一月は往く
文字数 4,930文字
連休明けの一年一組、昼休みをたっぷり使って三人の少女たちが座談会を行う。
当然、本日の座談会のテーマは、連休中の逢瀬の概要報告である。
「初デートでO ・S に行ったカップルは別れるっていうじゃない」
千咲が口火を切る。
「あれって長い待ち時間に退屈してイライラしちゃうのを相手への感情と勘違いしちゃうってことっしょ? どうだった、ちぃ、ちょっと心配してたけど」
百伊が相槌を打つ。
「全然そんなことなかった。常井くん、優しいし、お話上手だし、常時クライマックス状態で楽しかったわ」
「どんな状態だよそれ。まあよかったじゃん。写真とかないの。イケメン写真、見せてよ」
「あ、わたしも見たい」
一遥も口を挟んだ。
「そこがちょっと残念だったけどね」
千咲は少しだけ表情を曇らせた。
「なんだ、撮らなかったん」
「昔から盗み撮りみたいなことをよくされてたみたいで、嫌いなんだって」
「ほーう、イケメンにはイケメンの苦労があるんだな」
「メッセージで聞いてたとおり、春からは有磯田 大学に進学するらしい」
「東京、ってことね」
しばし沈思黙考する千咲の様子を見るに、やはり二年後の受験では、同じ大学を志望しようとしているのだろうか。
三学期が過ぎたら、もう二年生だ。一遥だって志望校を考え始めないといけない。
「まあ、そんなかんじ。ゆんはどうだったの」
「こっちは久間さんが土地を貸してるっていうカフェでお茶したよ。オシャレだったわ」
へえ、ファミレスとは大違いだな。
百伊はオシャレカフェ、わたしはファミレス。なんだかそれぞれに、味がある。
「それ、なんかタダになったり、優待されるわけ」
「いや、ちゃんとお金払ったよ。わたしは払ってないけど。へへへ」
「ゲンキンだね」
「そうやって顔つなぎって言うの、するのが大事な仕事なんだってさ。なんか近々お父さんが選挙に出るとか言ってたよ」
「近々ってことは、次の市長選ってこと?」
「あー、市長か、議員かよくわからんかったけど」
百伊は舌を出した。
「でもお父さんが海北市長になったら、次の市長は英治さんじゃん。そしたらわたし、ファーストレディってことか?」
「市長は世襲じゃないよ」
千咲は笑った。
ふっと、なんとなく三人とも一息ついて、
「で」
と百伊と千咲が二人してこちらを見つめてくる。
「ああ、えっと」
一遥は自分の番が来たと思って唇を湿らせた。
「桃園の十和くんでしょ。ちゃんと会ってきた?」
百伊が促すように言う。
「あれ、パクヒスでもないのにそんなに近くの人と会えるんだ」
千咲がこのまえの百伊と同じことを言って驚く。
近くに住んでいるだけでなく、マッチング率も98%なのだと話したら二人ともどんな顔をするだろう。
「うん。ファミレスで会ってきたよ」
「国道んとこの? さすがはぁ、庶民派だな」
「いいじゃん、相手もそういう素朴な感じなんでしょ。予想通りの展開だね」
「うん。いい人だったよ」
言葉少なだったが、報告は以上である。
十和が同じ高校の二年生であることなど、まだまだ耳寄りのネタはあるのだが、なんだかそれを言ってしまうとトゥルヒスを選んだことを隠していたことを芋づる式に知られそうだと思ったのだ。
ファクトの開示がひととおり済んで、そこからは今後の進め方について議論を行うこととなる。
昼休みの残りを、三人で大いに紛糾した。
話はそれぞれがマッチングした相手が、仮にトゥルヒスで出会ったとしたらマッチング率はどのくらいか、というところに及んでいく。
「わたしは久間さん、98%だと思うんだよねー」
百伊が冗談めかして言った。トゥルヒスで100%が出ない、というのはどうやら常識らしい。
「なんだそれ、かわいいな」
「じゃ、ちぃはどのくらいだと思うのさ」
「わたしは・・・、まあ、98%かな」
「一緒じゃねーか、こいつ、のろけやがって」
