月沃城

エピソード文字数 2,727文字

「……ここが『月沃国』か。……あの望楼!……すごい城だね」
 獏烏に先導されて、月沃城まで馬車で走る道のりを、窓から身を乗り出すようにして見ていた彪がつぶやいた。
 月明湖から『月沃国』へ行ったことのある暎蓮にも、見覚えのある白い望楼と、壮麗な城だった。
「月沃城のある、首都、『奇奉(きほう)』は、『月の下の都』だって、噂で聞いてはいたけれど、その名の通り美しいし、本当にいい空気だ」
「ええ。ここは『巫覡』たちにとって、最も過ごしやすい場所のようです」
 暎蓮は、彪のつぶやきに答えた。『月沃国』の空気の美しさは、以前、暎蓮自身が感じたことでもあった。
「お姫様は、矢条王様にお会いしたことがあるの?」
 彪が、暎蓮に尋ねてきた。
「はい。穏やかで、理知に富んでおり、王者の貫録を持った方でした」
 彪が、うなずいて、言う。
「ふうん。……そんな方が、扇様とお姫様を護ってくれようとしているのか。……心強いね」
「はい」
 暎蓮は微笑んだ。
「扇賢様」
 王音が、両腕を組んだ姿勢で、扇賢に声をかけた。
「なんだ?」
「こちらの装備は?」
「標準装備だ。相手は魔物だ、普通の武器は通用しないだろう。まともに使えるのは、俺の『丹水(たんすい)』と」
「わたくしが賜った、『散華』の二本ですか」
 二人の持つ愛刀二本は、民間の刀匠の手によって打たれたものではなく、霊力を持った、『玉雲王室御用達』の刀匠が打った、特別製のはずだった。
「あとは、暎蓮の、『破邪の懐剣』だな」
 暎蓮の『破邪の懐剣』も、『破邪』を名乗るだけに、霊剣の一つだ。
「俺は、鋲しか持ってないよ」
 彪がごそごそと、自分の懐を探りながら、言う。
「お前の鋲なら、相手が『邪気』を持つ者ならば、足止め程度にはなるだろう。……まあ、お前の特技は、肉弾戦である格闘や剣技ではなく、基本、あくまで『気』を練る『術』のほうだ。そちらに集中してくれればよいよ」
「ふうん」
 しゃべっている間に、城は近づき、前を走っていた獏烏が馬を止めた。扇賢も城の門の前に馬車を止める。
 獏烏の姿を見て、門兵が城門を大きく開けた。扇賢が、国境でも見せた、王族の印である、家紋の付いた短剣を門兵に見せながら、馬車を動かし、城に入れる。
 馬車は、城の奥近くまで入った。以前、扇賢と暎蓮が矢条王と面会した、謁見の間がある『越道宮(えつどうきゅう)』と呼ばれる宮殿の前で、獏烏は馬を止め、素早く降りて、地面に跪いた。扇賢も馬車を止め、御者台から降りる。『越道宮』の兵士たちが現れ、獏烏の馬を曳いていき、扇賢が御者台から降りると、一人は扇賢の代わりに御者台に乗り込み、ほかの者は馬車の扉を開け、暎蓮たちを降ろす手伝いをする。
 全員が馬車から降り、彼らの荷物を兵士たちが宮殿内に運んでいくと、馬車は、乗り込んだ兵士の手によって、車宿に運ばれていった。
 宮殿の入り口には、護衛の兵士たちのほか、以前、この国で出会ったことのある、(ちょう) 伊碗(いわん)将軍や、『玉雲国』の大使で、『月沃国』担当である() 彩夕(さいゆう)氏、この国の外務担当者の一人である大臣、理茶(りちゃ) 虞礼(ぐれい)氏が並び、膝をついて礼をしていた。
「お待ち申し上げておりました、扇王様。我が(あるじ)もご竜顔を拝見するのを楽しみにしております」
 まず理茶大臣がそう声をかけてきた。
「お三方とも、立たれよ。……私も、再び矢条王様にお目にかかることができるのを楽しみにしていたところです、理茶大臣」
 扇賢がそう答えると、つづいて、長将軍が言う。
此度(こたび)のことでは、ご足労いただき誠に申し訳ありません、扇王様」
「長将軍。……こちらこそ、この前は世話になったな」
「扇王様、長旅、お疲れ様でございます」
 微大使も言った。
「微大使、久しいな」
 扇賢は、目の前に立つ三人を眺め渡した。
 微大使が言う。
「先だってことが起きた際には、わたくしに、なにもお話しいただけなかったことを、恥じております」
 『昏天国』が『玉雲国』と名を変える事件のことだった。
