〇九・ 農業者: 吉野清次(よしの・せいじ)の来歴。
文字数 2,660文字
駐機場に戻ると、待ちかねたように体格の良い筋肉もりもり細マッチョなイケメン男が寄ってきた。
男、としか見えないが、原則男子禁制、を掲げるパペル寮の住人で、正社員である。
「うん。いっぱい食べてきた~♡ 」
「あ~、そっか~w」
どさどさと。
卓上鍋用ミニ木炭だの間伐木材の細かい端切れ詰め合わせの徳用大袋だの。
木酢液シャンプー&リンスのお徳用大詰めセットだの。
稀少ジビエの常温保存加工品だの海産無添加ツマミの詰め合わせ大箱だのだの…を、
降ろすのを手伝って。
(さっき積みきれなかった重量分はちゃんと先に「空キタ急便」で届いていたそうだ。)
「こっち農場にくれる分? こっちは?」
「『輪っか』のみんなで食べてー。あとこっち、『もしも寮』に持ってってくれる~?」
「おっけーおっけー。」
地上作業用の電動農場車に片手でらくらく、のっしのっしと筋肉男が積み上げていく。
「んではいカコさん。今季の作付進捗状況と品目別収量予想と、概算販売計画書~。」
「ありがと~。…はい、副社長、よろしく~。」
「…あ~。はいはいはい…」(これだよ。)
「んじゃ五時なのでアタシは上がりまーす!」
「はーい。今日もありがとー気をつけて帰ってー。双子によろしく~!」
「先生も~。ゴハン食べ過ぎないで~!」
「むり!」
笑って手を振って、元気な運転手は定時あがりだ。
「…ヨシノさんは?」
「まだまだこれから! 夕飯食ったら、夜食までまた一仕事!」
「農場たいへーん!」
「なんの! 冬に遊ぶし、シゴト楽しいし!」
*
…廃線に伴って人口が激減し、離農者が相次いで、広大な農地と牧草地が空いた。
そんな閑散とした風が吹きすさぶ、美しく厳しい空と大地と景観だけがとりえの。
極寒で辺鄙なプキパタ地区が、もとからカコさんの「憧れの土地」だった。
数年分の印税収入と。
すでに軌道に乗りかけていた『パペル庵』(ポッポロ本店)と関連作業所群の。
社運をすべて傾ける勢いで、土地をどかっと、まとめて買った。
幸いなことに、映画と漫画化と海外版権とで、かなり儲かっていた、時期だった。
最初に、虹寮と月寮を建てた。
「性別不詳とか~、トランスとか~、同性愛者とか~?」
街中で、ふつうの就職がなかなか難しくて、採用されづらくて。
生まれた土地でも暮らしづらくなちゃって。
でも、「夜の仕事」(水商売)には、心身が、合わなくて…
という、人たちを。
「大雑把でいいから、カラダとココロの状態?別に~。」分けて、居住棟を区分して。
「性別いろいろ」系の人たちがグラデーションを描いて、半円状の「虹」寮に住んで。
「同性大好き」系でカラダは女性の人たちが、お向かいの半円状の「月」寮に住んで。
「同性大好き」系で肉体的に男性の人たちが、ぐるりを取り囲む「金環」寮に住んだ。
(ほんとは「金環蝕」って書くんだけど、「蝕」は「職」に表示変更されてる)。
三つまとめて「円環寮」(通称『輪っか』)の人たちは、それぞれの適性に合わせて。
農畜業・加工業・通販&経理事務・調理&接客&販売…エトセトラエトセトラ…の、
パペル社の各種直営事業の仕事に就いてる。
もちろん、空キタ便の配送員もいる。
その真ん中に、『もしも寮』を建てた。
介護と保育のスタッフも移住して来た。
金環職員の一部は、正式に「自宅警備員」という名のガードマン業務に就いた。
(だって、母子と老女だけの施設を荒野の真ん中に…って、色々と、危ないからね…?)
一部、「性的少数者を商業利用するな!」的な、
反対の声も上がった。らしいけど。
住んでる人間が。
生きやすくて、働きやすくて。
ご飯が美味しいから…
…いんでないかい…?
(もちろん、性的にぜんぜん少数者ではない、「結婚相手のイイ男を探してまーす♡」な独身女性とか、「ふつうに女が大好きだー! 特に巨乳がw」なんて主張する独身男性と、既婚者や子育て家族で。
都心のポッポロ本社より、ど田舎のパペルで働きたい!という希望者があれば。
市街地の空き家を「借り上げ社宅」として用意して、通勤できるように、なってる。
(そして予想外にそういう移住希望のメンツは多く。
カコさんは「人口増加に寄与してくれた!」と。町役場から、表彰状一筆と一緒に。
特産の地元ワイン秘蔵品一ケースを貰って、ほくほくしていた…)
*
農畜部門総責任者の通称「ヨシノ」は、元は水商売あがりで本名は吉野清次だが。
カラダは変えていないので、ガタイはかなりいい。
前は自分の体が大嫌いだったが、パペルで農業に就いてからは、持って生まれた性別特性…筋力が強い!…が、肯定できるようになった。
自分ではいわゆる「心は女」系だと思っているが。
無理して「女言葉」を使って、似合わないのに、無理に化粧して。
不自然にきわどいミニスカはいて。
筋肉だらけの細い腰を振って歩くのも、
「…自分らしくない…」と、思う。
今どきはみんな「自然に女に生まれた系」の人たちだって。
働く時にはパンツスタイルが多いし。
「だわ」だの「なのよ~」だの、無理して言わないし。
化粧だって…「すっぴん派」も、ありアリだ。
ただ、自分には、「男らしさ」は、強制しないでほしい…
(見ためは、あいにく… マッチョ。なんだけど…!)
女性と、恋愛とか? 結婚? …無理。
で。
結果として、人間関係は、…苦手。
夜の水商売は、ほんとうに苦手だった。
でも他の就職も、いろいろ難しかった。
パペル社で「性別あいまい系のかた優先」と、わざわざ明記して。
『住み込み農作業従事員』(通年)の募集を開始した時。
一も二もなく、参加した。
だって、実家は農業だった。
跡を継げない、次男だったけど…。
「おめぇなんかオカマは、おれの息子じゃねぇ!」と。
…絶縁された。けれど…。
畑仕事は、好きだった。
牛や馬や豚の世話も、大好き。だった…。
就職して。
パペルの実験農場で。
地元の老練農家さんたちからの、熱心な指導のもとに。
最初に、採れた芋を…
実家に送った。
「うまかった」と、親父から。
無骨な手書き文字の、ハガキが。届いた…。
ここでなら、このカラダのままでも、
生きていける。と。
最近、ヨシノは思う。