戦況の展開

文字数 3,110文字

 選抜と一般の文房具戦争当日、鵜鷺は風邪がまだ治っていないと下拾石から連絡された。SNSのクラスグループで言うのは心苦しかったのか、下拾石個人に連絡したそうだ。

「初日の作戦会議で鵜鷺に定規渡してたよな? てことは俺たちもしかして定規が一本ない状態で戦うのか?」

「そういうことになる」

 今は九時から十時の間の最終時間、もうすぐ戦争は始まる。始まる前は指定された本拠地で待機するのが決まりだ。

「作戦は話した通りだ。戦争開始と同時に全員教室から飛び出せ」

「おう!!

 全員から良い返事が聞けた。もしかしたら勝てるかもしれない、と期待を持たせる返事だ。

「もうそろそろだ。5、4、3、2、1、よし行け!!

 まずは散策隊が飛び出して敵の本拠地を探しに行く。なるべく定規は温存するため逃げ足を信じて鉛筆を持たせる。次に撹乱隊が出ていき同じ建物内で偽装しに行く。襲撃隊は敵の本拠地を探している間は狭い範囲だが建物の近くに散らばる。




「こちら散策隊、敵は三人一組で行動している模様。今奇襲すれば何人か倒せるかもしれない」

 学校側が支給してくれるヘッドセットを使いクラス内では通信ができる。相手の名前を呼ぶだけで機械は勝手に相手に繋げてくれる。もちろん、全体への伝達も可能だ。

「敵の罠の可能性も考えられる。攻撃はしないでそのまま尾行しろ」

「だけど、そいつら本拠地のある建物に近づいてるぜ。早めに建物が見つかったら......」

「心配するな。襲撃隊、三人ほど残して見つからないように散開してどこかに隠れていろ。正面入口で敵を一網打尽だ」

 既に裏口と窓は施錠したため、入るとしたら正面入口しかない。




「この建物少し怪しくないか?」

「入ってみるか」

「いやいやまてよ、罠でも張られてたらどうするんだ」

「そんなの大丈夫だって、相手は一般だぜ?これは戦争じゃなくてただの虐殺なんだよ。俺たち三人とも定規持ってるから楽勝楽勝」

 そう言って三人は建物の中に入っていく。入口を通った瞬間──

「今だ!!

「うぉ!?」

 入口の両サイドに隠れていた槍もとい鉛筆で体を貫かれる。

「痛っ......くない?」

 特殊文房具は体を貫いても実体が無いため痛みはない。だが、数値としてダメージは機械に記録される。その役割を持つのもヘッドセットだ。

You are dead

 という言葉がヘッドセットから聞こえた。これで選抜の三人は倒されたことになる。そして倒された3人のヘッドセットの電源は落ちる。

「まさか隠れてやがったなんて、うちの大将に連絡し忘れたぜ」

 戦死扱いになった者のヘッドセットは電源が落とされる。つまり仲間との連絡が取れなくなったということだ。

「さっさと戦死者室に行ってろ」

「分かったよ」

 戦死した者は各建物に用意してある戦死者室に送られる。この部屋では学校の至る所に設置してあるカメラから戦況を見ることができる。

「お前らの敗因は俺たちをナメたことだ」

 現在選抜27人、一般29人。





「全員応答しろ」

選抜の大将、延寿孝則(えんじゅたかのり)は数分おきに全体と連絡を取っていた。

「......三人応答がないな。やられたか」

 延寿も下拾石と同じように本拠地の人数を少なくして攻撃特化の体制をとっていた。選抜の本拠地にいるのは延寿も含めて三人だ。

「あの三人の区域は......全員に通達、総合棟と二号館の近くでやられた奴がいる。クラスの半数で見に行ってくれ」

 ここで延寿は一気に狙いをその2つの建物に絞る。実際、一般の本拠地は二号館にある。

「おそらくは奇襲にあったはずだ。その二つの建物を......いや、待て」

 選抜の本拠地に1人の生徒が入ってきた。それも一般クラスの生徒だ。その生徒は選抜クラスの生徒三人に見張られながら連れられて来た。

「私たちの本拠地は二号館よ。2階の真ん中辺りの教室にある。作戦も教える。これで私のペナルティはナシにして。それともうひとつ、一般クラスは鵜鷺が2日前から風邪で休みだから29人よ」

「情報提供感謝するよ。みんな、敵の本拠地は二号館2階の真ん中辺りだ。だが突撃はするな、他の人間も見つけて殺してペナルティを与えてやれ」

 戦死した者は個別のペナルティが与えられる。しかし自陣が勝てばそのペナルティはなくなる。つまり負けたクラスには個別ペナルティと全体ペナルティの両方を与えられる者が出てくる。
 つまり延寿は一般のほとんどの人間にペナルティを与えたかった。

「作戦はこうだ。三人くらいで本拠地の近くをうろちょろして心配になって後ろから近づいてくる敵のさらに後ろから回り込んで潰せ」






 現在、時刻は10時40分。文房具戦争が始まって40分が経過していた。

「散策隊応答しろ」

 下拾石は焦っていた。既にクラスの半分以上からの応答が無くなっていたからだ。錯乱隊と散策隊の全員から連絡はつかなくなった。残りは10人もいない。
 20分を過ぎて選抜が的確に潰しにかかってきた。まるで全てを見透かされているように。
 現在の戦況は選抜二十数人VS一般数人だ。

「吉田さんと安田と多多方は何の連絡もなしに消えたな」

 この三人は散策隊に入る足が速い三人だ。残りの二人は戦死する前に交戦連絡が入った。

「こちら安田!」

「安田か! 状況はどうなっている?」

 ようやく安田から連絡が入る。だが、状況は全く明るくない。

「目の前で多多方がやられた。吉田さんも建物内に入ってやられたと思う。俺は命からがら逃げてきた」

「よく生きていた。全員に通達、一度本拠地に集まってくれ」

 そう全員に連絡した後、大将の権限の一つを行使する。

「敵の大将に繋げ、こちら下拾石だ」

 大将権限の一つ、それは大将同士はヘッドセットでやり取りができるということだ。

「どうしたんだい? 下拾石くん。あ、君が心配していた裏切り者、俺が始末しておいたよ」

 下拾石はあらかじめある条件のもとに裏切り者がいたら通達するという約束をした。口約束だが破っても向こうには得がないため守ると確信していた。
 戦争中に裏切り者の存在がいることは薄々感づいていた。そうでなければ途中から作戦が筒抜けになっているはずがない。だが今は裏切り者より重要なことがある。

「俺たちの負けだよ。俺がそっちの本拠地に向かうからもう誰も殺さないでくれ」

「潔く負けを認める、か。連絡をしてくると言うことは君が大将で間違いないね。じゃあ条件は一つ」

「生き残ったやつは今本拠地に集めている。心配するな」

「さすが大将、分かってくれて助かるよ。俺たちの本拠地は四号館にあるから来たら案内させるよ。一応人数確認のためにそっちにも人員を送る」

「分かった」

「なぁ下拾石、どういうことだよ。何で敵の大将と連絡取ってるんだよ!!

 延寿と連絡しているうちに一般のメンバーは集まってきていた。生き残っているのは下拾石を含めても8人。

「俺たちの負けだ」

 そう下拾石が言った時、そこにいたみんなが膝を落とした。

「そんな、俺たち頑張ったじゃねぇかよ!!

「今のところは、な」

「......は?」

「希望が一つだけある」

「希望って、そんなのどこにあるんだ!」

「あるじゃないか、俺たちには取っておきが」

 そう言って、下拾石はマイクに話しかけた。
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