第114話 3ヶ月と20日目 9月14日(月)

文字数 2,004文字

 銀座に行くつもりが、何故か新宿・新大久保方面へ行く羽目になった。
 実は銀座に取材がてら見学に行くつもりが、今朝恋愛小説を読んでいて遅くなり、ネクタイを締め間違えてしまったのだ。
 唯一の一張羅であるバーバリーのネクタイを締めたつもりが、同じ紺色だが安物の方を締めていたことに気付いたのである。
 しかもそのことにはメトロのドアに映った自身の姿を見て初めて気付いたのだ。
 私の書いているお嬢様シリーズのお嬢様ご用達のテーラー、並びにオートクチュールの店の外観を見に行くつもりだったのである、が。
 そんなこんなで、銀座に出向く気分ではなくなったと言う訳だ。
 そこで途中でメトロを降りて新宿から大久保界隈の視察に赴いたのである。
 新宿では某大手書店へ、新大久保では生の最新韓流情報を仕入れる為だ。
 銀座とは180度違う街だが、そこら辺りの街だとネクタイが何であろうと、或いはしていなくとも気になどならない。
 しかしそのお蔭で凄く幸運に恵まれた。
 否、幸運と言うのは不謹慎かも知れないが、少なくとも不運ではない。
 実は信号待ちで目の前に居た女性が、大変なことになっていたのである。
 その女性は恐らく10代後半か20代前半の女性なので、以後は女子とすることにする。
 その女子が身体にフィットするタイプの黒のショートパンツのワンピースを着ていたのであるが、何とショーツごと右側のお尻が半分くらいはみ出しているのである。
 一見レースのフリルでも付いているデザインなのかと思いきや、良く見ると明らかにショートパンツの裾が捲れていたのだ。
 無論当の彼女は気付いていない筈である。
 ショートパンツのワンピースの方も黒で、ショーツも黒なので目立たないと言えなくもないが、否、それは明らかに事故或いは事件の類いのものであった。
 ところが当の彼女の後ろに居るのは私と小学生と思しき子供達だけだ。
 どうしよう。
 どうやら子供達は気付いていないようだ。
 ふざけ合っている様子が見て取れる。
 小学生の中には女の子もいるが、しかしこの状況を目の前のショートパンツの彼女に伝えるように女子小学生に頼んだとして、もし勘違いされてランドセル付属の防犯ブザーでも鳴らされたら、私はどうなる。
 人助けをするつもりが、一転犯罪者か。
 それにショートパンツの彼女に直接耳打ちしたとして、変な眼で見られる可能性もあるし、
それこそ変質者扱いされるかも知れない。
 ここはこの場を立ち去るしかないか。
 しかしこのまま捨て置く訳には・・・・・。
 と、そこへ、突然救世主か現れた。
 キャスターの付いた買い物カートを押しながら、ゆっくりと7〜80代のお婆ちゃんが私の横まで来たのだ。
 信号はまだ変っていない。
「あの、僕の代わりに前の女性に伝えて貰えませんか。多分ああなっていることをお気付きになられていないのか、と」
 そう言うとお婆ちゃんは「あら、ま、大変。私にまかせて」、と、言ってショートパンツの彼女の肩をトントンとやり、耳打ちした。
 私はその隙を逃さずショートパンツの彼女の一歩前へ。
 しかしその直後予測に反し、ショートパンツの彼女は声を立てて笑ったのだ。
「あら、やだぁ。ありがとう。お婆ちゃん」、と。
 そして振り向いてショートパンツの裾をパンパンと手で払うように直すと、何事もなかったかのようにお尻を振りながら笑顔で信号を渡り、私の前を颯爽と歩いて行った。
 そうなのである。
 そこは銀座ではなく新宿・新大久保方面だったのだ。
 そもそも私の想定したことが新宿・新大久保方面で起こる訳がないのである。
 お嬢様もいなければ御用達のテーラーもオートクチュールもないのだから。
 取り越し苦労とは正にこのことである。
 そもそもそんな服装で銀座を歩く人もいないだろうし、銀座を歩く人はあんなレースクイーンみたいな服は持っていない筈だ。
 私が小説のモデルにしたお嬢もショーパンツどころかデニムも持っておらず、就職する迄スカートしか持っていなかったと言うことだし、以て知るべしである。
 そうなのだ。
 私は新宿・新大久保方面を歩いていたのにも拘わらず、頭の中だけ銀座方面に飛んでいたのである。
 と、言うことで、頭の中か銀座のまま新宿・新大久保方面に出掛ける際には、是非気を付けて戴きたい。
 その逆もまた然り。
 同じ東京とは、否、国とは思えない。
 しかし今日は出掛けたし、ちょっとした幸運、否、事故?
 かは、どちらか釈然としないが、今日は新宿・新大久保のお蔭で、競馬もパチンコでの被害もなく過ごせた。
 明日の無事は、明日こそ銀座のお蔭で競馬やパチンコでの被害がないことは確実、と、いきたいものである。
 しかし銀座では絶対出来ない体験が、新宿・新大久保では出来る。
 それだけは確かだ。
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