百伊が千咲を小突く。
それにしても、98%という数字を他の人の口から聞くとドキッとした。
「はぁちゃんは?」
「さあ、まだ一回会っただけだから、なんとも」
千咲が苦笑して、「98%と言えば」と思い出したように、
「98%の罠、みたいな話をテニス部の子から聞いたんだよね」
罠、それは、聞き捨てならない。
「ほーう、なんなんそれ」
「なんか、トゥルヒスで98%のマッチング率だった人だったんだけど、会ってみたらなんか違うなーって雰囲気だった、みたいな話があるらしくて」
「でもAIが言っているんなら、なんか理由があったんしょ?」
一遥は耳をそばだてて聞き役に徹する。
「それがさ、結局AIが間違いだったらしいのよ。あとで運営から詫びポイントを貰ったらしいけど、そんなので納得できるのかな。わたしのトキメキを返せ! みたいなさ」
「その場合だと、わたしのトキメかなさを返せ! って感じじゃないのか」
百伊が合っているのか間違っているのかよく分からないツッコミをいれる。
「でもそれって結構スキャンダルじゃない? トゥルヒスに登録する人って、AIを盲信している人が多いだろうから、AIの信用がなくなったら、トゥルヒス自体が使われなくなりそう」
「確かになー」
「まあ噂レベルの話だけどね。私たちには関係ないし」
盲信、か。千咲がぽつりと言った言葉が気になった。
十和は優しいし、いい人だと思ったが、それはトゥルヒスが98%という数値を示してくれているから、なんとなくそういうバイアスがかかっているのかもしれない。
もしもトゥルヒスの数字なしで十和と出会っていたとして、果たして一遥は、十和に対して今抱いているのと同じくらいの好感を持てていただろうか。自信がない。
「それより目下の議題は、バレンタインでしょ」
「ほーう。まだ一ヶ月は先だけど」
「いやいや、一か月間に週末が四回しかないってこと、分かってる?」
言われてみるとそうだ。
これまでバレンタインといっても友チョコを交換するくらいだったが、気になる男の子がいるならば、その人に渡したっていい。というか、それが本来のバレンタインだ。一遥は急にどきどきしてきた。
「堀内、ちょっと来てくれないか」
いいところで、廊下から、担任の今村先生 に呼ばれた。
「え、なんだろ」
「はぁが呼ばれるのは珍しいな」
百伊と千咲も首をかしげている。
廊下に出ると、ラーメンからプリントを渡された。
「SS 紀浦、郷土発表。調べ学習みたいな話ですか」
一遥はその印字に目を通して訊いた。
「そうそう。ウチのクラスから一人出すことになったんだよ。弱っちゃって」
「なんでわたしに? 図書委員じゃダメなんですか。それか、例えば林さんの方が成績もいいですけど」
一遥は面倒を避けるようにまくし立てた。こういう防衛力だけは鍛えてきた。
「図書委員たちはもう、二学期にビブリオバトルをやってもらったんだよ」
しかし、ラーメンは引き下がらなかった。
「そしたら小寺先生が、堀内なら真面目だし、山手から通ってるから地域のバランスもとれると薦めてくれたんだよ」
マジか、愛梨ちゃん。余計な真似を。
なんだか教師たちの間で上から話が決められていて不愉快だったが、顧問が合意している以上、部活動が忙しいという言い訳も効かない。
山手から通っているというなら百伊も同じだが、あやつがこうした学校行事にまともに取り組むとは思えないしな。
もしかしたら、と一遥は思った。
積極的に学校行事に参加するというのは、
しかし、
この間十和に指摘されたことで、周りの視線を勝手に決めつけて、勝手に萎縮している自分を初めて客観視できるようになった。
それならば、こういうきっかけに、やってみるのも良いかもしれない。
「いいですよ。どうすればいいですか」
そう考えて、飛び込むように答えた。
もちろんそこには半ば、抵抗できないという諦めもあったのだけれど。
