はじまりの国・ウルブス編(4)

エピソード文字数 2,368文字

目の前に、人がいた。
いや、虚ろな眼、灰色の顔、血生臭い吐息、

人間ではない、ゾンビが目の前に

「い、」

急いで扉を閉めようとするナギ。しかしゾンビは扉を押し開け入って来た。

ナギは倒れ込む。後ずさる。怖い怖い怖い怖い。迫って来るぐちゃぐちゃしたゾンビ。呻きながら、ナギを捕まえようと枯れ木のような指を伸ばす。ナギの腕が脚が震えて思うように動かせない。心臓がバラバラに破裂しそうになる。声さえ出ない目が閉じられない。

があ! ゾンビがかぶさるように飛びかかって来た。ナギはなんとか避け、這い逃げる。さっき少女がいた教室へ。もがきながら逃げ込む。その足を、

掴まれた。

物凄い力で引っ張られる。逃げられない。ナギの指先は何かに掴まろうと空をもがく。ここまで逃げて来たのに、助けてもらったのに、ここで死ぬ、ここで死ぬんだ。お兄ちゃん! お兄ちゃん!

「ウガアアアアッ!」

ゾンビの叫びが轟いた。

次の瞬間、

足が自由になった。

グラディ! グラディが来てくれたんだ! ナギは這い逃げ、机にしがみついて涙でぼろぼろの瞳でゾンビを見た。

ゾンビはまだナギに掴みかかるかっこうで腕を伸ばしていたが、

その腹に槍が突き出していた。

「グゲェッ!」

ゾンビがもう一度叫び、倒れる。

その向こう側に、少年が立っていた。
少年は、構えていた槍をゾンビから抜き、眼鏡の奥の目でナギを見た。

「キ、キミ……だ、大丈夫?」

助けてくれたのはグラディじゃなかった。見たことのない人。でも、おそらく同じくらいの年だ。少年はナギをじっと見つめている。

「……あ、あ、」

ナギは何か言おうとしたが、未だ全身がガタガタと激しく震えていて言葉さえ出せない。掴んでいる机さえナギの震えでガタガタと音を立てている。少年が我にかえり、口を開いた。

「あ。ボ、ボクは」


「ランス!」

少年が名乗ろうとした時、そう呼んだのはグラディだった。

「ナギ、大丈夫? ランス、ナギを助けてくれたんだね、ありがとう!」

グラディはランスにそう言いながらナギに駆け寄り、震える肩に手を置いた。

「彼はランス。俺の友達だよ。スコラの同級生だ。この国イチの槍の使い手さ」

続いてグラディは、ランスにナギを紹介した。ランスは赤くなりながら、ナギにペコリと頭を下げた。

「こんなところにまでゾンビが来たのか。ここも安全じゃないってことか」

グラディがナギをかばいながらそう言う。そこへ、

「グラディ! 化け物がスコラに侵入しようとしている。勇敢な男手が必要だ。行けるか?」

グラディの父がやって来てそう言った。確かにグラウンドの方が騒がしい。

「うん。父さんは実技場の人達を守って。ナギ、歩けるかい? 父さん、ナギを」

グラディはナギを父に預けると、腰に縛りつけておいた雷剣を握りしめた。

「ランス、一緒に来れるかい?」

「ま、任せて。でも槍で多数を一度に倒すのは不利だよ。グラディ、ボ、ボクは後方を守る」

「うん。任せたよ」

グラディは一度だけナギを見て、大丈夫だよと言うように頷き、ランスと共に走って行った。


スコラ前門。手に手ににわか武器を持った男達がゾンビと戦っている。しかし数が多い。攻撃をかわしたゾンビが次々と校舎めがけて侵入してくる。

「行くぜ、ランス! 後ろは頼んだぞ!」

グラディは青く光る雷剣を構えてゾンビの群れに突っ込んで行った。

「うおおおおっ!」

エジェットの見込みは正しかった。グラディは一度の戦闘で、既に雷剣を使いこなせるようになっていたのだ。襲いかかるゾンビの群れをかいくぐるように、すり抜けるように走りながら、グラディはつかみかかるゾンビを旋風のごとく斬り倒して行く。雷剣に稲妻が走り、黄金の光を放つ。

「来い、化け物!」

ランスが頭上で槍をビュンビュン回す。ひゅう! 風が切り裂かれ、鋭く鳴く。ひるんだゾンビを素早くなぎ倒し、あるいは突き倒す。ランスの動きもグラディに負けてはいない。

グラディが戦いの前線にたどり着いた。迫るゾンビの波。光る雷剣を構える。額に全身全霊を集中し、剣に気を送る。

「飛龍……」

雷剣が朝日のごとく光を放ち、ゾンビの動きを止める。そして。

「雷光波あああっ!」

光の波動が物凄い勢いでゾンビの壁に走る。衝撃波が空間もろともゾンビを一瞬にして斬り裂く。轟く音が龍の啼き声を放った。


スコラは守られた。

ゾンビは全滅したらしい。静寂の風が戻って来た。

「ふう。やったね、グ、グラディ」

「うん、ランス、ありがとう」

「槍が折れちゃったよ。ウ、ウチにしまってある(もり)を持って来なきゃ」

「うん。そうだね。まだまだ油断できない」

そもそもランスが使っていた槍は、スコラの実技で使っている闘槍用の槍だ。実戦に使う想定などされていない。

「グ、グラディ、血まみれだね」

「うん。ゾンビの血なんて、余計気持ち悪いよ。シャワーを今すぐ浴びたいよ」

グラディはそう言いながら、本当に気持ち悪そうな顔をした。





夕刻になって、半数近くの人達は自宅に帰って行ったが、家を失ってしまった人や不安がおさまらない人は実技場にとどまった。

連邦政府の救援が早朝やって来るという情報に、避難の人々はなぜ今日のうちに来ないのかと憤りはしたものの、とりあえず明日にはなんとかなるのだろうと微かな希望を抱いた。

グラディの家はゾンビの襲撃を受けたとはいえ、最低限のライフラインは無事だったから、グラディもナギも、夜はグラディの家で過ごすことができた。ランスも自分の家に帰って行った。



ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

ナギ ……本篇主人公。16歳。失踪した兄を探すため、冒険の旅に出る。

パセム……ナギの兄。ナギを守るためにゾンビと戦い、行方不明になる。

アビス……ナギの親友。元気よく、いつもナギを励ます。パセムを慕っている。

フロス……ナギの親友。明るく好奇心旺盛で、人なつこい。

ムジカ……ナギの親友。おっとりした少女だが、天才的ピアニストでもある。

グラディ……ナギの幼なじみで、連邦一の剣士。一子相伝の雷剣の使い手。

ランス……グラディの親友で、連邦一の槍使い。口下手でどもるところがある。

エジェット……グラディの祖父で剣の師匠。

リン……黒いゴスロリの黒魔法師少女。右頰にコウモリのタトゥがある。

ピンセル……リンと一緒におり、空間の隙間を走る車を操る。喋らない。

リョータ……メルカートおじさんの家で出会った七色インコ。

ノートン……真実を伝えるベリテートのジャーナリスト。

悪魔……???

ルナ……ハティナモンで出会った不思議な女の子。回復魔法が使える。

ティマ……連邦とは海を隔てたモルニ国出身の女の子。ネピオルネスのスコラに通う。真面目でしっかり者。

アミィ……ティマの親友で、同じくモルニ国出身。活発で明るい性格だが、スコラはさぼりがちになっている。

レン……リンの姉で、数少ない白魔法師。様々な回復系魔法を使う。誰よりも優しいが、変わり者な一面もある。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み