第22話 雄弁なる沈黙の一族、カンテミール家

文字数 1,494文字

今回はちょっと横道に逸れまして、小説の舞台を取り巻く歴史上の人物たちについてです。
作者が次の話題(書体)について調べ切れてないからじゃないの?
それはまあ、その通りなんだけどね?いらっしゃい、ヨハン。手伝ってくれて有り難う。
それは構わないけど、俺のアイコンどういうこと?
それはほら、ルーマニアと言えば、『ドラキュラ』と“串刺し公”だから、なのかな?
あのさ、俺の時代(十八世紀初頭)トランシルバニアはハンガリー領だから。ヴラド三世は、オスマン帝国との戦争や、領主たちの粛正でよく知られているけれど、若い頃は人質で、弟はオスマンに走るし、最後にはハンガリーの捕囚になって改宗させられた苦労人でもあるんだからな。
ワラキア人結構シャイだから!
分かってるよ。グリシナにしてもそうじゃない。シャイっていうより秘密主義だよね…
グリシナはモルダヴィア出身だろう? 母親はヘレニック(ギリシャ人)なんだっけ? 父方のご先祖はクリミア・タタールだよな。
“カンテミール”という名がそもそも、『カーン(Khan)タミール』からきているらしいからね。この地域は古くからスラブ人、ローマ人、タタールの侵攻、ドイツ騎士団の移住、オスマン帝国の支配、ファナリオテス(ギリシャ人名家)の進出と、多くの民族が共存してきたところだから。
そしてこういう才女が生まれると…。晩年のピョートル大帝に仕えたマリア・カンテミール、ディミトリエとカサンドラ・カンタクジノの娘で、グリシナのすぐ下の妹になるの? 似ているような似てないような。
マリア・カンテミール:US public domain
ピョートル最後の男子を産んだものの、その嬰児は皇妃エカチェリーナに毒殺されたと言われているのは、本文の通りです。エカチェリーナは、かつて自分がエヴドキナ・ロプーシナにしたように、マリアが自分にとってかわって皇妃になるのではないかと恐れていたらしい。
ピョートル一世は1725年に崩御して、結局エカチェリーナが後を継いだ。もし大帝が長生きして、マリアが皇妃になっていたら、世界史も随分変わっただろうね。
そうだね。ピョートルは嗣子に恵まれなかった。エカチェリーナの後、孫のピョートル二世が即位したものの、若くして崩御、ロマノフ家の男系血統は途絶えてしまった。
その後はアンナ(ピョートルの姪)、幼帝イヴァン六世、エリザヴェータ(息女)、ピョートル三世、そしてエカチェリーナ二世と…ロシアは内紛やらクーデターやら、対外政策も大揺れだったからね。
カンテミール家の話に戻すと、ディミトリエ・カンテミールはモルダヴィア公時代にロシアと結んでオスマン帝国に叛旗するが敗北し、ロシアに亡命しました。ピョートルは領地を与え、公爵待遇で受け入れたと言われています。
ディミトリエ・カンテミールには膨大な著作がある。ローマ史、ワラキア史、オスマン帝国史、言語・宗教研究、科学、音楽…この時代最大の文学者の一人だよな。セルジュもよく読んでる。
息子のアンティオカスは外交官としてロンドンとパリに駐在し、啓蒙学者たちと交流した。“ロシア詩の父”と呼ばれることになる文人だ。もう一人の息子コンスタンティンは、アンナ女帝への反逆罪で追放刑になってるけどね…
振れ幅の大きい家族だな…娘たちはエリザヴェータ女帝の宮廷で、才媛の誉れ高かったらしい。罰を与えられた奴隷身分の女性を匿ったマリアとスマラグダ(キャサリン)の逸話とか残ってるしね。
ロシアやモルダヴァでは、切手や紙幣にディミトリエの肖像が使われることがある。故国で愛される偉人なんだ。
…ムコ入りも大変だね、ラース。逆タマ?
何の話!?
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