ラーメンはホッとしたように、
「助かるよ。数学教師なんてこんなときには役に立たんが、社会科の先生方に聞いて、相談に乗るよ。あ、もちろん自分で考えてくれてもいいんだが」
「ということは、もうある程度テーマがあるんですね」
「うん。災害がテーマになる予定なんだ」
地震、高潮、火事、大雨、そして土砂災害。
確かに都市化された平地の生徒よりも、一遥たち山の民の方が身近な話題ではある。
この間の大雪だってそうだ。スクーター通学を諦めて、お父さんに送迎してもらった。
自然の猛威に直面したとき、生活は大きな影響を受ける。
まして、治山治水の悉皆 徹底されていなかった頃は尚更だっただろう。
放課後、さっそく一遥は図書室に向かった。
紀浦県内ではそれなりの偏差値を誇る海北高校だけあって、図書室の利用者はわりと多い。
いや、他の生徒たちも、SS紀浦の課題のために来ているだけか。
もともと図書室利用率をあげるための行事という側面もあるのだろう。
その証拠に、災害関係の書物を集めた書架に空きが多い。貸し出し中なのだ。
仕方なく一遥は、禁 帯出 の写真図版を広げてみることにした。
一遥が発表することとしてあてがわれたのは、昭和二十八年七月に起こった豪雨災害である、紀浦大水害だった。
自宅の近くを流れている岸川 を始めとして、久間野 川、飛鷹 川、それに蟻田 川と、県内を流れる川のほとんどが大増水し、川沿いにあった集落や建物が濁流に押し流されたという。
祖父母の家によく似た構えの日本家屋の数々が、流木とそう異ならない形に解体されて川の上で踊っている写真は、確かにインパクトがある。
写真ばかり見ていないで概要の文章も読もう、と目を通すと、昭和二十年代後半にこうした災害が日本各地を襲い、戦後復興間もない国土を再び荒らして回ったという。
やがて昭和三十六年に災害対策基本法が制定され、治水のためにどの河川水系にも上流部にダムが整備されることとなった、ということだそうだ。
なんだかあっちこっちに目移りして、発表のフレームがなかなか見えてこない。
年代記的な流れに、各水系の被害状況をプロットして、あとは被災者のインタビュー記事なんかが残っていれば、それをコピペして、とりあえず寄せ集めることから始めてみようか。
ラーメンも手伝ってくれると言うが、もう少し自分で頑張ってみようと思った。
「堀内」
囁くような声に気づいて顔を上げた。
「お前ら、なんか最近、どうしたんだよ」
佐波っちが書見台に片手を置いてこちらを覗き込んでいる。
「なんかってなに?」
一遥も細い声で返事をした。佐波っちは隣の席に腰を下ろす。
「こないだファミレスで、男と一緒にいただろ」
「あー、その話」
十和といるところを目撃されたのは痛かった。
「あれ、誰だよ。彼氏できたのか?」
「いいじゃん、別にどうでも」
煩いなあ、とあしらっていたつもりだったが、
「お前も、ビッグファミリー使ってるのか?」
ビッグファミリーの名前を出されて思わずピクリと反応してしまった。
「やっぱりか」
「やっぱりって、どういうこと」
一遥は暗に肯定した。
「いや、流行ってるから、ってだけだよ。藤琴も確か、金持ちの息子と会ってるらしいな。母さんが言ってたけど」
百伊はマッチングしたことを開けっぴろげに家族にも語っているみたいだから、集落の情報網の中で佐波っちにも伝わったのだろう。
「なにが言いたいの。佐波っちも、ビッグファミリー使ってるの」
逆に問い返した。
「いや、おまえ、俺みたいな男子高校生なんて、一番誰からも相手にされないぞ。まあ、怖じ気づいてプレヒスにした俺も悪いんだけどさ」
「そうなんだ」
「いや、そんなことはどうでもいいよ」
佐波っちはなんだかそわそわしている。
「ああ、あの、あと、林も、誰かとマッチングしたのか?」
「ああ、うん。ん?」
思わず頷いたが、なんかいま、不自然じゃなかった?
