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文字数 2,967文字
表面にはいくつもの紋様が重ねられ、ほとんどでたらめの線のようだった。
わずかに蓋が開いた時、紋様が溢れた。
〈水没〉に見舞われていないのだ。
左にそびえるのは堅牢な
訓練が終わったのか、または非番なのか。兵士たちが壁の陰や木陰に座り、くつろいでいる。
談笑したり、賭け事をしたり。
昼寝をしている者もいた。
見えないのだろう。
その感触は、山中の湿った土と草のもの。
首筋に何かが当たったようだった。
一緒に札遊びをしていた兵士がまずそれに気付いた。
その体が前のめりに傾くと、見ていた兵士は初めて、悪い冗談を聞いたかのように、表情を変えた。
ふざけるのはよせ、怒るぞ、とでも言いたげだった。
この城塞に突如として現れた、それは。
この城塞は見たところ、三階建てか四階建てか。
その
その沈黙は、張り詰めて、それでいて妙に浮わついていた。
何か新しい、面白い
次の刺激で場が爆笑に包まれてもおかしくない感じだった。
同じ笑いが二人、三人。
ついにその軽薄な笑いが誰かの口から漏れた。
待ち構えていたように、影が落ち、
視界は完全に土の雨で塞がれている。
と、空が見えた。
今度はイグネフェルは空中にいた。
その土煙は、襲撃者を迎え撃つ城壁の数々の紋様の輝きで淡く光っていた。
土も岩もなお降り注ぐ。
城塞が破壊されるのは時間の問題に思えた。
そして。それらの破壊の源が、空中でただ一人、翼を広げていた。
青年は低い高度を保ち、姿を土煙の中に隠した。
少女は真正面から敵の紋様術師に立ち向かうようだ。
その姿が大きくなってくる。
そして表情がわかるようにまでなった。
たて続けに二度、三度、紋様どうしがぶつかり合う。
それは互いを相殺し、砕け、弾け飛び、さまざまな色と形の光が正面から互いを貫こうとし、背後に回りこもうとし、頭上や足許から相手を捉えようとした。
早すぎて、見ているだけのイグネフェルには個々の紋様を見抜くなどとてもできなかった。
弩兵も小銃兵もいない。
あるのは紋様。
加えてひときわ目立つのが、攻城櫓の大鏡。
空飛ぶ船の大鏡から、熱線が放たれた。
鏡は巧みに向きを変え、敵の紋様術師を追う。
紋様術師が少女の背後に回る。
糸が少女を縛り上げた。
身動きを封じ、盾として己の体にかざす。
熱線が直撃し――
イグネフェルは山の中に一人。
大気は湿り、空は曇り、じっとりと蒸し暑い。
気付けば両手に土を握りしめていた。
記憶を解かれた木箱からは、すべての紋様が消え失せていた。
堪らない思いにかられて、イグネフェルは地を蹴る。
衝動的に翼を開き、緑の闇を抜ける。
大地を見下ろす。
泥。
泥。
泥。
泥。
きれいな水が欲しかった。
せめて手だけはきれいにしたかった。
海を見つけた。
頭から飛び込む。
それでも記憶は洗えない。
海面に顔を出した。
浅瀬へ泳ぎ、足がつく場所まで着くと、あとは歩く。