。
私は「必ず見つかるよ」と言って探し続ける。
目標は探していれば必ず近づいてくる。
3人とも性格が違う。
辿りついた時は午後3時過ぎになっていた。

心の中では、もしかしたらボケではないかと心配だった。
若い頃なら、もう少し早く探し当てただろうと思った。
ワープステーションに着いた時には、イベントすべてが終了していた。
人も閑散としていた。それでもすべての建物をしみじみと見て回った。
会場では土埃が風に舞っていた。

次は土浦のお墓に向かう。もう時刻は夕方の4時になっていた。
出発してからすでに8時間、走行距離は200kmを越えていた。
土浦のお墓でも、墓石を水で洗いお花とお線香を供えた
「ああ、やっとこれで安心した」と娘が満足そうに言う。

不思議な娘だ。私には似ていない。
土浦から、桶川市までは約100km。帰りの道はいつもの道で帰る。

自宅に帰ったのは夜の8時半を回っていた。
朝8時に出発してから12時間を経過していた。走行距離300km。

意外と疲れが出ていない。自分のパワーもまだ衰えていない事に安心した。
「ああよかった、お墓参り楽しかったね」と娘が満足していた。

・・・・不思議な娘だ。妻にも私にも似ていない。

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