「やっぱりか・・・」
佐波っちは目に見えてがっくり肩を落としている。
「え、もしかして」
「いや、別にいいだろ。どうでも」
バタバタと駆け出していった彼を、図書委員が睨んでいた。
んん??
一遥もなんだかそわそわしてきた。
当然、本日の座談会のテーマは、連休中の逢瀬の概要報告である。
「初デートで
千咲が口火を切る。
「あれって長い待ち時間に退屈してイライラしちゃうのを相手への感情と勘違いしちゃうってことっしょ? どうだった、ちぃ、ちょっと心配してたけど」
百伊が相槌を打つ。
「全然そんなことなかった。常井くん、優しいし、お話上手だし、常時クライマックス状態で楽しかったわ」
「どんな状態だよそれ。まあよかったじゃん。写真とかないの。イケメン写真、見せてよ」
「あ、わたしも見たい」
一遥も口を挟んだ。
「そこがちょっと残念だったけどね」
千咲は少しだけ表情を曇らせた。
「なんだ、撮らなかったん」
「昔から盗み撮りみたいなことをよくされてたみたいで、嫌いなんだって」
「ほーう、イケメンにはイケメンの苦労があるんだな」
「メッセージで聞いてたとおり、春からは
「東京、ってことね」
しばし沈思黙考する千咲の様子を見るに、やはり二年後の受験では、同じ大学を志望しようとしているのだろうか。
三学期が過ぎたら、もう二年生だ。一遥だって志望校を考え始めないといけない。
「まあ、そんなかんじ。ゆんはどうだったの」
「こっちは久間さんが土地を貸してるっていうカフェでお茶したよ。オシャレだったわ」
へえ、ファミレスとは大違いだな。
百伊はオシャレカフェ、わたしはファミレス。なんだかそれぞれに、味がある。
「それ、なんかタダになったり、優待されるわけ」
「いや、ちゃんとお金払ったよ。わたしは払ってないけど。へへへ」
「ゲンキンだね」
「そうやって顔つなぎって言うの、するのが大事な仕事なんだってさ。なんか近々お父さんが選挙に出るとか言ってたよ」
「近々ってことは、次の市長選ってこと?」
「あー、市長か、議員かよくわからんかったけど」
百伊は舌を出した。
「でもお父さんが海北市長になったら、次の市長は英治さんじゃん。そしたらわたし、ファーストレディってことか?」
「市長は世襲じゃないよ」
千咲は笑った。
ふっと、なんとなく三人とも一息ついて、
「で」
と百伊と千咲が二人してこちらを見つめてくる。
「ああ、えっと」
一遥は自分の番が来たと思って唇を湿らせた。
「桃園の十和くんでしょ。ちゃんと会ってきた?」
百伊が促すように言う。
「あれ、パクヒスでもないのにそんなに近くの人と会えるんだ」
千咲がこのまえの百伊と同じことを言って驚く。
近くに住んでいるだけでなく、マッチング率も98%なのだと話したら二人ともどんな顔をするだろう。
「うん。ファミレスで会ってきたよ」
「国道んとこの? さすがはぁ、庶民派だな」
「いいじゃん、相手もそういう素朴な感じなんでしょ。予想通りの展開だね」
「うん。いい人だったよ」
言葉少なだったが、報告は以上である。
十和が同じ高校の二年生であることなど、まだまだ耳寄りのネタはあるのだが、なんだかそれを言ってしまうとトゥルヒスを選んだことを隠していたことを芋づる式に知られそうだと思ったのだ。
ファクトの開示がひととおり済んで、そこからは今後の進め方について議論を行うこととなる。
昼休みの残りを、三人で大いに紛糾した。
話はそれぞれがマッチングした相手が、仮にトゥルヒスで出会ったとしたらマッチング率はどのくらいか、というところに及んでいく。
「わたしは久間さん、98%だと思うんだよねー」
百伊が冗談めかして言った。トゥルヒスで100%が出ない、というのはどうやら常識らしい。
「なんだそれ、かわいいな」
「じゃ、ちぃはどのくらいだと思うのさ」
「わたしは・・・、まあ、98%かな」
「一緒じゃねーか、こいつ、のろけやがって」