「まあ、そう恨めしくするな。あれは、俺自身が出張らねばならない出来事だったのだよ」
 扇賢が苦笑する。長将軍が言った。
「隣国である我らの仲に、遠慮は無用のことです、扇賢様」
「そう言っていただけると、ありがたい」
 長将軍は、つづけて、扇賢の後ろに立っていた暎蓮に声をかけた。
「姫様……いや、お妃様にもお運びいただき、恐悦至極に存じます」
「長様、過日はありがとうございました」
 暎蓮が、一礼する。
「お妃になられて、また一層、お美しくなられましたね」
 長将軍は、珠玉の宝石を見るかのように、まぶしげに目を細めて、暎蓮を見た。彼は、暎蓮を自分の娘のように思っているようであった。扇賢に対しても、それは同じだろう。
 暎蓮は、そう言われて、恥ずかしそうに袖で顔を覆った。長将軍が、その、すれていない仕草を見て、また微笑む。
 扇賢は、一通りのあいさつが済むと、
「……理茶大臣、では、早速、矢条様に拝謁したいのだが」
 と、言った。
「は。お待ち申し上げておりましたところです。これより、すぐに」
 しかし、そこに長将軍が、王音を見て、口をはさんだ。
「こちらは、確か、扇賢様の武術指南役であられた、関様では……?」
「はい。長将軍、お久しぶりでございます。関 王音です」
 二人は、顔見知り程度ではあったのだろう。王音がやはり、男性の仕草で一礼する。これは、彼女が、もと『宮廷武術家』として玉雲王の臣下であった時の名残なのだろう。長将軍も同じく礼を返す。
「おととしの、『昏天国』、『砂養国(さようこく)』、『花国(かこく)』、『月沃国』主催であった、『四か国武芸会』で優勝なさいましたね、私も拝見いたしました」
「何分、力のない女の身、あれが精いっぱいでしたわ」
 王音の武術の腕は、『天地界』中で有名らしかった。
 扇賢が、ついでに話を先に進める。
「……それと、これは、俺の弟分の、白点 彪だ。この者は、『巫覡』の『術』が使えるから、此度のことでは役立つと思われるので、同行してもらった」
「彪と申します」
 彪も、慣れない口調であいさつしつつ、頭を下げた。
「長 伊碗と申します、お見知りおきを」
 長将軍は、庶民の、しかも子供でもある彪にもきちんと頭を下げた。彼も、まじめな性格なのだろう。
「主は、すでにお待ち申し上げております。皆様、どうぞこちらへ」
 理茶大臣は、もう一度そう言って、場を仕切り直し、宮殿内に彼らを(いざな)った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。『玉雲国』国王にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。

普段はがさつだが、武術と芸術には強い。単純な性格だが、恨みをあとに引きずらない。生涯の女性は暎蓮ただ一人と決めている。愛刀は『丹水(たんすい)』。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。扇賢の年上の妃で、『玉雲国』の『斎姫』も務める。扇賢に一途な愛を注ぐ。『傾国の斎姫』と呼ばれるほどの美貌で、狙われやすい存在。使う武器は、『破邪の懐剣』。

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。

街の『巫覡』であり、また『術者』。扇賢の街での弟分。温和な性格だが、戦いでは後には退かない。

暎蓮に生まれて初めての恋をする。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。

扇賢のもと・武術の師で、『天地界』中に名を知られた武術家でもある。普段は扇情的な美貌とプロポーションを持った妖艶な女。だが、さっぱりした性格なので、過剰な色気はない。

扇賢から奪った愛刀、『散華(さんげ)』を持つ。夫、子供有。


ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック