第4話 シスターが修道服とは限りません。

文字数 1,661文字

あはは……助けようとしたって無駄よ。この毒を受ければ、肉も内臓も溶かされて出血多量で死ぬしかないわ。

左右に握りしめたスローイングナイフからたっぷりと塗られた毒を滴らせ、怪人は無慈悲に言い放つ。一部の蛇が持つ出血毒は、強力な消化酵素であらゆる細胞組織を破壊させ、腎機能障害まで引き起こす。その中でも、ゴールデンランスヘッドという蛇は同種の蛇より五倍近く強い毒を持っており、肉をも溶かす即効性を持っているという。

メグミさん、しっかりしてください!

駆け寄ったカナが慌ててメグミを抱き起こす……はずだったが、腕に全く重みを感じない。気がつくと、そこにあったのは先ほどまで彼女が着ていた簡素な修道服だけだった。

なっ、どこに消えた!?
ここですよ。
再び背後から声が聞こえて、怪人はゾクリと悪寒を感じる。振り返ると、にっこりと微笑みを浮かべたメグミが先ほどと変わらぬ姿で立っていた。
そんな……服を身代わりにして攻撃を避けたならともかく……同じ格好で!?
ふふふ……コスプレイヤー神野メグミの着替え速度を舐めてはいけません。
あの修道服ってコスプレだったんですか!?
今更事実を知ったカナは思わず叫ぶ。どこから変わりの修道服を出したのか、なぜ怪人の攻撃を躱せるほど速く動けるのか、とにかくツッコミどころが多すぎる……ちなみに、修道服は「神と人への奉仕にささげられた者」を表すしるしであり、清貧の生活を象徴して簡素に作られている。最近では、見た目で一般の人との壁を作らないよう、敢えて修道服を着ない修道会も多くあるのだ。
くそっ、今度こそ食らいなさい!
再び両手に握りしめた刃物がメグミに向かって放たれる。しかし、その刃が彼女のもとに届くことはなかった。瞬時に、金属のぶつかり合うような音が響き、複数の刃はカランカランっと地に落ちる。
そう焦るな。お前の標的はもともと俺だっただろう?
なっ……さっき剥がれ落ちた鱗を使って!?
そう、ハジメは自らの鱗を手裏剣のように飛ばし、怪人の刃がメグミに刺さるのを防いだのだ。
「剣を取る者は皆、剣で滅びる(*5)」……悪いことは言わない、頼むから刃物を納めてくれ。
ちょこちょこ聖書を挟んでくるわね……それならあんたが滅びなさい。ずっと最前線で血にまみれた戦いをしてきたくせに!
確かに、ハジメはかつて誰よりも多くの怪人を葬ってきた。ファングマスターという名のごとく、敵を容赦なく噛み砕き、刺し貫いた戦いの日々……しかし、彼は気づいたのだ。人を守るために戦えば戦うほど、人を壊す力も増えていくことに……自分自身も壊れていくことに。
スネイク・マーダー、俺を倒して何かを守ろうとしても、壊れるものが増えるだけだ。
次々と放たれる刃を躱しつつ、ハジメは彼女に語りかける。

今は「怪人」として生きていくしかないって思ってるだろう? 俺も力で解決するしか方法はないと思ってた。でも違うんだ……俺たちは変われるし、変えられる!

うるさい……私だって何度も何度も治そうとしたの! 髪を切って皮膚を剥いで全身消毒液で洗い続けたわ。心を綺麗にすれば体も綺麗に戻ると思って聖書も読んだし、ネットで教会のメッセージもたくさん聞いた。今から思うとほんと笑える……けど、もう私は取り返しがつかないの! 今更変わるなんてできないの! 悪魔とかサタンとか好きに呼んだらいいじゃない!
違う! その体になったのは決して悪魔のしるしじゃない。人格や性格が原因でもない。生まれてくるとき、目の色や身長を選べなかったのと同じで、俺たちは誰も、どの生物と融合するかなんて選べなかった。そうだろう?

キンッ! 放たれた最後の刃物を自らの尾で叩き落とし、ハジメは彼女と対峙する。いつも思う……自分の言葉は相手を逆撫でするばかりだ。何をどう言ったら一番良いのか分からない。どう戦うか考えているときよりも、どう言葉を紡ぐか考える方がずっとずっと苦しく難しい……次の一手に身構えながら、ハジメはゆっくりと息を吐き出した。

【注】

*5 マタイによる福音書26:52に出てくるイエスの言葉。

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登場人物紹介

【琴乃ハジメ】KOTONO,Hajime

トップクラスのヒーローをやめて牧師になった青年。暴力を封印し、教会の仕事に専念しようとするが、ヒーローに復職させようとする者や戦いを挑んでくる敵が後を絶たない。

【飯野カナ】INO,Kana

ヒーロー組合の職員で、ハジメを復職させるよう業務命令を受けている。真面目で責任感が強く、業務を果たそうとするあまりちょっとストーカー気味になっている。

【神野メグミ】KAMINO,Megumi

ハジメの教会の主任牧師。プロテスタントの牧師なのに、なぜかシスターのコスプレをしている。丁寧な口調でいつも笑みを絶やさないが、時々凄みのある雰囲気を纏う。

【ペンタ】Penta

教会に住み着いている黒猫……と思われているが、元々怪人だった一人。悪戯好きで声真似を使って人を混乱させるのが得意。教会の子どもやお年寄りに好かれている。

【蛇の怪人】

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