百伊が千咲を小突く。
それにしても、98%という数字を他の人の口から聞くとドキッとした。
「はぁちゃんは?」
「さあ、まだ一回会っただけだから、なんとも」
千咲が苦笑して、「98%と言えば」と思い出したように、
「98%の罠、みたいな話をテニス部の子から聞いたんだよね」
罠、それは、聞き捨てならない。
「ほーう、なんなんそれ」
「なんか、トゥルヒスで98%のマッチング率だった人だったんだけど、会ってみたらなんか違うなーって雰囲気だった、みたいな話があるらしくて」
「でもAIが言っているんなら、なんか理由があったんしょ?」
一遥は耳をそばだてて聞き役に徹する。
「それがさ、結局AIが間違いだったらしいのよ。あとで運営から詫びポイントを貰ったらしいけど、そんなので納得できるのかな。わたしのトキメキを返せ! みたいなさ」
「その場合だと、わたしのトキメかなさを返せ! って感じじゃないのか」
百伊が合っているのか間違っているのかよく分からないツッコミをいれる。
「でもそれって結構スキャンダルじゃない? トゥルヒスに登録する人って、AIを盲信している人が多いだろうから、AIの信用がなくなったら、トゥルヒス自体が使われなくなりそう」
「確かになー」
「まあ噂レベルの話だけどね。私たちには関係ないし」
盲信、か。千咲がぽつりと言った言葉が気になった。
十和は優しいし、いい人だと思ったが、それはトゥルヒスが98%という数値を示してくれているから、なんとなくそういうバイアスがかかっているのかもしれない。
もしもトゥルヒスの数字なしで十和と出会っていたとして、果たして一遥は、十和に対して今抱いているのと同じくらいの好感を持てていただろうか。自信がない。
「それより目下の議題は、バレンタインでしょ」
「ほーう。まだ一ヶ月は先だけど」
「いやいや、一か月間に週末が四回しかないってこと、分かってる?」
言われてみるとそうだ。
これまでバレンタインといっても友チョコを交換するくらいだったが、気になる男の子がいるならば、その人に渡したっていい。というか、それが本来のバレンタインだ。一遥は急にどきどきしてきた。
「堀内、ちょっと来てくれないか」
いいところで、廊下から、担任の
「え、なんだろ」
「はぁが呼ばれるのは珍しいな」
百伊と千咲も首をかしげている。
廊下に出ると、ラーメンからプリントを渡された。
「
一遥はその印字に目を通して訊いた。
「そうそう。ウチのクラスから一人出すことになったんだよ。弱っちゃって」
「なんでわたしに? 図書委員じゃダメなんですか。それか、例えば林さんの方が成績もいいですけど」
一遥は面倒を避けるようにまくし立てた。こういう防衛力だけは鍛えてきた。
「図書委員たちはもう、二学期にビブリオバトルをやってもらったんだよ」
しかし、ラーメンは引き下がらなかった。
「そしたら小寺先生が、堀内なら真面目だし、山手から通ってるから地域のバランスもとれると薦めてくれたんだよ」
マジか、愛梨ちゃん。余計な真似を。
なんだか教師たちの間で上から話が決められていて不愉快だったが、顧問が合意している以上、部活動が忙しいという言い訳も効かない。
山手から通っているというなら百伊も同じだが、あやつがこうした学校行事にまともに取り組むとは思えないしな。
もしかしたら、と一遥は思った。
積極的に学校行事に参加するというのは、
一遥らしくない
行動である。しかし、
自分らしくない行動を重ねることで、自分らしさを主体的に変えることが出来るのではないか
。この間十和に指摘されたことで、周りの視線を勝手に決めつけて、勝手に萎縮している自分を初めて客観視できるようになった。
それならば、こういうきっかけに、やってみるのも良いかもしれない。
「いいですよ。どうすればいいですか」
そう考えて、飛び込むように答えた。
もちろんそこには半ば、抵抗できないという諦めもあったのだけれど。
ラーメンはホッとしたように、
「助かるよ。数学教師なんてこんなときには役に立たんが、社会科の先生方に聞いて、相談に乗るよ。あ、もちろん自分で考えてくれてもいいんだが」
「ということは、もうある程度テーマがあるんですね」
「うん。災害がテーマになる予定なんだ」
地震、高潮、火事、大雨、そして土砂災害。
確かに都市化された平地の生徒よりも、一遥たち山の民の方が身近な話題ではある。
この間の大雪だってそうだ。スクーター通学を諦めて、お父さんに送迎してもらった。
自然の猛威に直面したとき、生活は大きな影響を受ける。
まして、治山治水の
放課後、さっそく一遥は図書室に向かった。
紀浦県内ではそれなりの偏差値を誇る海北高校だけあって、図書室の利用者はわりと多い。
いや、他の生徒たちも、SS紀浦の課題のために来ているだけか。
もともと図書室利用率をあげるための行事という側面もあるのだろう。
その証拠に、災害関係の書物を集めた書架に空きが多い。貸し出し中なのだ。
仕方なく一遥は、
一遥が発表することとしてあてがわれたのは、昭和二十八年七月に起こった豪雨災害である、紀浦大水害だった。
自宅の近くを流れている
祖父母の家によく似た構えの日本家屋の数々が、流木とそう異ならない形に解体されて川の上で踊っている写真は、確かにインパクトがある。
写真ばかり見ていないで概要の文章も読もう、と目を通すと、昭和二十年代後半にこうした災害が日本各地を襲い、戦後復興間もない国土を再び荒らして回ったという。
やがて昭和三十六年に災害対策基本法が制定され、治水のためにどの河川水系にも上流部にダムが整備されることとなった、ということだそうだ。
なんだかあっちこっちに目移りして、発表のフレームがなかなか見えてこない。
年代記的な流れに、各水系の被害状況をプロットして、あとは被災者のインタビュー記事なんかが残っていれば、それをコピペして、とりあえず寄せ集めることから始めてみようか。
ラーメンも手伝ってくれると言うが、もう少し自分で頑張ってみようと思った。
「堀内」
囁くような声に気づいて顔を上げた。
「お前ら、なんか最近、どうしたんだよ」
佐波っちが書見台に片手を置いてこちらを覗き込んでいる。
「なんかってなに?」
一遥も細い声で返事をした。佐波っちは隣の席に腰を下ろす。
「こないだファミレスで、男と一緒にいただろ」
「あー、その話」
十和といるところを目撃されたのは痛かった。
「あれ、誰だよ。彼氏できたのか?」
「いいじゃん、別にどうでも」
煩いなあ、とあしらっていたつもりだったが、
「お前も、ビッグファミリー使ってるのか?」
ビッグファミリーの名前を出されて思わずピクリと反応してしまった。
「やっぱりか」
「やっぱりって、どういうこと」
一遥は暗に肯定した。
「いや、流行ってるから、ってだけだよ。藤琴も確か、金持ちの息子と会ってるらしいな。母さんが言ってたけど」
百伊はマッチングしたことを開けっぴろげに家族にも語っているみたいだから、集落の情報網の中で佐波っちにも伝わったのだろう。
「なにが言いたいの。佐波っちも、ビッグファミリー使ってるの」
逆に問い返した。
「いや、おまえ、俺みたいな男子高校生なんて、一番誰からも相手にされないぞ。まあ、怖じ気づいてプレヒスにした俺も悪いんだけどさ」
「そうなんだ」
「いや、そんなことはどうでもいいよ」
佐波っちはなんだかそわそわしている。
「ああ、あの、あと、林も、誰かとマッチングしたのか?」
「ああ、うん。ん?」
思わず頷いたが、なんかいま、不自然じゃなかった?
「やっぱりか・・・」
佐波っちは目に見えてがっくり肩を落としている。
「え、もしかして」
「いや、別にいいだろ。どうでも」
バタバタと駆け出していった彼を、図書委員が睨んでいた。
んん??
一遥もなんだかそわそわしてきた。